第29話 大波
その日は何もかもが凪いでいる日だった。
朝早くからパパ達と漁へ出かけたタロタロを見送った後、フラミィはママを手伝って、家の中で新しく使う草のマットを編んでいた。午前中はこうして働き、午後から骨探しだ。
草の種類で色を変えて、シェルバードの模様を入れようと構想を練りながら取り組んでいると、ふと手元に影がすーっと幾つか走った。
空を飛ぶ鳥の影だろうかと見上げて、フラミィは「あっ」と声を上げた。フラミィの手元に影を落として空を飛ぶのは、パーシヴァルの飛行機と同じような飛行機たちだった。飛行機だ、と認識した瞬間、飛行音が押さえ付ける様に降って来た。
飛行機たちは、何機かずつで追いかけっこをしているみたいにクルクルと空を駆け回っていた。ママも眉を潜めて空を見上げ、立ち上がった。島の人達も、驚いて空を見上げ、指をさしてペチャクチャと騒がしく喋ったりしている。
「島の上を飛ぶなんて」ママが不安げに言った。
フラミィは頷いて、ママの傍へ身を寄せた。飛行機たちはお互いのお尻を追っかけて、激しく動き回り、時たまパパパと何か爆ぜる音を立てては火を吹いている様に見えた。
飛行機は大きな鳥みたいに翼を翻し、日の光にピカリと機体が光らせ、フラミィの目を射した。
「何をしているのかしら? あっ」
パーシヴァルの飛行機と同じ色をした飛行機が、他の二機に追い回されて急に激しく火を吹き、傾いたと思った途端に煙を吹き出しながら落下を始めた。同じように、一機、また一機と燃え上がり堕ちて来る。島の人達は悲鳴を上げて散り散りに逃げ出した。
フラミィとママは恐怖に抱き合って動く事が出来ず、落ちる飛行機を凝視していた。
燃える飛行機たちは最後の力を振り絞ったのか、滑る様に島の上を避けて地平線の先まで行くと、とうとう海へ墜ちてしまい、四つの火柱と煙が上がった。
フラミィ達は皆で海岸線まで駆け抜けて、煙を眺めた。
目を凝らしても、背伸びをしても、背の高いヤシに登っても、遠くの地平線の先を見る事は叶わない。船を出そうか、いいや危険だと言い合っている内に、誰かが震え出した。
「今日の漁は、あっちの沖の方じゃなかったか?」
皆が息を飲み、幾人かが船着き場へと駆け出した。
フラミィも一緒に駆け出し、横にタロタロのママが並んだ。タロタロのママは、タロタロみたいに、風の様に駆けた。二人は沖へと砂浜を滑り出す何艘かのカヌーの一艘に飛び乗ると、オールを漕いだ。漕ぎ出しながら、タロタロのママが泣き声で言った。
「こんなに凪いだ日なのに」
「おばさん大丈夫よ、大丈夫。だって海は広いもの」
そうよ。同じ方角と言ったって、海は広いんだから。フラミィは自分とタロタロのママを励まして、煙の上がる方向をじっと見据え、オールを漕いだ。
皆でオールを漕げば、地平線の向こう側なんてあっと言う間に辿り着く。
イヤな匂いと煙を立てる飛行機の残骸が四機、すぐに見つかった。仲良くお互いのすぐ近くに墜ちたようで、辺りは黒い煙が立ち込めており、視界が悪かった。しかし目の良いフラミィ達は、直ぐに漁に出た大きなカヌーの船底が波に揺れているを見つけた。漁に出た人々も見つけた。
彼らは煙から離れた空気の綺麗な所で、オールやカヌーの木片につかまって浮かんでいた。小さなタロタロの姿も見える。タロタロは飛行機の翼の破片につかまっていて、フラミィ達をいち早く見つけて手を振った。
タロタロのママが立ち上がり、海へ飛び込んだ。フラミィの乗っていたカヌーが大きく揺れた。
フラミィも皆も歓声を上げて、漁に出た人々が迎えのカヌーに乗り込むのを手伝った。
そうして皆が仲間の無事に夢中になっていた時、穏やかだった波が急に大きくうねった。
誰かがハッとして顔を上げ、叫んだ。
「大波だ!!」
「いかん! 逃げろ! 飲み込まれるぞ!」
大波は音もなく突然沖から盛り上がって現れ、煙を吐く飛行機達を飲み込むと、慌てるフラミィ達を置いて沖へ急速に引き戻った。まるで飲み込む物を決めているかの様だった。
皆が呆気にとられる中、フラミィが悲鳴を上げた。
飛行機たちを飲み込んで連れて行く波の中に、タロタロの姿があったからだ。
「タロタロ!!」
タロタロは飛行機の翼の欠片につかまったまま、ビックリ顔をこちらへ向けて、波にさらわれていく。タロタロのパパが、ママが、泳ぎに自信のあるその場の誰もが波を追いかけたけれど、恐ろしい程タロタロとの距離は開いていき、ついには誰も追いつく事が出来なかった。
*
空が暗くなり、星が登るまで波にさらわれたタロタロを皆で探した。漁でだってこんなに沖へは出ないという所までカヌーを進め、誰もが誰よりも大声を出してタロタロの名前を呼んだ。しかし、視界を遮る波すらない広い海に浮かぶ影は何処にもなかったし、応える声も無かった。
フラミィはあんなに恐れていた外洋の中へ、何度も潜った。
底まで潜り切れない深い海は暗く、吸い込まれそうだったが、怖くなかった。恐れをなしてタロタロの姿を見つけ損なってしまう方がずっと怖かった。何度目かの潜水から海面へ浮き上がると、タロタロのママが彼女の腕を捕まえてカヌーへ引っ張り上げた。
タロタロのママは悲壮な表情でフラミィに言った。
「もう暗くなる。島へ帰らなければ」
「でもおばさん!」
「海と一緒に生きてきた子よ。大人しく海の底に沈んだりしないわ」
「でも、でも!」
縋るフラミィの肩に、タロタロのパパが手を置いた。
「他の人達やフラミィを危険に巻き込めない。またあの大波が来るかもしれないのだし」
タロタロのパパはやつれた顔でそう言うと、皆にも聴こえる声を上げた。
「皆ありがとう。もう夜になる。島へ帰ろう」
「私、まだ探します。一番小さいカヌーを置いて行って下さい」
フラミィがそう言って頼むと、年配の男が首を振って彼女を宥めた。
「皆がそうしたいんだよ、フラミィ。でも、皆お互いに責任がある。それぞれの家族の元へ返す責任がね。君に何かあったら、皆君のママにどんな顔をすればいいのだ」
「フラミィ、ありがとう。タロタロは、きっと無事よ」
タロタロのママがそう言って、フラミィの濡れた腕を擦ってくれた。フラミィは一度黄昏の海を見渡した後、俯いて頷いた。タロタロのママやパパが我慢しているのに、自分がこれ以上無茶を言って皆を暗くなる海で彷徨わせ、危ない目に合わせるわけにはいかなかった。皆がのろのろとオールを漕いで、島へ向かい始め、フラミィもそれに習った。
オールを漕ぐ腕が海水でヒリヒリ傷んだ。目元も同じようにヒリヒリした。胸の中は焼け付くようだった。
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