第15話 私が流れ星だったころ

 フラミィは骨をちっとも見つけられない。

 パーシヴァルは鍾乳洞で素晴らしい薬草を見つける事が出来たのに。

 鍾乳洞は、ファイアフライの明りで探しやすくなったけれど、島の人たちが物珍しがって頻繁に出入りする様になり、落ち着いて探す事が出来なくなっていた。

 こっそり夜に一人で探す事にしたものの、少し年上のンジャという少年が彼女を見つけ、後ろから執拗について来るので骨探しもままならない。

 少年の家の前を通る時に、彼の家の鶏がフラミィを見つけて少し騒いだせいだ。そのせいで、夜に出かけているのがバレてしまい、待ち伏せされる様になってしまった。

 これにはフラミィの気が滅入った。

 ンジャはまだ木登りの出来ない小さい子達に果実を見せびらかして木の上から笑ったり、朝、遅く起きて来て朝ご飯の仕度を手伝わないクセに人一倍食べたり、女の子達に威張ったりする、あまり傍に寄りたくない少年だった。

 ンジャはフラミィに、自分の漁の腕や、パパやママ、先祖の自慢ばかりする。

 彼の自画自賛は鍾乳洞内でワンワン響いて、フラミィをイライラさせた。


「あなた、そんなに自慢ばかりして、もしも鍾乳洞に神様がいたらどうするの? きっと怒られるわ」

「こんな夜に尋ねてること事態、怒られるさ。それより、俺の腕触ってみろよ」

「どうして?」

「いいから!」


 注意するフラミィに、ンジャはちっとも反省しない。

 それどころか、フラミィに腕の力こぶを触らせようとムキになる。

 渋々少年の腕に触るけれど、腕の力こぶを見せ付けられてもなんだか怖いだけだ。


 どうしてンジャは私より強い事をアピールしてくるのだろう?

 逆らったら私なんか簡単にやっつけてしまえるぞ、と言っているの? どうして?


「な? 俺は凄いんだぞ、フラミィ」

「う、うん……」

「お前は見る目がある」

「……? あ、ありがと」

「あと、意外と大胆なんだな……」


 ンジャは意味ありげに言って、フラミィの手を両手で掴んで来た。

 フラミィはぎこちなく微笑んで、「なんのこと?」と恐る恐る聞いた。


「なんのことって……鶏で合図したろ?」

「し、してない。待って、どう言う事?」

「恥ずかしがらなくても、誰もいない。二晩も誘っておいて……」


 ンジャが熱っぽく言う。フラミィはいよいよ薄気味悪くなってきて、ンジャに捕まれた手を、そろっと離した。そして急ぎ足で鍾乳洞を出ようと思った。だって、なんかンジャが変だ。


「あの……私、もう帰るね」

「待てよ。わかった。ネックレスだな? それとも、髪飾りがいいか?」


 ンジャがまた、訳の分からない事を言い出した。


「な、なに?」

「何かプレゼントが欲しいんだろう。気を引くのがうまいな」

「? い、いらない」

「そういうワケにはいかない。絶対気に入るのを、やる。な? だから、コッチに来いよフラミィ……」


 ぐいっと腕を引かれ抱きしめられて、フラミィはギョッとして抵抗した。

 なんだか親し気で、優しさも感じられる。だけど、ンジャと少しでも肌が触れ合うのが我慢ならなかった。

 フラミィの中で、ンジャを『嫌な人だな』と思っていたのが、『嫌い』に変わった。


「な、なんかわかんないけど、本当にあなたから何も要らない。ンジャは何か間違えてる!」

「なんだよ、じゃあどうしてこんな夜中に俺とここに来てる?」


 フラミィは必死で首を振って、掴まれた腕をブンブン振った。

 ンジャはちょっと怒った顔をして、腕を放してくれない。


「一人で来たかったのに、あなたが勝手について来たんじゃない」

「鶏を騒がせて、俺に見つけさせただろ?」

「勘違いだわ! ンジャってば……」


 フラミィは彼の解釈に驚いて、その後ついつい笑ってしまった。

 ンジャはこれにカッとなって、掴んだフラミィの腕を力いっぱい振ってフラミィを振り回し、よろめいたところを強引に座り込ませた。そして腕を押さえ付けたまま、親が子を叱る様に彼女の頭上から怒った。


「なんだよ! 前から思ってたけど、お前は頭が変だ。婚期が近いのにチビから貰ったペンダントなんかを喜んで着けているし、島の外の変なヤツと仲良くしているし、今は一人で夜中に出歩いてコソコソしている」


 ンジャの豹変と言葉に、フラミィは目を見開いて彼を見上げた。

 怒っているンジャの腕を思わず見ると、まだ少年ながらにがっしりしていて、フラミィに触れさせた力こぶがピクピクしていた。

 フラミィは怖くて、ンジャの言葉に小さく頷いて同意を示した。今は少しでも荒い息を落ち着けて欲しかった。


「そう、そうね……私、変ね……うん、ね?」

「そうだ、お前、変だぜ! 踊りも下手なのに、図々しく満月の晩に踊り続けて、ルグに怪我させた時、恥ずかしくなかったのかよ、どうなんだ、言えよ!」


 言えよ、言えよ……と、ンジャの言葉が、鍾乳洞の中を木霊して、フラミィは息を飲む。

 ああ、疑われている、怪我をさせたのはフラミィだと、決定づけられている。しかも彼は何て言った? 下手なのに、図々しく踊り続けていたって……!

 フラミィの心が冷たく鼓動を打って、パキンと折れそうになった。


「もう踊れないんだから、お高く留まってンじゃねえぞ! 下手くそ! それでもいいって、思ってやったのに!!」


 満月の夜の踊りに参加する踊り子は、島で大事にされる。そして、踊り子を妻に出来る事は、名誉とされる。多分、ンジャはその事を言っているのだろうけれど、フラミィはお高く留まった事なんてないし、他の踊り子達だって大半はそんな気でいない。島の豊穣の為に心から祈って踊っているだけだ。

 彼女達を妻にする男達は、そんな妻を称えて『名誉である』と言うのだ。ンジャはそれを分かっていない。

 加えて、家の手伝いや育児、幼い兄弟の世話に追われて、踊りの練習に参加しない女達もいる。先日フラミィの水汲みを手伝って優しくしてくれたアローラも、そういった事情で踊らない。それは踊りの稽古に勤しむのと同じくらい、立派な事だ。

 しかし、彼の言葉はまるで『踊り子じゃなければ女の価値が下』といった侮辱にも取れた。


「あんたなんかにわからない……!!」


 フラミィは腰にグッと力を入れ、右足を踏ん張って思い切り伸ばした。

 彼女の腕を掴んでいたンジャは、急な動きと力に戸惑ってフラミィが立ち上がるのを許してしまった。

 フラミィはンジャの押し返して来る力に抵抗しながら、向き合ってジワジワと立ち上がると、彼の目を真っ直ぐ見た。

 驚いて見開かれる彼の内窪んだ目の中に、小さな小さな魂しか見えない気がして、フラミィは声を張り上げる。


「聞くけどあなた、自分が下手くそって知ってて舞台に上がれる?」

「なんだよ!? お、俺なら笑われたくないから、絶対に上がらない!」

「そう、あなたは、私が勇気を使う間でもない事すら、出来ないのね? なら、なんでそんなに堂々と馬鹿に出来るの? 『それでもいい』ですって? 私は、あなたなんか『それだから』イヤ!!」

「このぉ……!!」


 ンジャの腕が不意を突かれたのを巻き返して、再びフラミィを押さえ付けようとする。

 フラミィは歯を食いしばってそれを押し返した。


――――そうよ、どうして踊らない人に馬鹿にされなきゃいけないの?


「私を負かしてどうするの? 力の違う女の子に勝ったって皆に言う? 皆『当たり前だろ』って笑うわ。軽蔑するかも! 私、あなたが勘違いして私のお尻を追っかけて来た事、皆に言ってあなたに追い打ちをかけるからね!」

「……!! そしたら、お前は夜フラフラしてた事がバレるぞ!!」

「そうね、でも、女の子を負かせたあなたと、どっちがおもしろいと思う!?」


 ンジャはぐぅぅ、と唸って、不意に腕から力を抜いた。

 フラミィは乱暴にンジャの腕を振り払って、自分の腕を撫でた。ンジャの手形が真っ赤になってついてしまっている。


「――――言うなよ、この二、三日の事は、内緒だ」

「……いいよ、あっちへ行って!」

「コイツ……!」


 ンジャが諦め悪くグッと拳を振り上げようとしたその時、クワクワクワーッ!! と、鍾乳洞内に笑い声が響いた。フラミィにはそれが、クワクワ鳥の鳴き声ではなく、ルグ・ルグ婆さんの笑い声だと分かった。

 しかし、ンジャにはそのどちらでもなく、鍾乳洞の神様か何かの敬うべき何者かの声だと思った様だ。

 彼は飛び上がって青ざめ、フラミィを置いて飛ぶように駆け出し逃げて行ってしまった。

 置き去りにされたフラミィは、とことん彼にガッカリして「わーーーーーっ!」と追い立てる様に大声を出してやった。

 フラミィの喚き声とンジャの悲鳴が鍾乳洞内で反響し、おまけにクワクワー! も混ざって、鍾乳洞内は大変な騒ぎになった。

 そして、騒ぎが収まる前に、ルグ・ルグ婆さんが何もない所から鏡の布を翻して踊りながら現れた。


『ああ、ゆかい、ゆかい。退屈って、なあに?』


 そういう意味の振付をして、ルグ・ルグ婆さんは大笑いしていた。木の皮のタンバリンまで持ち出して、鳴らしまくっている。

 フラミィはというと、ぷうっと頬を膨らませた。


「ルグ・ルグ婆さん! 見ていたのでしょ? 助けてくれれば良かったのに!」 

「だって、アター、自分でやっつけれたじゃないか」


 ルグ・ルグ婆さんの言葉に、「そういえばそうね」と、フラミィは思った。

 ルグ・ルグ婆さんはクスクス笑って、


「ワラは、アターの事、ちょっと嫌いだったの。だってサ、あんまり弱っちいんだもの! それに、ちんまりオロオロしちゃって誰かに助けられてばっかり! オチビのタロタロ、島の外の飛行機乗り、それから、ワラに、目をうるうるさせるばかりでサ! 小娘め、オトコは騙せても、ワラは騙せないよッカーッ! って、イラついてたのサ! でも今夜のアターは好きよ。がんばった、がんばったねぇ」


ルグ・ルグ婆さんはそう言ってフラミィの頭を撫でると、踊り出した。


『マシラ岳は噴火しない

 どうしてかおわかり?

 島の女を怒らすと

 とっても怖いから

 噴火する間がないの』


 フラミィはルグ・ルグ婆さんのひょうきんな踊りに吹き出して、「そうよ、そうよ」と、笑った。

 ルグ・ルグ婆さんはノリノリで、フラミィに腰をフリフリ寄って来て、仲間に入る様に促して来る。

 フラミィは凄く怖かったのと、自分の勇気に驚いていたのとで気持ちが昂っていて、踊りが下手な―――いいや、バランスがうまく取れないだけだ―――事を忘れ、ルグ・ルグ婆さんの誘いに乗った。


『スコールが降り注ぐ

 どうしてかおわかり?

 島の男は泣き虫だけど

 空を見上げて我慢する

 代わりに泣いてもらってんの』


 左足が必要な動きは誤魔化して、上半身と腰に持ちうる技を全て乗せ、フラミィは踊った。

 なんだか涙が零れた。

 ルグ・ルグ婆さんは狡くって、宙に浮いて人間には不可能な振付を次々繰り出しては、フラミィを煽った。

 フラミィは、これなら左足の親指の骨は要らないのでは? と、ちょっと思ったけれど、楽しい踊りに水を差すのがイヤで後で聞く事に決めた。

 続いてルグ・ルグ婆さんは、光り輝く鏡の布を翼にしてファイアフライの瞬く暗闇を流れ星の様に飛んで、踊り出した。


『私が流れ星だったころ

 人々はお願いをした

 我々は迷子だからと

 木々も魚も鳥も 皆

 世界と一つであるのに

 我々は迷子だからと

 かえり道をくださいと』


「かえり道?」


 フラミィは初めて見る踊りに首を捻る。

 変なメッセージだと思った。

 ルグ・ルグ婆さんは踊る事に熱中している様子で、フラミィの疑問には答えてくれそうになかった。


『私は幾筋かに流れ

 人々にかえり道を与えた 

 この島のかえり道は

 心を身体中で世界へ投げ打つ時

 輝いて 鼓動し 導く

 さぁ、踊れ、踊れ、投げ打ってご覧

 それがあなたのかえり道

 それが人だという証拠』


「かえり道……」


 不思議な気持ちになる美しい踊りだった。

 フラミィは星空の様な光の中で、踊り輝くルグ・ルグ婆さんを、ただただ見詰めていた。

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