第14話 パーシヴァルの手紙②

 まず、島は本当に無かった。僕はただ、広がる海に大きなクジラを見つけたんだ。

 クジラを眺めたくて、僕はそちらへ飛んだ。

 そうしたら、目の前に島が見えて来たんだ。

 驚いていると、もっと驚く事が起こった。

 クジラの背に女の子が乗っていた。

 シルクみたいな黒い髪、宝石みたいな黒い瞳の、蜂蜜色の肌をしたとても愛らしい女の子だった。

 僕が少年で、国でエマという最高の女の子が帰りを待っていなかったら、きっと島から帰りたくなくなっていたんじゃないかと思う。――――冗談だよ。

 彼女は守ってあげたくなる様な、恥ずかしがり屋で、怖がりで、素直な女の子だ。僕にとても親切にしてくれる。フラミィという名だ。

 十四歳らしいから、君の四つ下だ。君も十四歳の頃は可愛かった。今もだけど。

 彼女には弟分がくっついてる。

 いつもついてまわっているから兄弟かと思ったら、幼馴染らしい。

 こちらも凄く可愛い。枯草色の髪をいつも四方八方に遊ばせて、風みたいに走る。一度ブラシで髪を梳いてやろうとしたら、噛み付かれた。タロタロという、ひょうきんな名前を持っている。

 噛み付かれたと言えば、僕は島に上陸してすぐに、島で一番偉い女性、ルグという敬称を持つ女性に平手打ちされた。

 彼女はとても美しく立派な人で、僕と同じ位の年。信じられない位、堂々としている。

 僕は彼女の踊りに魅せられて、尊敬を込めた挨拶をする為、手の甲にキスしようとした。

 しかし、とても無礼だと怒らせてしまった。

 この島に女王はいないが、彼女はきっとそういう地位なのだと思う。

 僕は女性に打たれた事なんて初めてで、息が止まるかと思ったし、たっぷり五分は声を出せなかった。

 他言するなって言われているから手紙に詳しく書いて残せないが、この島には女神がいる。その女神への伝達役をする優れた踊り子が、ルグだ。この島は、下手したら踊りでコミュニケーションが取れるくらい、踊りを愛している。振付全てにメッセージがあるんだ。

 胸に両手を置いて、手のひらを上にしながら開いて戻すと、『愛してください』だ、そうだよ。

 神様に『愛して下さい』ってお願いする時の振付なんだ。

 でも、僕は意味を知らずに見よう見まねで、ルグにその振付をしてしまった。

 仲直りしたかったんだ。彼女の尊重している踊りを通して、話題が作れないかなって思ったのだが。

 ルグは目を見開いて、気持ち悪い虫を踏んづけた時の顔をした。

 その時の僕の気持ちが分かるかい? 絶望だよ。

 島の頭領から、厳重注意を受けた。島の女性たちは、僕をプレイボーイだと思ってしまっている様子で、ちょっと冷たかったり、やたら積極的だったりする。

 女性たちは皆魅力的で美しいが、僕は国の君を想って努力しているよ。

 なんか怒られそうだ。話題を変えよう。

 そうそう、鍾乳洞の話。

 鍾乳洞の中は真っ暗だ。当たり前だけど。

 明りに困っている僕とフラミィを助けるために、タロタロがファイアフライを集めて放った。

 この島のファイアフライは、子供の拳くらい大きい。光も明るくて、コバルトブルーに光る。そして、成虫のハズなのに全然死なない。新種だよ、エマ。

 でも、きっと発表出来ない。この島の事は秘密だから。

 僕は帰ったら―――いつになるかは決められない。すまない―――この島のレポートを発表出来ない代わりに、物語を書こうと思っている。不思議で美しい島の、御伽噺を。

 君は絵が上手いから、挿絵を描いておくれ。

 ああ、エマ。素晴らしい光景だった。闇に無数に光るコバルトブルー。ダイナミックで繊細な、乳白色の鍾乳石たちの、波、うねり、滴り……。

 言語に出来ない世界の秘密を体現しているんだ。神々の絵巻物だ。多分、時空や宇宙の巻だと思う。

 僕がいずれ生み出す物語は、きっとそれらのぶきっちょなレプリカになるだろう。

 ファイアフライに照らされた鍾乳洞の中を、僕達は三日ほど探索した。

 フラミィが、何かを熱心に探しているんだ。何を探しているか教えてくれないけど、とても大事なものみたいだ。

 残念ながら、フラミィの探しものは無かった様子だ。

 でも僕は鍾乳洞の奥で、珍しい草を発見した。

 草は真上に空いた穴から射す日の光を受けて、地底湖のほとりに茂っていた。

 エマ! これは、大発見だったんだ。

 島でも伝説になっていた草で、家畜のあらゆる病気を治す草だった。

 大昔の人々は、この草を摘みに来ていたと思う。道具が幾つか、薄く石灰化して落ちていたんだ。

 けれども、なんらかの理由で来るのをやめてしまった。

 僕は不思議でならなかったけれど、並行してファイアフライも調べていた。

 ファイアフライは、すぐに死んでしまうと思ったが、全然死ななかった。そして、彼らが鍾乳洞内の虫を食べる事が分かった。

 君の嫌いな脚のいっぱいあるやつだ。色は白かったり、ほとんど透明。フラミィも、鍾乳洞に入ってすぐ、これに驚いて石のランプを割った。女の子って、どうしてあんなに虫が嫌いなんだ?

 ファイアフライはまるで、家に帰って来たみたいにのびのびとしていた。

 明らかに鍾乳洞での暮らしに、適応していたんだ。多分、このファイアフライはファイアフライもどきで、尻の光る土虫の類じゃないかなと、僕は思っている。どうかな?

 家畜の万能薬を取りに来なくなった島人と、鍾乳洞に適応しているのに留守にしていたファイアフライもどき。

 不思議だろう?

 しばらくして、草の存在を知った島人が何人かで松明を持って鍾乳洞に入った。

 きっと、昔の人達みたいに。

 すると、ファイアフライもどきは松明を嫌がって逃げ回り、何匹かは死んでしまった。

 きっと、昔のファイアフライもどき達みたいに。

 謎は徐々に解け始める。

 でもこれは、僕の憶測だけど。

 人々が明かりを欲張って松明を鍾乳洞内で使い、ファイアフライは松明を嫌がって、引っ越しをしたんじゃないかと思う。

 草までの美しい明かりを失った人々は、反省したか、恐れたかしたのだと思う。鍾乳洞には誰も訪れなくなった……。どうかな。松明を使い続けないところが、純真だと思わないか。

 洞窟にファイアフライもどきを持ち込んだタロタロは大手柄さ。

 しかも、もう一つ良い事があった。

 ファイアフライもどきが借りぐらしを始めたマシラ岳からミニラ池に注ぐ清流には、小さな小さな貝(虫に近い)がいて、その貝を煮たてると、美味い。精力剤にもなるそうだ。他にも、妊婦や乳児の健康にとても良い栄養が含まれている。

 ファイアフライもどきが貝を独り占めしていて採るのに苦労していたらしいが、彼らは鍾乳洞でご馳走にありつけるから、もう貝は要らない。

 島の人はこれからたくさん、滋養に良い貝のスープを楽しめると思うよ。


 長くなってしまった。もっともっと伝えたいけれど、フラミィが呼んでいる。

 今度は、ロッククライミングをするつもりらしいよ。なだらかな崖に生息する海鳥の巣を探すって。

 あまり危ない事にならない様に、気を付けるよ。

 じゃ、また手紙を書くよ。この手紙も、いつ出せるか分からないから、一度にたくさん届くと思う。封筒に番号を振っておくよ。これは①。


 愛してる。身体に気を付ける様に。

 バーイ。


 追伸:誰かが君に近寄って来たら、物凄く怖い兄貴がいると伝えるように。いいね?


 海の泡みたいに透明な、御伽噺の島から

 パーシヴァルより

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