第12話 ビッグファイアフライをたくさん

 オジーは松明を貸してくれなかった。

 フラミィに代ってパーシヴァルが粘ってくれたけれど、駄目だった。

 松明は脂がのった特別な木に何か月も手を掛けて作る物なので、無駄遣いしてはいけない、というのがオジーの言い分だった。

 粘ったパーシヴァルが、代償を支払うと言うと、オジーはちょっと怒ってしまった。


「金か? それとも、ビールや煙草? しかしそれらは松明ほど明るく燃えるだろうか? 燃える時間は? 君はたくさん備えがあると思っているんだね? ああ、たくさん備えてあるよ。その内の数本くらいと思うかも知れないな。しかし、悪いが島の皆で日常に使う物だ。我々の日常は無限なのだ。では、材料の木は? こちらは無限では無い。しなくても良い事に使わせる事は出来ない」


 フラミィとパーシヴァルは追い返されてしまった。

 フラミィはしゅんとしていたけれど、パーシヴァルはあんまり堪えている様子はなかった。


「良くあること、です。他に、方法は、きっとある」


 ケロッとしている彼を見て、フラミィも気持ちが軽くなる。

 そうだ、松明が駄目なら、他の方法を考えるしかない。


「他に明かりと言ったら、うちのランプくらい。足元を照らす位なら出来るけど、どうかしら?」

「何も見つからなければ、そうしま、しょう。僕も、自分のランプ、持って、きます」


 パーシヴァルはそう言って、自分の飛行機へ向かった。

 フラミィもヒョコヒョコついて行く。パーシヴァルが歩幅を合わせてくれた。

 パーシヴァルの飛行機は礁原の切れ目がある島の東側の、小さな砂浜に停泊させてある。

 その場所へ辿り着くと、白い砂浜に乗り上げた青銀色の飛行機が、お日様の光を受けて輝いていた。

 パーシヴァルは飛行機が恋しかったのか、腕を広げて声を上げた。


「おりこうにしてたかい、マリン~!」


 彼は飛行機へ駆け寄って行く。

 マリン? 飛行機に名前があるのかしら? フラミィは首を傾げ、自分の歩けるペースで後を追った。

 パーシヴァルが抱き着く勢いで飛行機の傍に走り寄り、操縦席を覗き込もうとした時、そこからタロタロが飛び出した。


「わあぁ!? ビックリした! なにしてる!?」


 のけ反って驚くパーシヴァルに、タロタロは「へへへ」と笑った。


「どうなってるのかなと思って!」

「タロタロ! 勝手に乗っちゃダメでしょ!?」


 フラミィはタロタロを叱り、飛行機から降りる様に言ったけれど、タロタロは「ベー」と舌を出して、言う事を聞かなかった。


「もうちょっと見たい」

「タロタロ!!」


 今朝は自分の周りをチョロチョロしないなと、ちょっと不思議に思っていたけれど、その謎が解けた。

 おそらくタロタロは、朝ご飯の後一人でこっそりここまで来て、パーシヴァルの飛行機を見ていたのだ。

 パーシヴァルはやっぱり怒らなくて、ただ、勝手に触ると危険だと言う事だけは、穏やかに説明した。

 タロタロは怒られると思っていたのだろう、構えていた分、パーシヴァルの言葉を素直に受け止めたみたいだ。


「どこか、触った?」

「ここと、ここしか触ってない。ニーニ、これなに?」


 タロタロが弄ったところを点検し、問題がないのを確認した後、パーシヴァルはタロタロの質問に答えた。


「これは、メーター。飛ぶ速さを、計り、ます」

「ふぅん……これは?」

「もう! タロタロ!! 次に骨を探す場所を見つけたの! 降りて来て協力してよ」


 パーシヴァルとタロタロが狭い操縦席に顔を突っ込み、なにやら熱中し始めてしまう予感がして、フラミィそれを阻止するために大声を上げた。

 タロタロが、ヒョイと操縦席からフラミィを見下ろした。


「次の? サンゴ礁は?」

「そこには無いって、ルグ……ん、んー、無いみたい」


 パーシヴァルの手前、なんとなく言葉を濁してフラミィは答えた。

 タロタロは眉を寄せ首を傾げた。でもすぐにチラッとパーシヴァルの方を見て、フラミィのまごつきの理由を察したらしい。


「……? じゃ、どこ?」

「あ、あのね。ロスマウ鍾乳洞」

「えー、あんなとこどうやって入るんだよ。真っ暗だぞ」

「だから、明かり、探して、ます」

「!? コイツも行くの?」


 会話に加わったパーシヴァルに、タロタロが顔を歪めた。

 『骨探し』は、自分とフラミィ二人だけの秘密だと思っていたタロタロは、パーシヴァルなんかを仲間に入れたくない!


「鍾乳洞の中を見たいんだって」

「お邪魔、します」

「お邪魔過ぎ!!」


 ただでさえボサボサの毛を、更に逆立ててタロタロは喚いた。


「タロタロ!」

「だって!」

「僕は!」


 フラミィとタロタロが何か言い合いを始めた時、パーシヴァルが割り込んだ。

 彼は背筋を伸ばして言った。


「考古学者です」

「コーコ?」


 聴き慣れない言葉に、フラミィもタロタロもきょとんとして首を傾げた。

 パーシヴァルは「コウコガクシャ」とゆっくり言って、頷いた。


「色々な土地で、人が残した、色々を、調べ、ます」

「コーコ……」

「コウコガクシャ」


 タロタロはフンと腕を組んだ。


「で? なんだってんだよ」

「僕は、色んな場所へ、行った事があり、ます」


 パーシヴァルも、タロタロと同じように腕を組んで見せた。

 彼はタロタロよりずっと背が高いから、そうすると堂々としていて強そうで、タロタロは心の中だけで怯んだ。


「僕は、ちからになれる」

「タロタロ、協力してもらおう。パーシヴァルは大人だし……」


 フラミィのこのセリフは、タロタロの一番痛い処を突いた。

 彼は海でフラミィを助けられなかった事をとても悔しく思っていたのだ。


「な、なんだよ、なんだよ! じゃ、二人でいけ!!」

「あ、タロタロ!」


 タロタロは、湯気が出るんじゃないかというくらい顔を真っ赤にして飛行機から飛び降りると、何処かへ駆けて行ってしまった。

 砂浜の上に飛行機とフラミィとパーシヴァルだけが残った。

 ヤシの木の葉が潮風で、呑気に揺れている。


「ご、ごめんなさい」


 フラミィはオロオロしてパーシヴァルに謝った。

 パーシヴァルは飛行機から降りて来て、首を振る。


「僕こそ……でも、鍾乳洞、見たい、です」

「私も……。タロタロは折れないからなぁ」


 そう言いながら、タロタロの日頃の生意気な様子を思い浮かべ、「うん!」と、フラミィは思い切った。


「行っちゃおう、パーシィ」

「良いの?」

「うん!」


 タロタロなんか、知らないんだから!



 ひんやりした空気の風を感じながら、フラミィとパーシヴァルはロスマウ鍾乳洞の入り口に再び訪れ、持って来たランプに灯を灯す。火はパーシヴァルのジッポーで着火した。

 出発前に、ママに引き止められて籠を編む仕事を一つ命じられたので、出発が少し遅くなってしまい空は夕日に染まりかけていた。


「今日は、ちょっとだけ、ですね。怪我も、心配」


 パーシヴァルがそう言ったので、フラミィは渋々頷いた。

 晩ごはんに送れると、ママだって心配してしまう。

 鍾乳洞へ入る前に、パーシヴァルが真面目な顔と声でフラミィに言った。


「この先は、未知、です」

「ミチ」

「わからないことだらけ」

「うん」

「だから、約束をしま、しょう」


 フラミィが首を傾げると、パーシヴァルは続けた。


「どちらかが、危ない、と、感じたら、引き返し、ます」


 お互いの勘を尊重しましょう、という様な事を彼は言って、フラミィに約束させた。

 フラミィは自分が臆病な事を良く知っているから、この約束をすんなり受け入れる。

 どちらかというと、パーシヴァルは自分に言い聞かせたんじゃ無いのかなぁ、なんて思った。


「もう一つ」

「なに?」

「僕が、危機になったら、フラミィは、逃げる」


 フラミィは頷いた後、ちょっと怖くなった。


「私が危なくなったら、パーシィも逃げる?」


 パーシヴァルは笑って首を振った。

 フラミィを安心させる様に頭を撫でて、彼は言った。


「まさか。助け、ます」

「じゃあ、私もパーシィを助ける」

「駄目です」

「……」

「約束」


 フラミィはそんな約束いやだった。

 でも、頷かなきゃいけない雰囲気だ。


「わかった……」


――――でも、その時はその時だもん。

 フラミィはこっそりそう思って、「良い子です」と微笑むパーシヴァルと一緒に鍾乳洞へと踏み込んだ。



 鍾乳洞の中は入ってすぐでも、想像以上に肌寒かった。

 妙に不安になる肌寒さだ。首筋に冷たい水滴が落ちて来て、フラミィは早速「ひゃっ」と、悲鳴を上げた。

 少し前にいたパーシヴァルが振り返って、「手をつなぐ?」と、とてもありがたい事を言ってくれたけれど、フラミィはブンブン首を振って断った。

 小さな子供じゃないもん。

 フラミィは、ふん、と鼻息を吐いて気合を入れる。

 大丈夫。大丈夫よ。――――それにしても……。

 フラミィは踏み込んだ鍾乳洞内を見渡した。

 小さな入り口に一歩踏み込んだだけなのに、鍾乳洞の中の大きさに圧倒されていた。

 入り口から入って来る明りと、フラミィ達の持つランプの灯りでギリギリ見えるくらい、天井が高い。

 そして、天井からにょきにょきと垂れている石のつららが無数にフラミィ達を見下ろしていた。

 フラミィはそれを見上げて、骨っぽいつららを探す。

 どれも大きいつららばかりだった。

 それに、もし見つけたとしても、あんなに高い場所のものをどうやって取れば良いのかしら?


「石筍が、あり、ます。足元、気を付けて」


 上ばかり見上げているフラミィに、パーシヴァルが注意した。

 フラミィはハッとして、足元を見る。

 つららと反対の時を積み立てている石筍が、地面から生えている。

 こちらは近くで良く見えるからか、小さいのもたくさんだ。

 フラミィはしゃがみこんで、石筍をよく見てみた。

 乳白色の時の蓄積は、ランプの灯りにぬらぬらと光っている。白身魚のペーストみたいにドロドロしていそうだけれど、触れてみるとやっぱり固かった。

 つるりと指を滑らすものの、細かな砂利の余韻もある。


「うわー、凄いな。でも路みたいなものが一応ある……やっぱり以前は人が使っていたんだ……さて、用途は……? あ、フラミィ、こっち、です」

「待って、パーシィ」

「気をつけて。ゆっくり」


 大きな石柱を背に、パーシヴァルがフラミィを待っている。

 彼の目が、ランプの光にキラキラしていた。凄く楽しそうだ。

 対して、フラミィはというと、もう怖くなってきていた。

 入り口の明りはあっと言う間に届かなくなって、辺りは真っ暗。ランプの頼りない灯りだけが頼りだけれど、ごく小さくしか足元を照らしてくれない。

 前を行くパーシヴァルの灯りに励まされるものの、今度首筋に水滴が落ちて来たらさっきより大きい悲鳴をあげてしまいそうだ。

 闇はフラミィの想像以上に大きく、重たく、冷たかったのだ。

 そして、真っ暗な中強い水流の音もする。

 フラミィは骨どころではなくなってしまった。

 今や、パーシヴァルの灯りを追う事だけに必死だった。

 恐る恐る進んでいると、とうとうフラミィの心をくじけさせる出来事が起こった。

 裸足の足を、何かがさわさわーっと這って行ったのだ。


「!?」


 フラミィは必死で悲鳴を飲み込み、その場に立ち尽くした。

 再び、さわさわーと、顔の直ぐ傍に垂れるつららの方から音がして、フラミィはとうとうよろめいてランプを落としてしまった。

 石のランプは地面で割れて、油が零れて火が燃え上がった。


「フラミィ!」


 パーシヴァルが引き返してきた。


「ごめんね! ちょっと浮かれてペースが早かったよ! だ、大丈夫、ですか!?」

「火が……」

「燃え尽きれば、大丈夫。ここは湿っているし……」


 彼はそう言ってフラミィを安心させると、フラミィをしゃがませて、火傷が無いか手や足を見てくれた。

 フラミィは自分が情けなくて、ぎゅっと唇を結んでいた。


――――探さなきゃいけないのに。暗闇なんて怖がっている場合じゃ無いのに。


 でも、怖い。どっちを見ても真っ暗なんて、初めてだ。

 空があれば、真夜中だって月や星が輝いているというのに。

 暗いから怖いと言えば、パーシヴァルはすぐに入り口での約束を守って引き返してくれるだろう。


 でも、悔しい。

 パーシヴァルは、凄く楽しそうにしていたのに。

 そして私は大事なモノを探さなくてはいけないのに!


 けれど、意に反して本能が彼女の唇を動かし、声を出そうとした。「パーシィ、怖い」と。

 その時だ。

 すぃーとコバルトブルーの大きな光が、フラミィの顔の横を飛んで行った。

 フラミィの拳より少し小さめの、とても不思議で、優しい光。


「おお……」


 パーシヴァルも驚きの声を上げて、飛ぶ光を目で追っている。

 光は強弱をつけて光りながら、少し先の石柱に止まった。


「わ、フラミィ、見て」


 パーシヴァルがフラミィに言って指差した先に、また光がフワフワ飛んで来た。

 光はどんどん入り口の方から飛んで来て、石壁に止まったり、つららに止まったり、地面に止まったりした。

 フラミィは動揺と驚きが落ち着くと、その光が何かすぐに気が付いた。


「ファイアフライだわ……」

「ええ、ファイアフライ!? ここのはこんなに大きいの!?」

「マシラ岳とミニラ池を繋ぐ水流に飛ぶの。大きいの?」

「はい、はい。僕の、知ってるファイアフライは、このくらい……」


 パーシヴァルはそう言って、自分の小指の爪を指差す。

 それから、おおおお、と、声を上げて「はっけんだー」と、喜んだ。

 フラミィも喜んだ。

 ファイアフライのコバルトブルーの光で、暗闇への恐怖がぐっと小さくなった。

 フラミィが勇気を取り戻した時、入り口の方から声が聴こえて来た。


「おーい! ネーネ! いるー!? オレ、良い灯りを見つけたんダー!! いっぱい捕まえて来たぞー!!」


 フラミィはその声と内容を聞くと、ちょっと泣きそうになって勢いよく立ち上がった。


「タロタロー! ネーネは、ここよー!!」


 ててて、と、身軽な足音がして、四つの網にファイアフライをたくさん詰めたタロタロが現れた。

 彼はフラミィを見つけるとホッとした顔をした後、得意げに笑った。


「わーい! ネーネ! 凄いだろー!!」

「うんうん、凄い。タロタロ、置いて行ってごめんね。ありがとう……」


 天井も壁も床も、つららも石筍も、揺らめきそうな岩のカーテンも、コバルトブルーの大きく優しい光がとまり、星空の様に瞬いていた。

 フラミィはもう、暗闇を怖いと思わなかった。とても美しい光景だった。

 タロタロがもっと褒めて欲しそうにしている。

 フラミィは微笑んで、彼をギュッと抱きしめた。

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