第13話 パーシヴァルの手紙①

親愛なるエマへ


 やあ、元気にしているかい?

 僕は元気に生きている。トラブルにも巻き込まれていないし、人に何か頼まれて、てんやわんやもしてない。今のところね。

 まだ帰る事が出来ない穴埋めに、今後はこまめに手紙を書くって約束したけど、数か月開いてしまった。すまない。

 家に真っ直ぐ帰らなかった理由は、前回の手紙で説明したよね?

 でもエマは怒ってその手紙を丸めて捨てちゃってるかもしれないから、もう一度。(君は出来るだけ長い手紙を書けって言うから、構わないよね?)

 まず、東南の国の発掘チームが理不尽な解散になってしまって、僕はまっすぐ家に帰ろうとした。でもチームにいたマルロイが、国に帰ったらすぐにフィアンセと結婚式を挙げるから列席してくれって言うんだ。そんなの、断れないだろ?

 僕はマルロイとマルロイの国へ向かった。

 その旅で何処かの国の戦争に巻き込まれて、僕達はスパイと勘違いされて足止めを喰らってしまった。誓って悪い事はしてない。バーで地図を広げていただけだ。見知らぬ人間を報告すると小銭がもらえるからってだけで、僕らはバーのマスターに売られてしまったのさ。

 結局、チーム解散からマルロイが花嫁と再会するのに四か月も掛かった。あちらへ向かう事や経路を、きちんと君に報告しておいて良かった。それから、君の勘と行動力と慈悲深さに何度でも感謝するよ。あの時、君がすぐに帰らない僕を許し、伯父さんに助けを求めてくれなかったら……。

 マルロイの花嫁はとても綺麗だったよ。

 エマと同じ年だと聞いたら、僕はなんだか君を嫁がせる気分になった。泣けてしまって、それから、マルロイをちょっと嫌いになったんだ。

 ねぇ、エマ。僕はなかなか家に帰らない人間だけど、僕がいない間に誰かと結婚式をしないで欲しい。僕はエマのウェディングドレスを絶対に見たいと思っている。

 誰かを好きになったら、いや、好きになりそうになったら、僕が帰るまで気持ちをセーブしていてくれないか。そして僕に「あの男だ」と教えて欲しい。ああ、エマ! 想像するだけで嫌な気持ちだ。君がずっと僕の小さなエマだったら良いのに。

 おっと、前回の手紙のコピーみたいになってしまいそう。愛してるよ、エマ(今は僕だけの)!


 さて、マルロイの美しい花嫁を見た後、僕は君の待つ祖国へ飛び立った。

 そう、飛び立ったんだ。だって空を行けば、変な地下室に拘束される確率が減るだろ?

 僕は水上飛行機を買った。……正確には、伯父さんに買ってもらった。

 僕がダダをこねたわけじゃないからね? 

 伯父さんも電話口でノリノリだったんだ。帰ったらきっと取り上げられるぞ。僕は輸送者ってわけだよ。僕は、そうはいくかって思っている。その時は、味方してくれるよね?

 資金や色々な手続きの為に足止めを食ったけど、普通に苦労して帰るよりも時間を巻き返せると思った。

 だって世界最速の乗り物だからね!

 僕は一跳びで君の元へ向かおうとした。でも途中、美しい海が見たくなって最近観光地になったっていう島にちょっと降りたんだ。新しい空港を見てみたかった。僕は島の美しい海に水着した。そこは、僕らの領土だったはずだったんだけど……いつの間にか凄く微妙な土地になっていて、ビザの提示を求められたんだ。生憎、手続きなんてせずに空からフラッとやって来た僕は、不法入国者ってわけだよ。信じられる? 観光地の海に一時間浮かんでいただけでさ?

 なんだか面倒臭い世の中になって来たもんだ。

 入国を認められていない島から出国が許されなくて、僕は『島にいるけどいない人』で、しかも島から出てはいけない人になった。もう、何が何だか……。

 島の人は親切で、伯父さんと連絡を取らせてくれた。

 伯父さんは、なんでそんなに次から次へとって、きっと大笑いさ。その後、君とも笑ってたんじゃないか? 伯父さんに会ってるか? 会う機会があれば、よくよくおもてなしして欲しい。頼んだよ。

 もうご存知だと思うけど、伯父さんの働きかけのお陰で、問題は直ぐに解決した。

 二週間くらいホテルに滞在した。(そのホテルは伯父さんの息のかかったリゾート開発会社のものだから、ゆくゆくは僕が買い取ってしまおうかと思う。そうしたら、君を連れて行くよ。一緒にココナッツジュースを飲んで、太陽に当たろう。もちろん、ビザをとって入国だ)

 その間に僕は、島の人達と仲良くなった(旅行客達なんかとは、ちっとも仲良くなれなかった! あいつら島で威張り散らして海を汚すんだ)。特に仲良くなったのは、エミリオという男の子だ。彼は、不思議な島の話を教えてくれた。

 観光地の島も不思議はたくさんあったが、もっと不思議な島の話。

 地図に載っていない島があるという。

 その島は神に愛されていて―――多分、僕らの神と毛色が違う神だ―――外から見えない膜に守られている。

 それは不思議な薄い鏡の様な膜で、周りの海と空を映している。部外者には見えないってワケさ。

 僕は決してエミリオを笑ったりするつもりは無いが、その話のほころびを突っつきたくなった。

 星ならまだ錯覚するだろう。しかし、太陽は? もしも鏡だと言うなら、その場所では太陽が二つ見えるはずだ。上空から見たら海にポッカリ空が映って見えるはずだ。そこを突き抜けたら? それともぶつかってしまうのだろうか?

 僕はそうやってエミリオを困らせて、そんなに知りたきゃ行って見ろ、と言われてしまった。

 『行って調べる!!』ああ、エマ。理不尽に発掘チームを解散させられたばかりの僕が、帰っても特にやる事の無い(もしくは、やりたくもない仕事が待っている)僕が、この魅力的な言葉に我慢できると思うか? 『地図に無い島』『行って調べる!!』

 僕は、ほとんど権力を失っている島の長老に島の場所を聴き込んだ。

 長老は僕に、御伽噺だと言った。でも僕は粘った。地図に無い島っていうのは、最初は御伽噺なのさ。

 長老を懐柔するのに、また二週間掛かった。

 僕は凄く粘り強いんだ。君には負けるけど。

 絶対に他言しない事と、見つからなくても怒らない、という条件で、長老は大体の位置を教えてくれた。

 きっと僕には見つけられないと思ったんだろう。

 でも、僕は見つける気満々だったから、紹介状を書いてくれるように頼んだ。

 そのお返しに、新しく建設されるホテルの為に埋め立てられる海を守る為に尽力する約束をした。

 僕は本気で、そういう団体を作ろうかなと思っている。

 凄くドリーミーな僕を、君は愛しているよね?


 さてさて、問題だ。

 僕は今、何処で君への手紙を書いているでしょうか。

 ヒント。

 目の前には、白い砂浜。砂は太陽にも月にも輝いている。海もある。海はサンゴ礁に守られて、穏やかな波の音に満ちている。真っ白な水鳥が、子猫みたいに鳴いて日中飛び回っている。ヤシの木、パパイアの木、バナナの木がたくさん(だから僕は飢えない)。北東を見上げればマシラ岳という岳がそびえ、そこから清流が流れて大きなファイアフライが飛んでいる。マシラ岳をなぞると、岩山があり、そこにはポッカリ大穴があいているんだ。どこまでも澄んだ青い水が溜まっている。そして、鍾乳洞があるんだ。僕は鍾乳洞を島の子供達と冒険したよ。これは後で書く。大きなレインツリーが生える場所もある。そこは墓地で、優しい風以外はとても静かだ……。


 そう、島だ。

 僕は島をあっけなく見つけた。地図に無いなんて、鏡の膜に守られているなんて、嘘みたいに。

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