第37話 パーシヴァルは帰らなきゃダメ

 島が神様に護られている事は、教えられなくても感じていたフラミィだったが、結界があるとは知らなかった。それなのに、その結界をフラミィが壊してしまったとルグ・ルグ婆さんは言う。

 一体どうしたら良いのか到底思い付かず、フラミィは溺れる様に喘いだ。

 陸で溺れるフラミィに、ルグ・ルグ婆さんは安心させる様に言った。


『大丈夫、大丈夫。そんなに青くなったり赤くなったりするんじゃあないよ! それに、これはアターだけのせいじゃないんだ。アターはワラに言われて骨を探してただけだし……』

「じゃあ、一体他に誰のせいなの?」


 フラミィが首を傾げると、海から海の神様がぶくぶくと現れた。


「海の神様!」

『ワシのせいなのだ……結界で島を見つける事が出来ない者に、島を見つけさせるために無茶をしてしまった』

「ど、どういう事? 結局結界を壊したのは……?」


 フラミィが混乱していると、


『ワシだ。大きい島の珊瑚たちを守る為、飛行機乗りの若者を結界に穴を開け島へ招かねばならなかった……』

「大きい島の珊瑚? 若者って……パーシィの事?」


 うむ、と、海の神様は頷いて、詳しく説明をしてくれた。


『大きい島の広大に広がる珊瑚たちが、余所者らに埋められそうになっておっての……しかし、あの若者が大きい島の長に珊瑚を守ると約束をしてくれたのだ。その時、若者は踊りの島を見たがっておった……島を見つけられずに気を悪くさせたらいかんと思っての……』


 背に腹変えられなかった海の神様、島の女神ルグ・ルグ婆さんと意思疎通が出来ないので結界をどうしようかと思案していた。

 結界をちょっと壊して飛行機の若者に島を見せるしかない、その為には、礎となっている部分を壊さなくてはいけない。海の神様はそう考えた。

 島を囲う礁原の脆くなった一部を壊せばなんとかなろう―――実際、なんとかなった―――しかし、何かを壊すとなれば大波や渦を発生させなくてはならず、島に被害が出てしまう恐れがある。

 クジラを遣いに出して考えあぐねていると、礁原をフラフラしている娘を見つけた。


『おぬしじゃ』


 フラミィはグッと目を閉じて、頭がクラリとなるのに耐えた。


「その時、丁度良く礁原の古い所を私が踏んづけちゃったってワケね? それとも、それも思し召し?」

『それはアターのオッチョコチョイさ』


 ルグ・ルグ婆さんが笑いを堪えて言った。


「うう、ごめんなさい……」

『ま、脆くなってたんだ、アターがやらなくてもいずれ壊れてたサ』


 しゅんとする海の神様とフラミィを見て、ルグ・ルグ婆さんは面倒臭そうに頭を掻いた。踊りの女神は辛気臭いのが嫌いなのだ。


『海の神様は、アターがおチビを探し回った夜、神様へその報告をしようとしていたんだよ。飛行機が島の上空を飛んで、いよいよ責任を感じたってワケ。だからついでと言っちゃあ恐れ多いけれど、アターに神様とお会いして交渉する機会と考えをくれたんだ。アターには不幸中の幸いがたくさん積もってたってワケ』


 そんな風に言われても、フラミィにはありがたくもなんともない。

 タロタロの件といい、海の神様とはなんだか因縁めいた変な縁がある様な気がしてきてしまう。


『ワラもさ~、海の神様何してくれんのサ!? って思ったんだケド、意思疎通出来ないし面倒……いや、何か考えがある事だろよっつって暫く放っておいたからね。元々、ちみっと位なら勝手に修復されるモンだしねぇ』

「じゃあ、どうして壊れたままなの? どうして私に伝えに来たの?」

『うむ。ワラもこんな事初めてでさ、ちょっと気にはしてたんだよ、治りが遅いなぁっつって! ……それは踊り子が踊れなくなったせいじゃないかとか、ルグがいなくなったからじゃないのか、とか色々考えたんだけどね、どうも違うみたい』


 あのね、と、ルグ・ルグ婆さんは小さな女の子みたいに後ろ背に手を組んで、もじもじした。


『ちょっとサ、アターには言いにくいんだケド……あの飛行機乗りが島にいるから結界が治んないみたいなの。だから、島から出て行くように言ってくんない?』

「そんな……」


 いずれ何処かへ旅立つ人だと思ってはいたけれど、こんな風に別れが来るとは思わなかった。

 それに、フラミィはパーシヴァルが回復してから彼とまともに話をする事がなくなっていた。

 エピリカが彼に付き添うのを度々見かけ、そうすると傍に寄って行く気持ちにはなれなかったのだ。

 そして、本当は付き添っている方はパーシヴァルなのかもしれない。島人達からの信頼を失ってしまったエピリカが寂しくないように。昨夜、ルグ・コンテストに二人の姿は無かった。きっと二人でいたのだろう。

 そう思うとやっぱりまだまだ胸が痛い。 

 もう一つ、彼を避けてしまう理由がある。魔法の蜜を与える際に彼へした事を思い出すと、彼を遠くに見つけるだけでも恥ずかしかった。


「オジーに相談しては駄目?」

『好きにおし。ワラんたーはあの優男が出ていきさえすれば良いからね』


 頼んだよ! と、ルグ・ルグ婆さんが言って、くるんと鏡の布に隠れて消えた。

 心もとなげに海の神様の方を見ると、既に波の上がぶくぶく泡立っているだけだった。

 フラミィは砂浜で一人呆然としていたけれど、タロタロが自分を探す声が聴こえて来てハッとした。


「ネーネ―! どこにいるのー?」

「タロタロ、ネーネはここー」


 タロタロは風の様に駆けて来た。焼けたパンの実の香りが、少年の身体からふわりと香った。

 それなのに、ちっともお腹が減ったと思えない。


「貝獲ってたの? お祝いだろ? ネーネのママ、昨日は凄かったなー!」


 嬉しそうにニコニコするタロタロの笑顔を見て、フラミィはこの子を失った時の気持ちを思い出す。もう二度と会えないかも知れないと思った時、もっと一緒にやりたかった事や、してあげたかった事がたくさん頭に浮かんだ事を。


――――タロタロは島の子で私の一部だったから、取り戻し、再びこうして一緒にいられる事が出来た。


 けれど、パーシヴァルは違う。

 彼は、いつかは島から出て行こうと考えている、島の外の人だ。

 そして、結界がきちんと戻ったら、飛び立った彼から島は―――自分達は見えなくなる。

 彼が絶対に島の外を選ぶのをフラミィは知っている。彼は知る事が生きがいだからだ。

 フラミィだって、この島を絶対に離れる気がない。島で踊る事が生きがいだから。ここで踊ると決めたから。

 きっともう、二度と会えない。

 フラミィは、いやだ、と思った。

 こんな気持ちのままお別れになるの、やだ。

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