第20話 タロタロのダンスレッスン
タロタロになったシェルバードが空の彼方へ消えていくと、他のシェルバード達は何事も無かった様によっこらしょと巣に寝そべった。
フラミィ達はポカンと口を開けっ放しにして、空を見上げていた。
やがてパーシヴァルが興奮気味に声を上げた。
「い、い、今のは? 見たのは、僕だけ?」
「ううん、私も見たよ」
「オレも!」
「あ、あれは、何、ですか?」
パーシヴァルは目をキラキラさせてフラミィに詰め寄ったけれど、フラミィもあれがなんだったのかサッパリわからない。フラミィが分からないのだから、タロタロにだってわからないだろう。
「私も初めて見たの」
「オレも!」
「で、でも、あんなに凄いものを知らないなんて……」
パーシヴァルはフラミィ達が「知らない」と言うのを怪しみ、早口で言った。
「あんま来ないもんなー」
「ねー。シェルバードの棲家だものね」
「いやいやいや……で、では、シェルバード、に、深く、関わらない、キマリ、とかは?」
フラミィとタロタロは顔を見合わせる。
パーシヴァルは知りたがり過ぎるんじゃないかな、と、フラミィは思った。
そりゃあ、色々な事を知る事が生きがいなのは分かるけれど、島の住民たちは人間も動物も程よい距離を取って生きているのだから、何でもかんでも知りたがるのはマナー違反だと思う。
フラミィだって、別の生き物が自分達人間の生活を何でもかんでも知りたがって、紙にたくさん書き留めたりしたら、あまりいい気分じゃないから嫌だ。
「そういうキマリは無くても、歯を欲しがって遊びに誘われる以外はそっとしておくの。大人も子供も一緒に遊んだ友達を大事に思ってるの」
「うーん……しかし、こんなに、不思議、なのに……」
誰も知らないとは、それはおかしくないだろうか? パーシヴァルはそう思ったけれど、多分考え方や感じ方、受け止め方といったものの、あらゆる部分で島の人間と自分は違うのだろうと思い直した。
例えば、神秘の存在を信じているパーシヴァルだけれど、見えたり交流できるとは信じていない。
しかし、フラミィ達の中で神秘は具現の生身だ。あのシェルバードを見てしまってはそう思うしかない。神秘との心の距離がパーシヴァルと全く違う。
そしてそれは、そのまま自然との距離感ともなるのだろう。
正しい距離感は敬意だ。
パーシヴァルは、フラミィ達が自然と心に備えているそれを踏み荒らす気分にはなれなかった。
自分の探求心がこの島にとって悪とは思わない。鍾乳洞の時は功を奏した。けれど、異質なのだ、と感じるのを忘れないでおこう、と、彼はそっと決めた。
さてしかし、誰のどういった不本意に当たろうとも、島の新発見は成された。
三人は、空へ消えたタロタロシェルバードへ思いを馳せた。
「タロタロの姿になったのは、タロタロの歯を飲み込んだからかしら?」
「ビビったなぁ! 巣の材料にするんだとばっか思ってた」
「か、身体の、構造、は、一体……」
それぞれ興奮し、思い思い喋った。
結局不思議すぎて結論は出なかったけれど、ルグ・ルグ婆さんに聞いてみようと言う事になった。
「ルグ……? 踊りの神、ですね?」
「うん。満月の晩が終わったら、ルグ・ルグばあさんも一緒に骨を探してくれるの」
「へ、ぇぇ……? 僕、も、会いたい、です」
神と言っても人間なのか?
普段は人目に触れない、催事の時だけ現れる重要人物なのでは?
パーシヴァルはこの期に及んでそんな風に思い、気軽に頼んできた。
フラミィはちょっと考える。
人前に出るのを、ルグ・ルグ婆さんは嫌がっていたかしら?
神様に怒られるって言っていたけれど……。
お休みを取って私を手伝ってくれるという事は、お休み中なら人間と関わってもいいという事かも知れない。
少し離れた所のシェルバードの巣の影で、銀色の小さな光がチラッと光った。
「あら……」
フラミィは銀色の小さな光を見て、クスッと笑う。
きっとルグ・ルグ婆さんの鏡の羽衣だ。フラミィには、ルグ・ルグ婆さんが「いいよ」と言っている気がした。
「多分、大丈夫」
「やったー! なにか、捧げ物、など、必要、ですか?」
「えぇ……」
先ほど光ったところで、せわしなくキラキラッとまた何か光った。
捧げ物、欲しいらしい。
でも、何が良いんだろう?
私達は踊りをルグ・ルグ婆さんへ捧げるけど――――。
答えあぐねている間も、シェルバードの巣の影がキラキラどころではなくて、ピカピカと強く光っている。何かを強く訴えている様子だ。やっぱり、踊りだろう。と、フラミィは「わかったわ」というようにそちらへ小さく頷いた。
「えっと、捧げ物は踊りなの」
「踊り……そうか……で、では、相応しいのを、教えて、下さい」
チラリと光の方を見ると、風の強い真昼の海の様に光が激しく点滅していた。
フラミィはそれを喜びの表現と受け取って、パーシヴァルに踊りを少しだけ教えてあげようと思った。
元々約束をしていたし、ちょうどいい。ただ、上手く踊れない事をバレない様にしなくては。
――――大丈夫よ。
フラミィの心の中で声がする。
――――パーシヴァルは島の踊りを知らないもの。それに、彼は私が踊り子だったって知らないハズだし、きっと私が上手いかどうかなんて、そんなにわからないわ。
フラミィの答える前に、タロタロがグイッと進み出た。
「男は男の踊りだ。オレが教える」
「おお、踊れる?」
「たりめーだろ。島の人間は皆踊れンだぜ」
フラミィはちょっとホッとして、タロタロに感謝した。
タロタロはというと、フラミィとパーシヴァルの接点を少しでも削り割り込む事に成功して、内心ほくそ笑んでいた。
――――ついでに、変な振付も教えてやろう!
タロタロの悪だくみを知らないパーシヴァルは、嬉しそうに「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀した。
タロタロは「おう」と偉そうに腕を組んで踏ん反り返った。
フラミィは踊るパーシヴァルを想像して頬が緩んだ。きっと素敵に違いないと思ったのだ。
主がいなくなった白い巣が、お日様の光にほのぼのと白く温まっていた。
*
日も落ちて、あんな不思議の後でシェルバードの巣を探る気にならなくなってしまったフラミィ達は、ルグ・ルグ婆さんとのご対面に向け、さっそくパーシヴァルに踊りを教えようという事になった。
まず、タロタロの身体をミニラ池で綺麗にする事になった。
踊る事は島の人々の日常に溶け込んでいるけれど、神聖な事だから、シェルバードの巣材の屑だらけでは流石にいけない。
生命線であるこの水場をパーシヴァルは既に調べ上げていて、辺りに生える花や草や木の葉をぺしゃんこにして張り付けたメモを見せてくれた。
「押し花、です」
「かわいそう……」
「う、すみません……」
「おい、始めるぞ、ぱーしばる!」
弱い者いじめを見る目で見られて肩を落とすパーシヴァルに、タロタロが厳しい声を上げた。
パーシヴァルは真面目に「はい」と返事をして、タロタロと向き合った。
タロタロはデカいパーシヴァルを従えている気になって、頬を高揚させた。とても満足気だ。
彼は腕組みをして鼻息を吐いた後、フラミィに小声で言った。
「まず……なに教えよう?」
「やっぱりご挨拶じゃない?」
「おう、じゃあ、ご挨拶だぱーしばる! オレの真似してみろ」
「はい」
タロタロが張り切って、元気いっぱい両手を空へ上げた。パーシヴァルもそれに習った。
すぐにタロタロがパーシヴァルの腕の上げ方に「駄目だ」と言った。
「え、え、何が……?」
「あのなぁ、これから挨拶するんだ。第一印象だぞ? それをさぁ、そんなヘニョって腕上げてたら初っ端から『自分はヘニョヘニョです』って、言ってるようなモンだろ」
「パーシヴァル、自分を表現するのよ」
「な、なるほど……」
パーシヴァルは『思ったより厄介そうだ……』という苦い顔で頷いて、姿勢を正した。
タロタロはパーシヴァルの背筋が伸びるのを眺め、また腕を上げた。タロタロの腕の上げ方は、彼らしく俊敏で、自分を大きく力強く見せようという気持ちがこもっている。
パーシヴァルもタロタロにつられて少し勢い良く腕を上げ、グッと伸ばして微笑んだ。
伸びやかで朗らかな、パーシヴァルらしい感じだ。
今度は文句の無かったタロタロは、腕をゆっくり前に突き出しながら足を曲げ伸ばしして、前後左右にゆったりとした足踏みをする。
「前一、右二・二、左二・二、後一だ。いちにに、にに、いち、腕を開く、頭を下げる。簡単だろ?」
「いちにに、にに、いち……」
「そそ、なんだ、ぱーしばる踊った事あンのか?」
パーシヴァルの足運びを見て、タロタロが言った。
「わかります? 一応、社交辞令、で、踊り、ます」
「シャコ……? ふぅん……なんか感じが俺らのと違うけど、ちょっとやれるんならルグ・ルグ婆さんも喜ぶかもな」
タロタロがそう言ったので、パーシヴァルは嬉しそうだった。けれど、安心したタロタロがレベルを上げて『神に捧げる』用の激しく複雑な踊りを伝授しようとしたので、泣きを見る事になった。
「無理、です、無理、無理!」
「こうだよ! こう! 簡単だってば!!」
「宙返り、は、無理!」
わいわいと踊りの練習をするタロタロとパーシヴァルを見ていて、フラミィはというと、身体をウズウズさせていた。
男と女は振付が違う踊りもあれば、共通の踊りもある。
共通の踊りを一緒に踊りたいなぁ、なんて思っていると、パーシヴァルと目が合った。
羨ましそうな顔をしているフラミィに、パーシヴァルがなんとなしに聞いた。
「フラミィは、踊らない、ですか?」
「あ、あのね、うん、踊るよ! でも、今日は見てる……」
フラミィがモゴモゴと言って俯いた時、
「上手く踊れないものねぇ」
と、後ろから声がした。
フラミィがギクンとして振り返ると、ナイオの茂みの影から、顔を覗かせてクスクス笑う顔が見えた。
エピリカとキキニィキ、二人の取り巻きの女達が、いつからかフラミィ達を覗いて笑っていたのだった。
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