第11話 絵の中にいるのね

 フラミィはドキドキして鍾乳洞の中を見詰めた。

 パーシヴァルの言う通り、骨が至る所からにょきにょき生えているみたいだ。

 彼女を呼ぶように、奥からドー、ドー、と不思議な音がする。音は引き潮の様にフラミィの心を誘った。

 ふらりと一歩踏み込んだフラミィの腕を、パーシヴァルが捕まえて止めた。


「フラミィ、この場所、慣れて、ますか?」

「え? ううん。今は用の無い場所だから……」


 ほうほう、とパーシヴァルは頷いた。


「今は……。前は、用があった?」

「うん。私が生まれるよりもずーっと前は、ここが水汲み場だったらしいの。村の位置も違って……でも、大変よね」


 パーシヴァルはそれを聞くと、「では、ミニラ池は比較的新しいという事か。『ずーっと前』ってどのくらいの間隔だろうか? うーん、その辺調べたいなぁ」と独り言を言ってから、きょとんとするフラミィに気付いて、「おお、失礼、しました」と、彼女の腕を放して、ゆっくり喋った。


「慣れてない場所、気軽に入っては、駄目です。それに中は、暗い。危ない、です」

「でも私、探し物をしているの」

「ここに?」

「そう……多分ここ」


 ふぅん、と言って、パーシヴァルは首を傾げた。


「何を探すの?」


 フラミィはちょっと迷ってから、「骨」と、小さく答えた。

 パーシヴァルは好奇心に目を輝かせる。


「骨? なんの、骨ですか? ここには何か、生き物の骨が?」

「う、うん……」

「へー、なんの、骨、ですか?」


 パーシヴァルがフラミィにぐいぐい顔を寄せて来る。

 フラミィはすぐ傍にある彼の碧い瞳の中で、オロオロした。


『そりゃ恋さ!』


 ルグ・ルグ婆さんの声が、こんなタイミングで頭に響いて頬が急に熱くなった。

 フラミィはパーシヴァルから顔を背けて、唇をキュッと噤む。

 骨の話を誰かにしてはいけないと、ルグ・ルグ婆さんは言わなかった。

 でも、フラミィはタロタロ以外の人に骨の話をしたくない。

 踊れない言い訳じゃないかと思われたり、笑われるのが怖いのだ。

 パーシヴァルは島の人じゃないけれど……。

 彼に、身体の一部が欠けている事を知られたくない。

 パーシヴァルはフラミィの様子に、表情を曇らせた。


「ア……、多分、余所者は、駄目な話、ですね?」

「う、ううん。余所者だなんて……そういうワケじゃないの」

「やー、オッケーです。でも、ついて行っても、いい、ですか?」

「え?」

「フラミィが、何か見つけても、僕はそれを、知ろうとしま、せん」


 手を両手でキュッと包まれて、熱心に「お願い」と言われてしまったら、フラミィはもう断れない。  

 そーっと彼の両手から手を抜いて、もじもじ俯いて彼に尋ねた。


「い、いいよ。でも、どうしてついてきたいの?」

「フラミィが一緒なら、怒られる場所、怒られない場所、分かり、ます」


 パーシヴァルはこの聖域じみた場所を一人で探索し、昨夜の様に島民の怒りにウッカリ触れてしまうのを避けたいのだ。彼は、島の女の子が入って行く場所について行くなら、まず間違いは起きないだろうと思ったのだろう。


「ふぅん。じゃ、ここに入っても誰も怒らないわ」

「はい!」


 パーシヴァルは満面の笑みで頷いた。

 見つけた可愛らしいガイドが、彼女自身もあまり人に言えない物を――左足の親指の骨なんてものを――探しているなんて、流石の彼でも想像できないだろうから、ご愁傷さまだ。

 パーシヴァルはウキウキと自分の鞄を漁り、何か筒状の物を取り出した。穀物を潰すウッドゥンペストルより少し短くて少し太い。片方の平たく丸い先端に透明の板がくっついていた。

 フラミィが興味を持ってそれを見ると、透明の板の向こうに丸い物がちょんとあった。それも透明だ。


「懐中電灯、です」

「カイチュ?」

「カイチューデントウ。ほら」


 パーシヴァルは筒の横の出っ張りをカチッとスライドさせる。けれど、その筒に変わった変化は見れなかった。


「?」

「あ、あれ? 水に濡れて壊れてしまったかな……」


 パーシヴァルが何だか困っている様子で、筒を調べ始めた。


「なにに使う物なの?」

「明かり、です。でも、壊れた、みたい、です」

「そうなの……」

「フラミィ達は、どうやって、入って、ますか?」


 残念そうに出っ張りをカチカチさせながら、パーシヴァルが聞いた。


「う~ん、こんな所、誰も入ろうとしないし……知らないなぁ。でも、海側まで続いてる事は解ってるの。だからきっと、奥まで行った人がいるハズなのよ。ランプ……? 松明かなぁ……?」

「なるほど。でも、ランプでは、頼りない、です」

「じゃあ松明?」


 うん、と、パーシヴァルが頷いた。


「四本、欲しい、です」

「オジーに頼んでみる。でも、私が鍾乳洞へ入りたがってる事、言わないで」


 パーシヴァルはちょっと首を傾げ、真面目な顔でフラミィの顔を覗き込んだ。

 フラミィは彼にジッと見詰められるのが恥ずかしくて俯きたかったけれど、じっと彼を見返した。

 彼は、「はい」と言った後、「僕は、信頼します」とフラミィに誓った。

 本当の事を全部打ち明けていないフラミィは、そんな風に言われるとちょっとバツが悪い。


――――隠し事すると、自分の手足を縛っているみたいな気持ちになるのね……。


「では、一度、戻りましょう」


 パーシヴァルが言って、大穴から上へ登る階段を見上げ、それからぐるりと上を見渡した。

「丸い額縁の中にいるみたいだ」と、彼は言った。

「絵を飾るやつ?」と、フラミィが聞いた。


「そうです。丸い……ほら」

「ふぅん……?」


――――額縁の中? 絵の中っていう事かしら? そんなおかしな事ってある?


 フラミィは彼の見る景色が、もしかしたら自分と違うのかも、と、ちょっと不安になって上を見上げた。

 けれどパーシヴァルの言う通り、そこには茂った木々とツンツン草に囲まれて、空がぽっかりと丸を描いていた。木々の伸び伸びと伸びた枝には蔓が這い、無数に垂れていて、円の中にひび割れを沢山作っている。

 不意に、フラミィは顔を輝かせ、「あー」と小さく声を上げた。

 パーシヴァルの見ている景色と同じものが見え、心で感じたものを同じ様に感じる事が出来て、喜びが沸き上がる。それは不思議な喜びだった。彼のイメージを自分の中に取り込めるのだという事が、堪らなく嬉しかった。


「絵の中ね。絵の中にいるの」


 うわずった声を出してしまい、フラミィは口を手で押さえた。

 パーシヴァルは微笑んで、うん、と頷いて、上を指差す。

 指の先には、フラミィとパーシヴァルを覗き込む太い木の枝たちから垂れる蔓がある。


「崖を、ちょっと覗こうと、思ったん、です」


 そう言って、彼は可笑しくなったのか笑った。よく笑う人だ。


「そうしたら、手を滑らせ、ました」


 慌てて目に入った蔓に縋ったところ、蔓はどこかの木と複雑に絡まり合っていた様で、パーシヴァルの重みがかかるとビーンと張って、ツルツルと木の枝を滑り、パーシヴァルを水溜まりの上にぶら下げてしまったのだと言う。


「フラミィが、来てくれて、良かった!」

「なにもしていないけれど……」

「冷静に、させてくれ、ました」


 なんだか分からないけれど、役に立ったらしい。フラミィが照れ笑いをすると、


「今度は、僕が、助けます」


 パーシヴァルはそう言って、フラミィにしゃがんで背を向けた。


「階段、大変、です。背負い、ます」

「ええ、だ、大丈夫、です」

「良いから」


 フラミィは再度断ったけれど、「じゃあこうして動きません!」とパーシヴァルが宣言するので、結局背負って貰う事になった。怪我を気遣ってもらえる事が嬉しかったけれど、恥ずかしくて仕方がなかった。

 パーシヴァルの背中は大きく頼もしかったし、フラミィのいつも見ている視界の高さと全然違ってドキドキした。

 彼はフラミィの気持ちなんてちっとも気付かずに、階段の途中でちょっと立ち止まり水溜まりを見下ろして溜め息を吐く様に言った。


「凄いなぁ、美しい」


 深い深い青が、静かに二人を映している。

 フラミィはパーシヴァルに背負われている小さな自分を見下ろして、この光景をパーシヴァルがどんな風に例えるのだろうと期待したけれど、パーシヴァルは何も言わずにまた階段を登り始めた。



 小さな女の子にしか、見えていないのかも。

 私には、そうにしか見えない。

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