第30話 星の航路
砂浜ではフラミィ達の帰りを人々が待ち構えていた。漁に出た者達が無事に戻ったのを喜んだのも束の間、タロタロの話を聞いて皆顔を曇らせた。
オジーが、日の出と共に捜索に出ようと皆に呼びかけ、タロタロの両親を慰めた。
それからオジーは漁師頭と年配の男達を村の中央にある集会所に集めた。島の上空を飛び交った飛行機について話し合うのだろう。オジー達の話し合いは深夜まで続き、彼らが重々しく解散した後も、集会所には暫くヒソヒソと囁く声が残っているかの様だった。
その気配すら風に消えてしまった頃、フラミィは家を抜け出し海へ向かった。
息を潜めて船着場へ着くと小さなカヌーを選び、家から持って来た荷物を乗せると、海へと押し出した。
『こら、こら、フラミィ!』
背後からルグ・ルグ婆さんの声がしたけれど、フラミィは振り向かなかった。
一人だろうが、真っ黒な海だろうが、タロタロを助けに行くのだ。
『夜の海へ出かけるなんて、無謀な事はやめなさんな。迷子になっちまうよ』
「今夜は晴れてるから月明かりでお昼みたいに明るいし、星も明るいわ。私、星の位置を知ってる。迷子になんてならないわ」
『アターの目はちょっと鈍ららしい。月明かりと昼間じゃえらい違いさ! 星は時間が経つと動くんだよ。そんな事も知らないのかい』
「大して変わらないよ。動かない星があるって事、ルグ・ルグ婆さんともあろうお方がご存じないの?」
『ああいえばこういうね!』
フラミィがカヌーを押しながら、ルグ・ルグ婆さんへ振り返った。
「ふんだ、ついて来てくれるの? くれないの?」
『行くもんか!』ルグ・ルグ婆さんは唇をひん曲げて、腕を組んだ。
フラミィは知らん振りで、再び前を向いてカヌーを波打ち際まで押した。
『オイオイオイ、お待ちったら』
ルグ・ルグ婆さんはフラミィの押すカヌーの船首にふわりと移動し、懇願する様にフラミィを止める。
『何かあったらどうすんだい。ワラは腐乱死体で踊りたくないよぅ!』
「じゃあ何も起こらない様に、私と一緒に来てよ。ルグ・ルグ婆さんは女神でしょ」
『あんまり離れた外洋だと厳しいねぇ。管轄が違うし』
「管轄?」
『ワラは海の神じゃないんだよ。力が目一杯使えるのはせいぜい礁湖までさ。それに、今日は変な飛行機が四つも島に落っこちそうになっただろ? ワラは力をたくさん使ってちょっとお疲れ気味なんだよ。そんな年寄りを、アターはこき使おうってのかい?』
「ルグ・ルグ婆さんが、飛行機を島に墜ちない様にしてくれたのね」
フラミィはうんうんと話しを聞くフリをしながら、カヌーに積んでおいた荷物から果物や魚の干物を取り出し、船首で胡坐をかいてグチグチ文句を言い出したルグ・ルグ婆さんの前に供えた。
ルグ・ルグ婆さんは物凄く自然に魚の干物を手に取って、もしゃもしゃと齧った。
「ママの干物は美味しいでしょ?」
『悪く無いねぇ』
「ルグ・ルグ婆さん、果物は何が好き?」
『パパイヤが好きだねぇ』
「あるよあるよ」
『小さく切っておくれよ、ワラのお口はお上品なんだ。どれ、パパイヤの舞でも踊ってあげようかねって、アーッ!? あ、アター! いつの間に海へ!?』
「あはは、もう遅いよー」
フラミィは笑ってカヌーを海へ滑り込ませてしまうと、オールを力強く漕ぎ出した。夜光虫が刺激を受けて、青白く航路を光らせ、船の周りを輝かせた。
ルグ・ルグ婆さんは文句を言って萎びた頬を膨らませたが、その内カヌーの進行方向を向いて座り、指をペロリと舐めて風に晒した。カヌーにマストはついていないから、ただのポーズだろう。
二人を乗せたカヌーは月明かりの中淀みなく進み、沈んでいる礁原の上を乗り越えた。
外洋の水の冷たさがカヌーの底から伝わって来て、フラミィは不安を消す為にルグ・ルグ婆さんに話しかけた。
「タロタロは無事よね?」
『ワラ、島の外の事はわかんないよ』
「無事だモン」
『なら早く探してやらにゃいけないね』
「波は東の方へ引いて行ったの」
吸い込まれる様に遠ざかっていくタロタロのびっくり顔を思い出して、フラミィの胸が詰まった。きっと真っ暗な海で一人、震えているに違いない。
『海の神が飛行機の始末に起こした波だろうね。この辺は守られているから』
「じゃあ、海の神様なら行方を知ってる?」
『じゃないかしら』
「ルグ・ルグ婆さん、海の神様とはお友達ではない?」
期待に目をキラキラさせてフラミィが聞くと、ルグ・ルグ婆さんは首を振った。
『悪いんだけど、人間の個人的な願いの仲介は出来ないよ』
「そんな事言わないで」
『駄目だよ。秩序が滅茶苦茶になっちまう。それに、その為に遣いの神同士は意思疎通が出来ないのさ。ワラたちも、これで不便に出来てんのヨ。全てと疎通してんのは、一番偉い神様と』
「と?」フラミィが身を乗り出した。
ルグ・ルグ婆さんはニンマリ笑った。
『生物さ』
「人間も?」
ルグ・ルグ婆さんは頷いた。
『ワラ達がなんの為にいると思ってんのサ。アターらに全てを与える為なのよ。生から死まで。その経過に渦巻くものも全て。呼び掛けてみたら?』
フラミィは大きく頷いて、唇を舐めた。それから、丁寧に海へ呼び掛けて見た。
「海の神様、ええと、こんばんはです。あの、私の幼馴染が……」
『なーんじゃいそらあ!』
ルグ・ルグ婆さんがピョンと船首で飛び上がった。ちょっと怒っている。
「え、え、なに?」
『なにじゃない! 神との交信の仕方がそれかい!? アターは踊りの島の子だろうがよ!!』
「あ、あ。あわわ、でも」
戸惑って自分の左足をちょっと浮かせるフラミィに、ルグ・ルグ婆さんは腕を組んで首をゆっくり振った。
『やるんだ!』
そう言って、フラミィの左足をピシャンと軽く手で打った。
「きゃっ! ひどい!」
『酷くない! もう一発ぶってやろうかね?』
ルグ・ルグ婆さんはそう言って本当にもう一回手を振り上げ、空いている方の手でフラミィの左足を捕まえると、ピタリと動きを止めた。
『ん? んん!?』
「な、なに?」
『ア、アター、なんだい!? どうして!?』
ルグ・ルグ婆さんはフラミィの左足を引き寄せ、親指に触った。
そして、信じられないという顔をしてフラミィを見て、声を震わせた。
『骨がある』
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