第28話 ここは白い煉獄なのかもね

 フラミィとルグ・ルグ婆さんはレインツリーでひとしきり踊った後、シェルバードの崖へ行った。

 フラミィはルグ・ルグ婆さんが神通力か何かで骨をたちまち見つけてくれるのだろうと期待していたけれど、『そんな都合の良い事あるもんかね』と一蹴されてしまった。


『そんなんだったら、今頃とっくに見つけてアターに骨をやってるサ!』

「そ、そっか。じゃあ、どうやって探すか良いお知恵があるの?」


 フラミィの言葉に、ルグ・ルグ婆さんはフンと鼻を鳴らした。


『そんなんだったら、今頃とっくに教えてやっているサ!』

「……」


 もしもタロタロがいたら、ルグ・ルグ婆さん相手には流石に声には出さないかもしれないけれど、「使えない婆さんだな!」と、顔に出したかも知れない。


「じゃ、じゃあ、私達と同じように探すのね?」

『ふん、見くびるんじゃないよ!』


 ルグ・ルグ婆さんはそう言って、シェルバードの崖で一番広い崖棚へひょいひょーいと降りて行くと、どこかからか取り出した木の皮のタンバリンを打ち鳴らた。

 シェルバード達がルグ・ルグ婆さんに注目し、海へ出かけていたもの達も、音を聴きつけ急いで崖へと集まり出した。 

 たちまち崖はシェルバードでいっぱいになり、ルグ・ルグ婆さんはモコモコと蠢く中央で満足そうにうなずくと、踊り出した。


『悔恨の化身たちよ

 お前達が抱く宝を

 ワラに見せておくれ』


 この踊りに、シェルバード達は地面をパチパチ叩いて応えた。

 驚いた事に、シェルバードはルグ・ルグ婆さんの踊りが分かるみたいなのだ。

 ルグ・ルグ婆さんは「うむ」と頷いて、声を張った。


『人間の子供が、足の親指の骨を失くしちまってんの。小さいのだよ、心当たりは?』


 するとシェルバード達は急いで各々の巣を覗き込み、熟考し始めた。

 見当をつけた最初の一羽がルグ・ルグ婆さんの傍へ、白い木片を咥えて自身が無さそうにソロソロとやって来た。

 ルグ・ルグ婆さんはしゃがみ込んでシェルバードの咥える木片を見て、『違うねぇ』と言った。

 シェルバードはシュンとしたが、ルグ・ルグ婆さんに『あんがとね』と、頭を撫でられると嬉し気に身体を跳ねさせて巣へと戻った。「褒められた、褒められた」という顔で嬉し気なシェルバードの頭を、他のシェルバード達が羨ましそうに啄んでいる。

 たちまち我こそはというシェルバード達が、「これじゃない?」を咥えてルグ・ルグ婆さんの前に長蛇の列を作り始めた。

 ルグ・ルグ婆さんは『よしよし』と言って、シェルバードの咥えて来るものを検分する。その後で、シェルバードの頭を撫でて彼らを労った。その様子は、なんだかちょっとした握手会みたいだ。

 撫でてもらったシェルバードは、ウキウキと腹で跳ねてとても嬉しそうだった。

 フラミィがポカンとしていると、ルグ・ルグ婆さんが彼女を呼んだ。


『なにしてんだいフラミィ! アターも手伝いなさいよ!』

「あ、は、はい!」


 フラミィは慌ててひしめくシェルバードの群れを掻き分け、ルグ・ルグ婆さんの隣へ行き「どうですか?」という顔をするシェルバードの相手をし始めた。

 しかしシェルバードが頭を撫でて欲しい相手はルグ・ルグ婆さんだけの様で、フラミィが撫でても不服そうにキューキュー鼻を鳴らすので、その内フラミィが検分して、ルグ・ルグ婆さんが頭を撫でる、という流れ作業が定着した。

 シェルバードは次から次へと、白いものを持って来た。「じゃあこれかなぁ?」と、二周三周するものもいた。


「凄いわ、これなら楽に探せるね!」


 フラミィは喜んだけれど、次から次へと現れるシェルバードと、小さく白い何かを見るのに、流石に飽きて疲れ切り、日の暮れる頃にはゲッソリとしていた。骨は全く見つからない。

 ルグ・ルグ婆さんもフラミィと同じようにゲッソリとして、シェルバードの頭を震える手で撫でていた。


『不味いよフラミィ……ワラ……ワラ……シェルバードの頭をぶん殴りたくなってきちまった』

「それ、声に出しちゃダメだと思うよ」


 そうたしなめるフラミィも、何百回目かに見せられる白い珊瑚を見て、「これじゃないったら!」と癇癪を起しそうになっている。

 ルグ・ルグ婆さんがめそめそした。


『うううう……今度からシェルバードを見たら湿疹が出そう』

「それも声に出しちゃダメ」

『もう暗くなって来たし、今日は止めにしよう、ほれ、解散だよ! また明日頼むよー』


 ルグ・ルグ婆さんがそう言って今日の骨探しがお開きになった。ルグ・ルグ婆さんもフラミィもシェルバードもガッカリして溜め息を吐いた。

 フラミィは疲れ切って崖棚に腰かけた。ルグ・ルグ婆さんも、腰を手で押さえながら横に座った。


『あたた……腰が……』

「神様なのに身体が痛くなるの?」

『ならないけど、精神的なモンだよ』

「ふぅん……」

『ふん、アターには分からないだろうね! あー、早く骨が出て来てくれないものかしらねぇ』


 ルグ・ルグ婆さんはそう言って、ころんと後ろに寝転がった。


『……ああ、フラミィご覧、月が薄っすら見え始めたよ』


 そう言われて、フラミィも空を見上げ、ルグ・ルグ婆さんの横に寝転がった。

 一面東を向く美しい崖の目の前に、薄い夜空が染み始め、星と共に低い位置に月が浮かんでいた。

 地平線を満たす海も、碧から黒へ変わり始めている。

 次第に輝きを強めていく月を「綺麗ね」『美しいね』と二人で眺めていると、ルグ・ルグ婆さんが


『そろそろお家へ帰らないと、アターのママが心配するね』


 と、保護者みたいな事を言った。

 フラミィは朝のママの様子を思い出して、気持ちが沈んだ。


「帰りたく無いなぁ」

『誰だって一度はそう思うねぇ、青春だねぇ……』

「そんな綺麗なものじゃないもん。ママといると、なんだか色々悲しいの」


 よしよし、と、ルグ・ルグ婆さんが萎びた腕を伸ばしてフラミィの頭を雑に撫でた。


『心が親離れしようとしてんだね、偉いね』

「親離れ……そんなんじゃないよ。どうして思う様なママじゃないの? って、私は勝手に悲しんでんのよ。酷いでしょ」


 私だって、思う様な娘じゃないのにね。


 どこか近くで、プルル……、とシェルバードが呟き鳴きをしている。話が聴こえて同情でもしてくれているのだろうか、少し悲しそうな鳴き声だ。


『アターのママは、良いママじゃないの。アターを可愛がって、飢えさせもしなかったよ』

「そうなのルグ・ルグ婆さん、そんくらいは、私、わかるよ。ママは良いママなの。だから、ママは今ね、私をちゃんと信じてなかった事、後悔しているの。ママでいる事を恥ずかしがってる。私に顔向けできないって顔してんの。そんくらいは、私、わかるの。今向かい合ったらお互い顔を見るだけで……なんて言うんだろ……ナイフなんて無いのに、心を切り付け合ってしまうんじゃないかという気分なの」


 そう言うフラミィの傍に、一羽、二羽と、シェルバードが寄って来て、何か訴える様にプルル、プルル、と鳴いた。

 フラミィは愛らしさに慰められて、一番近くのシェルバードを撫でた。


「なぁに? 私の歯は全部大人になっちゃったよ」


 そう言ってよくよく見れば、シェルバードは泣いていた。

 無感情そうな不思議な瞳からポロポロと雫が零るのを見て、フラミィは慌てて起き上がり、シェルバードを膝に抱き上げた。


「え、どうしたの? シェルバード、シェルバード泣かないで……」

『あーあ、アターは酷な娘だよ。シェルバードの前で、子の気持ちを吐くなんてさ』

「どういう事?」

『シェルバードが、どうして子供の歯を欲しがるか、アターは見ただろう?』


 フラミィは、あ、と声を上げて先日タロタロとパーシヴァルの三人で見た不思議な現象を思い出した。


 満月の晩のショックでスッカリ忘れてしまっていたけれど、シェルバードの事をルグ・ルグ婆さんに聞こうと思っていたんだった。


「見た、見た見た! でも、歯を欲しがるのがからなのは分かるけど、その理由は分からないわ」


 シェルバードの涙を指で掬いながらフラミィが言うと、ルグ・ルグ婆さんは『そっか、じゃあ教えてあげようね』と言って微笑んだ。


『シェルバードはね、子を持つ親の、悔恨の情をもった償いの鳥なんだよ』

「つぐないの鳥?」

『そう。この子んター(達)はね、子供に「もっとああしてあげれば良かった」とか「あんな酷い事を言ったりやってしまった」とか、そういう親の情の化身なんだよ』


 ルグ・ルグ婆さんは老人特有の静かな、うねる様な、震える様な声で言った。

 そして、背に流れる鏡の布を自分の膝に乗せ、フラミィに見せた。

 鏡の布に、幻の声と情景が浮かび上がるのを、フラミィは見た。


 癇癪を起して泣き止まないので、滅入ってヤシの木の下に放って来てしまった。

(抱いて揺すってやれば良かった。橙色の夕暮れの中、ヤシの下から駆けて来る小さな幼子のシルエット)

 忙しい時に甘えて来て、手を振り払ってしまった。

(微笑んであげれば良かった。小さな目の中で、閃いた驚きの色)

 危ない事をして肝が冷え、思わずキツい言葉で叱ってしまった。

(怪我はない? そう言って、引き寄せてあげれば良かった)

 兄弟の手のかかる方ばかりを気にかけてしまった。

(寂しそうに、こちらを見て問いかける表情が見えていたのに)

 言い合いになり、弾みで打ってしまった。

(ごめんなさい、ごめんなさい……)

 どうしても、どうしても、理解してあげられなかった。

(頷いてあげれば良かった。悔しそうな、大人になりかけの背中)


 フラミィは次々と現れる誰かの悔恨の中の幾つかに、幼かった自分を重ねては首を振った。


「しかたない事や、しなくちゃいけない時だってあるよ……、そんな風に思わなくても良いのに」

『それが思っちまうんだよ。はぁ、忘れちまったって顔して本当は一個一個、傷跡みたいにふかぁく覚えてんのさ。思い出して欲しくなくてうまく謝れずにいるまま、たとえ謝っても自分で許せないまま、「ああ、あの時もっと」と、後悔して死んだ時、シェルバードに生まれる事を選ぶ者がいるんだよ。「あんな風にしてあげたかった。私の思い出のシェルバードみたいに」ってね』


 償いの情、もしくは悔恨の情は、前世の事、自分の子供の事を忘れてしまうけれど、かつて小さかった誰かを、とても愛しく思っていた気持ちだけは漠然と忘れない。

 シェルバードになった情は、自分の思う罪の分だけ待った後、歯の抜けそうな子供を探す。

 成長して零れていく子供の歯。その節目節目を祝福し、今度こそ、と、後悔を零れ落とさない為に。

 それは意思というよりかは、本能的なものに変わってしまっているけれど。

 そうして、海や浜でいっぱい遊び、子供をたくさん甘やかす。二人だけの濃くて甘やかな時間を取り戻したくて。その子はかつての息子・娘じゃないけれど……。

 歯が抜けると、その子を連れて行きたい気持ちに襲われる。だけど、連れてはいけない。

 連れて行こうにも、小さな手びれでは安全に手を引いてやる事も出来ない。

 そして、その子は自分の子供ではないのだ。

 だから、シェルバードはキッパリと子供に背を向けて崖へ帰るのだ。

 そうして、連れていけないせめてもの慰みに歯の持ち主の姿になると、海よさよなら、島よさよならと、飛び立ち空へと帰って行く。


「罪を償って、満足して帰って行くの?」

『ワラも、そこまでは分かんない。そういう気持ちはプライベートなところだからね。スッキリしてんのかもしんないし、余計に思い出しちまって辛いかもしんないねぇ。でもね、自分の思う罪を消しに来たわけじゃないからね。ただ、再び愛しに来ただけだからね。満足なんじゃないのかい? でも、なんとなく煉獄みたいだね、うん』

「つぐない鳥なんて名前は止めてあげてよ」


 フラミィの提案に、ルグ・ルグ婆さんはキッパリと首を振った。


『いいや、償い鳥なのさ……話の全部がまあるく、美しいかい? チラチラと顔を見せてる虚しさに気付くだろうよ。フラミィご覧よ、崖は見渡す限り、シェルバードでいっぱい』


 月光に照らされて、青白く浮かぶシェルバードの崖に、シェルバードが所狭しと眠っている。

 自分のその時を待ちわびて。

 フラミィは、膝に抱いたシェルバードを優しく揺すった。

 かつて誰かの親だったシェルバードが、海でそうしてくれたみたいに。


「『それでも』って、再び愛しに来てくれただけよね……」


 ねぇ、と、ルグ・ルグ婆さんの方を見ると、老婆は鏡の布の影にくるんと隠れ、消えてしまうところだった。


「え! どうしたの?」


 驚いて立ち上がった時、「フラミィ!」と、崖の下からママの声がした。

 薄暗闇の中、ママが怒った顔をしてフラミィを見上げていた。


『おやすみ、また明日ね』


 そう言うルグ・ルグ婆さんの声が、ママの声で半分聴こえなかった。


「もう夜なのに、どうして帰って来ないの!」


 ママは、とっても怒っていた。

 クワクワ、と、ルグ・ルグ婆さんの笑い声がして、フラミィの脇を夜風が一瞬だけ煌めき、すり抜けて行った。



 怖い顔をして見上げて来るママを、フラミィは見下ろしていた。

 ママはフラミィが微かな風にも飛ばされてしまうとでも思っているのだろうか、強い視線でフラミィの気を逸らさない様にしているみたいだった。

「降りていらっしゃい」

 先ほどよりも落ち着いた、静かな深い声音でママが言った。

 月明かりの仄暗さの中からチラチラとシェルバードが視線を送ってくるのを感じながら、フラミィは反抗的な顔をして、それでも崖棚を一段一段ゆっくりと降り始めた。

ママの声にはどうして芯の部分で逆らえないのだろう?

 とうとうママが待っているところまで崖棚を降りてしまうと、フラミィはママの目を覗き込んだ。ママは目の中を言葉でいっぱいにして、その内のたった一つを口から発した。

「お腹減ってるでしょう、晩ごはん食べましょう」

『それじゃないの、ママ』と、フラミィは思った。だからつい、言った。

「ママ、シェルバード達はね、親心の悔恨から生まれるんだって」

 ママはちょっと首を傾げてから、月明かりに照らされるシェルバードの崖を見上げた。崖は今や、ひっそりと青い。それは、海でも空でも無い深々と淡い青だ。

「親の時の事はもう忘れちゃうんだけど、幼い子を可愛がりにくるんだって」

 足元でちゃぷんちゃぷんと音を立てる波の音と正反対な、揺らぎの無い声でママが言った。

「ママは、シェルバードにならないわ」

「そう」

 どこかにママを責める気持ちがあったフラミィは、ちょっとがっかりしてママから目を逸らすと、ママが心ここにあらずといった様子で囁いた。

「ママは、彼らの寝床の白い貝がらになる」

「え、シェルバードは飛び立って行っちゃうんだよ?」

 ええ、と、ママは頷いた。「永遠に、彼らを羨ましいなって眺めているわ」

 フラミィは胸を突かれて、ママの手を捕まえて握った。幸せの機会を怖がってばかりいる、華奢な手を。

「ママは、そうやって神様から隠れちゃうのね」

「隠れたくもなるわ、フラミィ」

 ママの口から謝罪の言葉が出そうになるのを、フラミィが止めた。

「待って。ねぇ、私、ママにこれからを応援して欲しいの。味方でいて欲しいの。溝を掘らないで欲しいの。私が今、ママに一番して欲しい事が、ママには分かる?」

 ママはやっぱり怖がって、フラミィの願いに躊躇した。フラミィの願いの全てが、ママの願いの全てだったからだ。この一致は幸福なもので、幸福が怖いママは、それがとても怖かった。けれども隠れている事なんて出来なかった。

 シェルバード達の羨ましそうな視線に遠慮しながらも、ママは娘を両手の中へ招き入れ、胸いっぱいに抱きしめた。パチパチ、と、夜の静寂をまばらに破る音がする。

 フラミィはその頼りな気な音を聴きながら、うっすら目を開けて思った。

 私がルグ・ルグ婆さんに身体をあげる事が出来たら、ママも皆も名誉な事だときっと喜んでくれるよね? そう思っていたけれど、もしかしたら違うかも知れない。

 でも、フラミィはそうしたい。踊りの女神の身体になって、誰にも出来ない舞の世界へ飛び込んでみたいのだ。だって、その為にこうして生まれて来た気がしてならないのだから。こんなにも、憧れているのだから。

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