第21話 どうして踊るんですか?
立ち竦むフラミィへ、「どうぞ、踊りの練習を続けて」と、キキニィキが猫なで声で言った。
エピリカは冷たい眼差しでフラミィを見ていた。
からかいたがっているのはキキニィキだ。
キキニィキは、フラミィを貶める事でエピリカが喜ぶと思っているのか、チラチラとエピリカを見ながら続けた。
「余所者に踊りを教えてあげなさいよ」
「見てたんじゃねぇの? オレが教えてる」
タロタロが言って、全員の視線をフラミィから断ち切らせた。
エピリカはルグだから、タロタロも島の皆と同じで彼女の踊りに尊敬の念を抱いている。彼女を英雄の様に思ってもいる。
けれど、その英雄がキキニィキと一緒に彼の守るべきヒロインに嘲笑を向けるなら、その間に立ち塞がる事に迷いはない。
キキニィキが、眉をキュッと上げてタロタロを見、次いでエピリカを見た。
エピリカは迫力のある微笑を見せ、言った。
「そうね。上手だったわ、タロタロ。踊り子だった頃のフラミィよりずっと」
キキニィキが満足そうに唇の端を吊り上げ、取り巻きがクスクスと笑った。
フラミィは、パーシヴァルの方を見れない。踊り子だった事、踊りが上手く踊れない事を知られてしまった。自分の最も大切にしている事なのに、上手く出来ないという事が、とても恥ずかしい。彼に知られたくなかった。
タロタロは目を細め、フンと鼻を鳴らした。
「そうかも。女に生まれてたら、オレがルグだな」
「まぁ」
タロタロの言葉を、エピリカは迎え入れる様に微笑んだ。子供だから多少の無礼は容赦してあげるし、自分に懐くなら可愛がってあげなくもない、と彼女は思った。
タロタロは彼女の仲間みたいな顔をしてニッコリ笑った後、言った。
「オレがルグだったら、人数の多い踊り中も仲間との距離感読んで、怪我しないし?」
女達は少しの間、タロタロの台詞の意味を捉えあぐねてぽかんと黙った。
フラミィの失態を言っている? けれども、『オレがルグだったら』と、子供は言った。
「どういう意味」
キキニィキが眉をしかめて高圧的に言った。
タロタロも眉を寄せて、年上の女を睨んだ。
「そのまんまだけど」
キキニィキは一瞬で顔を真っ赤にすると、ほとんど叫びに近い大声を出した。
「フラミィがわざとエピリカにぶつかったのよ!!」
声はフラミィの耳でキンキン響いた。
耳を塞いでしまいたい。けれど、耳を塞いだところで、心の中に入り込んでしまった声は、出て行ってくれそうにない。
――――嘘つき!!
そう叫びたい。だけど、きっとエピリカは嘘を認めないから、はたから見たら罪の擦り付け合いになってしまうだろう。
エピリカの家の前で聞いた会話をまるまる皆に聴かせられない限り、平行線だ。そして、フラミィは分が悪い。―――踊れないから。
「ネーネは人にわざと怪我なんかさせない!」
「そうね」
エピリカが断ち切る様に言って、フラミィに微笑み掛けた。
「ワザとじゃないわ。そうよね、フラミィ?」
私はあの子の味方をしてあげるの。そう言っていたエピリカを思い出し、フラミィは恐ろしくなる。
今、彼女に嘘つきなんて言ったら、彼女の後ろにいる人達はどんな顔をするだろうか。
けれど、これだけはハッキリ言わなくては。
「ワザとじゃないわ」
フラミィは真っ直ぐエピリカの目を見て言った。
――――ワザとじゃない。それは、エピリカが一番知ってる。
そう気持ちをこめて。
すると、エピリカの目が一瞬怯んだ様に見えた。
その時フラミィは意外に感じて、エピリカ以上に怯んでしまった。自分が彼女を怯ませるなんて事が起こるなんて、信じられないし予想していなかった。
結局、フラミィの方からエピリカと視線を外した。
「エピリカ、なんて優しいの!」
キキニィキが芝居がかった口調で言って、目を潤ませた。
エピリカはキキニィキに微笑んで、ポカンと成り行きを見ていたパーシヴァルの方へ向いた。
「あなた、どうしてこの子達から踊りを習っているの?」
「え。踊り、を、覚えたい、から、です」
「覚えてどうするおつもり?」
エピリカは形の良い濃い眉を歪ませ、腕を組んで尋ねた。
エピリカは踊りの練習をしているフラミィ達を見つけた時、そちらの方が気になっていた。
フラミィいじめは、キキニィキに付き合っただけだ。彼女はキキニィキよりも賢く、自分から事故の件に触れすぎる事を警戒していた。
パーシヴァルは、こんなギスギスした空気の中だと言うのに、なんだか嬉しそうな顔をして朗らかに微笑んだ。
「そりゃあ、踊り、ます!」
「……何故?」
「何故? 一緒に、踊りたい、から、です! 僕も、聞きたい。エピリカは、どうして、踊り、ますか?」
何を決まりきった事を、という顔をして、エピリカは胸を張った。
「私はルグだからよ」
「ほう、ルグ、だから。……ふぅん、意外とアッサリしているな……よし。では、そちら、の、お嬢さん、は? どうして、踊り、ますか!?」
パーシヴァルはいつの間にかメモを取り出して、女達に「何故踊るのか」をインタビューし始めてしまった。
踊り子は戸惑いつつも胸を張って、取り巻きはエピリカを陶酔して見詰めて、答えた。
「島の為に」
「名誉な事だから」
「わ、私は踊らないわ、ルグを尊敬しているの……」
パーシヴァルはふんふんと頷きながら、メモを取る。
「素晴らしい。愛国心……誇り……敬意……」
そう言われれば、悪い気はしない。皆、ふふんと顎を上げて微笑んだ。
彼女達は、何となくエピリカに気を使って彼を避けていたものの、本当はチラチラ盗み見ては気にしていた。やっぱりちょっと風変わりだったけれど、今後は挨拶くらいしてあげてもいいなと思った。
パーシヴァルがメモから顔を上げた。彼はキラキラした碧い目を真っ直ぐエピリカに向けていた。彼女がルグだからだろうか? 彼女しか、ここにいないみたいだった。
「では、仮に、名誉、では、なかったら?」
「そんな事、ありえないわ」
「もちろん、です。仮に、です。こう……身体、から、湧き上がる、情熱、みたいな……」
エピリカは、何を言っているんだろう? という怪訝な顔だ。
「島の為に、祈りをこめて踊っているの」
「はい、聞き、ました」
「それが名誉ではないというの?」
「いえ、どんな、気持ち、ですか?」
エピリカは首を傾げる。この男は、言葉が思った以上に通じていないのだろうか?
「島、が、繁栄、しますように、と、いう、気持ち、よ」
エピリカはゆっくり説明してみせた。けれど、パーシヴァルは困った様に微笑んで、また同じ質問をやり直そうと、言葉を探している。
「個人的、には?」
「……島、が、繁栄、しますように、と、いう、気持ち、よ」
「……ありがとうございます」
パーシヴァルが引き下がった。エピリカは、その様子が気になった。
「なんなの? ハッキリお言い」
「はい?」
「私の答え、私の気持ちが、満足出来るものではないと思っているの?」
「そういう、訳、では……」
皆がハラハラして見守る中、詰め寄るエピリカに身を引きながら、パーシヴァルは呟いた。
「ただ……あなたの、踊り、に、それ以上、の、ものを、感じ、ました」
「……」
パーシヴァルは、反応に詰まっているエピリカに微笑んで「あなたは素晴らしい」と、囁いた。
成り行きを見ているしかなかったフラミィは、ズキンと胸が痛んだ。
どこか胸の奥で、『そうだ、エピリカの踊りは素晴らしい』と、声がする。
『そうだ。エピリカは、素晴らしい踊り子だ。そして、お前は……』フラミィは俯いて自分の左足の親指を見詰める。小さな親指が、みるみる歪んだ。
そんなフラミィの様子には目もくれず、女達はルグ・エピリカを褒められて喜んだ。
「ねぇ、私達が踊りを教えてあげるわよ」
「そうよ。男も女も踊る踊りを教えてあげるわ」
誘う女達に、パーシヴァルは「ありがとうございます」と微笑んだ。
「なっ、オレが教えてただろ!?」
タロタロが驚いて上げた非難の声を、心地よく聞きながら、女達は彼の無邪気な笑顔に胸を弾ませた。パーシヴァルに踊りを教えるのは、きっとそれ以上に胸弾む体験になりそうだ、と、彼女達は嬉しがった。エピリカだけは、黙ってあらぬ方へ目線を向けていた。
パーシヴァルはウキウキする彼女達へ、変わらず微笑みながら言った。
「でも、結構、です」
「どうして? 教えてあげるったら」
女達は優し気に笑って、励ます様に言った。
パーシヴァルは首を振って、「嫌です」と、なんとも爽やかに言った。
「あなたたち、は、すぐ、笑う、みたい、だから」
僕は上手く踊れません。パーシヴァルはそう言って、エピリカを見た。
「人を笑う人に、いい先生はいません」
エピリカは顎を上げ、目を細めてパーシヴァルを見返すと、「私はルグよ」と、言って、くるりと踵を返した。
「先生じゃないわ」
エピリカは背中を向けてそう言って、村の帰り道へ歩いて行った。
「エピリカ?」
女達は顔を見合わせ、名残惜しそうにパーシヴァルを見た後、エピリカに続いた。
パーシヴァルはニコニコして手を振って、タロタロとフラミィに向き直った。
「色々、聞けて、良かった。……ん、どうしましたか?」
「おまえなー!」
タロタロは彼に拳を振り回した。フラミィは気持ちが物凄く沈んでいたけれど、タロタロの腰紐を掴んで引っ張った。
「タロタロ、パーシィは追い払ってくれたのよ」
「そうだけどなんかさー!?」
「お~、タロタロ、僕、が、去って、しまうと、悲しんだ?」
「バッキャローちがわい!!」
わしわし頭を撫でられて、タロタロが余計に怒って喚いた。
パーシヴァルは声を立てて笑って、フラミィを見た。
フラミィは俯いていた。パーシヴァルが彼女達の誘いを断り、追い払ってくれたのは嬉しかった。
だけど、彼がエピリカを褒めた言葉には熱がこもっていた。彼はきっと、本当にエピリカの踊りを素晴らしいと思っているのだ。フラミィの心の中が、もやもやする。
そんなフラミィに、パーシヴァルが優しい声で尋ねた。
「フラミィ、君、は、どうして、踊り、ますか?」
「もう、踊らないの」
「……そう。では、どうして、踊って、いたの、ですか?」
温かい風が吹いて、フラミィの薄いスカートの裾を揺らした。隠す様にして顔にかかった長い髪が、首筋から背中へ、さらさらと流れた。
いつの間にか夕日になったお日様の光で、ナイオの白い花が橙色に染まりゆく景色の中、フラミィは顔を上げた。
見上げるパーシヴァルの頭の向こうで、一番星が薄っすら光り出している。
*
じゃあ、俯く事はない、と、あなたは言って、私の頭を撫でた。
あなたは知らない。島で踊れないという事を。だから私を憐れまない。パパみたいに。
あなたは知っている。この気持ちを。だから私を励ます。パパみたいに。
でも、そういう気持ちが、あんまり嬉しくない。だって、あなたはパパじゃないもの。
私は―――私も、あなたに、あんな風に認められたい。
誰か私の情熱を見つけて。
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