第42話 インタビュー・ウィズ・ガディス

 朝がやって来た。いつにも増して穏やかで温かい朝だった。

 フラミィとタロタロは、昨夜寝ずにパーシヴァルへの贈り物を作った。

 フラミィが首飾りの紐を網み、タロタロが木彫りのシェルバードを仕上げたペンダントだ。

 二人は髪に木の繊維や欠片をくっつけたまま、見送りの為に皆が集まるよりもうんと早く、焼いたパンの実やココナツ・スープ、熟れたフルーツを抱えて彼を尋ねた。

 パーシヴァルは島にいる間中、朝寝坊をして朝食時にほとんど顔を見せなかったから、今朝もまだグースカ寝ているかも知れない。でも、フラミィとタロタロは、パーシヴァルと最後の食事がしたかった。

 二人が彼のいる浜に着くと、パーシヴァルはちゃんと起きていた。彼は飛行機の翼の上で機体にもたれ掛かる様にして立ち、海を眺めていた。

 それは何気ない光景だったけれど、フラミィもタロタロも思わず息を潜めて立ち止まった。

 そして二人は瞬き何回か分、彼を眺めた。

 島の男達とは明らかに違う、スラリとした骨格の背中。

 ほとんど全身を覆う変な服と、クツとかいうのを履いていている。

 島の皆が怖がって近づかない変な飛行機に、まるで友人みたいに寄り添っている。

――――そして、視線の先は島の外だ……。

 彼の向こうに広がる輝く波も、彼が纏う柔らかな潮風も、島のものだ。しかし、その景色の中パーシヴァルはというと明らかに異質で、島のものでは無かった。


「島の人じゃ、ねぇンだなぁ……」


 タロタロがしみじみ言った。


「うん……なんだか、最初に出会った時みたいな変な感じ」


 フラミィは、パーシヴァルへの慣れと親しみを奪われてしまった気分だった。

 けれどタロタロは「ふふっ」と笑ってこう言った。


「出会い直してるみてぇ」

「…………そうならどんなにいいだろう」


 パーシヴァルが振り返って二人に気付き、微笑んで手を振った。

 フラミィはその姿があんまり眩しく、遠すぎる気がして、声を上げて泣き出した。



 あなたはきっと、短いクセに尾を引く夢だよ。

 目覚めた時に覚えているかいないかは、誰が決めるのかなぁ?

 ほらまた頭を撫でられた。子供みたいに抱き上げられながら、忘れないでって泣いた。

 まるで私の方が、彼の夢みたいじゃない。



 お別れの時がとうとうやって来た。

 島中の人々がパーシヴァルの浜に集まった。

 その中には、エピリカの姿もあった。

 島の人々は、彼女がパーシヴァルの傍へ歩いて行くのを見て、彼女は島を去ってしまうのだろうと思った。

 彼らは新しいルグになんの不満も無かったけれど、エピリカを島から失うのを惜しく思い、目を伏せた。

 彼らの胸の中では、昨夜のパーシヴァルの叫びが響いていた。

 何よりも響いていたのは、踊り子達だ。

 エピリカを崇拝していた踊り子達が、一斉に彼女の元へと駆け出した。

 ほとんど半狂乱に近く取り乱していたのはキキニィキで、つんのめる様にエピリカの元へ走り寄ると、怪訝そうにしている彼女の腕を掴み、引っ張った。


「エ、エ、エピリカ! 行かないで!!」

「ちょっと、キキニィキ?」

「行かないで、行かないで! あなたが島にいないなんて、耐えられない!」

「何を言って……離して!」

「あなたの踊りを愛しているの!」


 泣き濡れた顔で、キキニィキが叫んだ。


「私は、いつかあなたの禁が解かれてあなたの踊りを再び見れるかも知れない、一緒に踊れるかも知れないという希望を持っているの。私が死ぬまでそうならなくても、それでも希望なのよ! けれど、島を出て行ってしまったら希望は経たれてしまうじゃない!!」

「他の希望を見つけなさい。私は天罰を受けたの」


 キキニィキから顔を逸らせて、エピリカがすげなく言った。キキニィキはそんなエピリカの腕に縋りついて、泣きじゃくり首を振る。

 彼女はエピリカの影に隠れている自分の罪を激しく後悔していた。

 あの時、もっと掟を重んじ、エピリカを止めていれば……自分に、『もっといい方法を考えよう』と提案する優しさや賢さがあったなら……。ただただエピリカが好きで、気に入られたいばかりだった。

 他の踊り子達―――特にエピリカに心酔していた踊り子達だ―――も、キキニィキの勢いに追いついて、エピリカの周りに集まり、嗚咽を漏らして泣いていた。


「お願い、エピリカを連れて行かないで」


 キキニィキがパーシヴァルに懇願した。


「あのね、話を聞きなさいよキキニィキ! 私は……」

「キキニィキ、エピリカの居場所が、ここに、ありますか?」


 パーシヴァルがエピリカの言い掛けた言葉を遮って、キキニィキに言った。

 問いかけながら、彼は少しだけ厳しい顔をして、キキニィキの腕をエピリカの腕から離させた。

 キキニィキは絶望的な表情をしたけれど、なんとか喘ぎ喘ぎ声を絞り出した。


「……こ、ここがエピリカの島、よ」

「キキニィキ、私は……アッ、ちょっと!」


 訂正しようとするエピリカを自分の背後に引っ張って、パーシヴァルはエピリカの姿をキキニィキから見えなくした。


「そうかな?」

「ここがエピリカの生きるところ」


 パーシヴァルはそれを聞くと、ギュッと唇を引き結んだ。

 何度も自問自答した、彼女の生きる場所。エピリカの踊りは素晴らしい。きっと何処へ行っても素晴らしい。しかし、一番の舞台は彼女の愛がこもり輝くこの島だ。「その通りだ」と、改めて認める事は、本当に何度やっても悔しく惨めだ。

 エピリカがパーシヴァルの後ろから進み出て、キキニィキの手を取った。パーシヴァルはそれを止めなかった。こうなる事が、彼の薄い望みだった。

 エピリカはキキニィキを見詰め、言った。


「もちろん、そうよ」

「行かないで」

「行くなんて言ってない。ここが私の生きるところ。責められ、後ろ指をさされ続ける覚悟はある」


 キキニィキは決意を込めた顔をして頷くと、エピリカを抱きしめた。


「エピリカ……誰かがあなたを責めるなら、一緒に責められるわ。誰かがあなたの後ろを指さすなら、私も一緒にそしりを受ける」


 二人の傍に控えた踊り子達も、真面目な顔で頷いている。彼女達も、キキニィキと同じ覚悟なのだろう。

『ルグ・エピリカ』は、不祥事を起こした後も尚、彼女を崇拝する者が尊敬と信頼を失い切れない程の踊り子だった。

 オジーも新しいルグも傍に来て、エピリカに頷いた。


「ここはあなたの島」

「あなたの罪は、この場で後ろめたい者全ての罪」


 エピリカは眉を寄せ、目を閉じ息を深く吸うと、キキニィキから身体を離しパーシヴァルの方を見た。

 パーシヴァルは「良かったね」と微笑みそうになったけれど、もう一仕事あったので顔を引き締めた。


「でも、踊れま、せん」

「いつか、きっと……」


 キキニィキが恐る恐ると挑みの間で言った。それは祈りの様だった。

 けれど、パーシヴァルは厳しく目を細めた。


「いつかって、いつだ?」


 彼はそう言って、集まった島の人間達を見渡す。

 島へ溢れんばかりの愛を抱え、踊れないと魂が死んでしまう人達。

 その在り方は、呪いじゃないかと叫び出したくなる。

 けれど自分だって、世界を愛している。探求心を断ち切られた自分の人生はきっと『魂が死ぬ』。

 どうしてそれを課せられた? どうしてそれを選んだ?

 鮮やかで幸福な一本道だというのに、一歩外れると足にロープが括りつけられている様な気がしてならない。

 そしてそのロープすら、愛しんでいるのだ。狂ってる。でもどうしようもない。だから、こんな時くらい憤りをぶつけたい。何しろこの島の神は存在し、形を持っているのだから。多少筋違いでも、構って欲しい。罪が許される希望を見たい。そして、エピリカの未来の魂を救いたい。


「いつかって、いつだ?」


 パーシヴァルは再度問いかけた後、「そんなの駄目だ」と呟き、空を見上げ叫んだ。


「女神ルグ・ルグ! ここにいる踊り子達より温情が薄いわけではないでしょう! 応えてくれないなら、僕は雷を誤って撃った事の仕返しに、珊瑚を守らないぞ!!」


 皆が青ざめ、パーシヴァルを見た。

 エピリカがパーシヴァルの口を塞ごうと彼の傍へ寄ろうとした時、二人の間に風が渦巻きキラキラ光った。


『やれやれ、こんなに忙しい年は無いねぇ。誰かの一生の中で、二回も現れる事になるなんてサ!』


 くるくる回る風から躍り出たのは、ルグ・ルグ婆さんだ。

 島人達が大慌てでひれ伏した。パーシヴァルは立ったまま、挑む様にルグ・ルグ婆さんを見ていた。瞳の中には、彼の善いものと微かに悪いものが輝いていた。


『一生に一度だってワラの姿をそうそう見れるモンじゃないってのに!』

「女神ルグ・ルグ!」

『黙れ小僧っこ! 神を脅そうとするヤツに気安く呼ばれたくないね! アター、随分勝手を言ってくれンじゃない、おぉ?』


 ルグ・ルグ婆さんは体中から火を噴きそうな勢いで言った。


『珊瑚を守らないだって? 島で好きにさせてやったのに? ふざけンじゃないよぉ!! あたっ、アターはっ、海を肥し、陸を荒波から守る宝を、守らないっての? 珊瑚が美しく群れる為に、どれだけの時間が掛かると思ってんだい!? 約束を守らないなら、神罰を降してやろうか!!』


 ルグ・ルグ婆さんの剣幕に、パーシヴァルは果敢に切り返した。


「あなただって約束を守っていない!」

『アァン?』


 顔を今までにした事の無い程皺くちゃにして、ルグ・ルグ婆さんが腕を組む。

 パーシヴァルも負けじと腕を組んだ。


「島では、『踊りたい者を踊れなくさせてはいけない』」

『エエ……アー、ウ~ン、あのねぇ……ワラは島人じゃない、神だよ。ちなみにそれは、約束じゃなくて掟』

「神は掟を破ってもいいのですか?」


 ルグ・ルグ婆さんは至極面倒臭そうにパーシヴァルを見て、小指で耳の穴をほじった。


『ワラは人の掟の中にいない。人が人の掟を守るか見張るのが、ワラさ』

「なるほど、神に掟はないのですか?」

『あるよぉ、……おい、なにを書いているんだい?』


 パーシヴァルがメモを取り始めたので、ルグ・ルグ婆さんは不可解そうな顔で心なしかソワソワした。


「あ、お気になさらず……こんな機会滅多にないので……それで、神の掟とはどういったものでしょうか?」


 どうもパーシヴァルの不思議探求スイッチが入ってしまった様だ。彼のインタビューを受けまくった島人達は、『始まった……』と、ちょっとルグ・ルグ婆さんを気の毒に思い、更に『これは長くなるぞ』と、うんざりした。渦中のエピリカは片手で目を覆っている。少し離れたところで見守っていたフラミィとタロタロは、笑いを堪えるのに忙しかった。

 当のルグ・ルグ婆さんはというと、ハンサムな若い男と喋るこの機会が満更でも無かったので、皺しわの頬を高揚させてパーシヴァルのインタビューに答えた。


『人の掟は倫理からだけど、神の掟は寛容なロマンチックからなのさ!』


 パーシヴァルは目を見開いた後「ロマンチックか~」と笑った。


『器が神だからねぇ、えへん』


 ルグ・ルグ婆さんはただ単に自分の好きな言葉を当てはめただけだったけれど、パーシヴァルはうんうんと気に入ってメモにしっかり『ロマンチック』と書き込んだ。

 彼は島の女達を魅了した目をキラキラさせる。


「では、人の倫理は無視してロマンのある取引をしましょう。悠久の時をかけて海を彩る珊瑚と、踊りを禁じられた踊り子の……」


 ルグ・ルグ婆さんはうっかり鼻の下を伸ばしていたけれど、ハッとして首をブンブン振った。


『あ~、ダメダメ!! この踊り子はフラミィを追いやったのだから、同じ目に遭うべきさ!』

「でもそれじゃあ倫理的です」

『そりゃそうだども、人間の事は人間に沿わなきゃ……』

「人間は自分たちの罪を認め、彼女を受け入れてます。人間の方が寛容で情緒的ってどういう事です?」

『うむむ……でも、今後このような事があってもいけないからね、甘い顔は出来ないよ。罪は罪。罰を喰らうもんさ。いじめられた方は堪らないじゃないか。ねぇ、フラミィ? そうだ、アターがお決めなさいよ、どうしてやるのが最善か、決める権利を与えようぞ、クワクワクワッ』


 雲行きの怪しくなって来たルグ・ルグ婆さんは、なんとフラミィに責任全権を放り投げて来た。


「ええ!?」


 フラミィはビックリして声を上げ、ルグ・ルグ婆さんを睨み付ける。


「ちょちょちょ、狡い! 私に決めさせるなんて!」

「フ、フラミィ、ルグ・ルグ婆さんになんて口のきき方なの」


 フラミィのママが慌ててたしなめたが、その小さな声を聞く者はいなかった。

 皆フラミィに視線を集めた。

 フラミィは口をパクパクさせて、ニンマリするルグ・ルグ婆さんとエピリカを交互に見る。

 それから、パーシヴァルを見た。

 パーシヴァルは微笑んで、片手を胸に当て唇だけで言った。『ストーリィ』。

 フラミィは胸をズキンと痛めて、唇を結んだ。しかし、胸の痛みは、悲しみや苦しみの痛みでは無かった。悲しみでは無く、喜びでも涙が零れるのに似ている。不思議な程の切なさ。

 フラミィは頷いた。

 気に入ってくれなかったどうしよう? 

 そんな事を心配しながら。


 でも、私の考えはこうよ。聞いて、パーシヴァル。

 私の話は、ちっとも美しくないかもしれないけれど。


「……私、神様にも掟にも逆らうの怖い。だから、逆らう事言えない。エピリカを引き止めたら、エピリカは島で踊れない。踊れないなら死んだ方が良いと思うの」


 避難にどよめく人々の中、フラミィは大声で続けた。


「私は踊れなくなって、そう思った! 皆分かる!? とっても辛かった!! 一人だけ踊れないで、踊りの舞台を見る気持ち皆分かる!? エピリカも同じ気持ちになるよね? それっていいの? って思う」

『島から出て行く事を勧めるのかい?』


 ルグ・ルグ婆さんの問いかけに、フラミィは首を振る。


「それじゃ私が掟を破っちゃう」

『じゃ、可哀想だから殺しちまうのかぃ』

「ううん、ルグ・ルグ婆さんがエピリカに踊っては駄目と言うのは、島の掟を破った人間だからよね?」

『なんだい、ハッキリ結論だけお言いなさいな』

「そのぅ、エピリカさえ良ければなんだけど……ルグ・ルグ婆さんになったらどうかなって……」


 ルグ・ルグ婆さんは目も口も鼻の穴も大きく開けて、声にならない声を上げ、バッとエピリカを見た。

 そして、驚きを隠せない顔のエピリカを上から下まで凄い速さで見ると、涎を垂らしそうな顔をした。


『わ、若い女……ハッキリした顔立ち、豊かでウェーブのかかった髪、成熟したナイスバディ……!!』

「ヒッ!?」

『理想!!』


 フラミィはルグ・ルグ婆さんの言葉にちょっと傷つき、


「いいですよね、僕もです!」

「……ウッ」


 ルグ・ルグ婆さんに身体を渡す事がどういう事なのか、あまり分かっていないパーシヴァルの言葉に更に傷付いたのだった。

 彼女の横で、タロタロが呆れて呟いた。


「ホント、おひとよしで損ばっかだよなぁ」

「そんなことないもん。私は私の持っているもので満足してるもん」

「オレも入ってる?」

「もちろん!」


 ならよし!

 と、タロタロは頷いた。

 周囲では、ヤシの実が配られ始めていた。皆、待たされて喉が渇いていた。

 これからエピリカがどうするか考える時間も必要だろう。ある者は刃物を取りに大急ぎで家に戻り、またある者は、外果皮に割れ目を入れこじ開け、中果皮のふさふさを根気よくむしり始めた。

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