第40話 パーシヴァルの手紙(熟考した末④)

 親愛なるエマへ

 やぁ、エマ。前回はハラハラさせてしまう内容だったけど、今回は良いニュースを書くよ。

 君は喜んでくれるかな? 僕は家へ帰る事になった。

 『事になった』なんて書いたら、察しの良い君は直ぐに眉を潜めそうだ。

 僕が島で何か悪さをした訳ではないよ。

 君の質問責めを思い浮かべながら順を追って説明すると、僕がこの島へ辿り着けたのは、観光地の珊瑚を守る為に、海の神様(海の神様!)が特別に島へ招待してくれたみたいなんだ。

 その際に、島を外から見えない様に守っている結界を少し壊したらしい。

 僕の目の前に、島と、クジラに乗ったフラミィが突然現れたのは、そのおかげだったんだ。

 普段は少しくらい壊れても元通りになる結界らしいが、僕がいると修復されない事が判ったんだ。

 先日、僕がもたもたと島に滞在しているせいで結界が治らない島の上空で、戦闘機が銃撃戦をした。

 四方八方が睨みあっているご時世だから、どことどこの衝突か定かではないが、多分どちらかがどちらかへ偵察に向かった際の小競り合いだろう。神に護られていないこの辺りの島は、ほとんど戦争の盤上にされて可哀想だ。

 島は女神ルグ・ルグに護られて無事だったよ。墜落した機体は、両国とも海が飲み込んだらしい。

 しかし僕がこの一件で一番驚いたのはフラミィとその話をした時の事だった。

 彼女は『なにをしていたのかしら』と首を傾げて見せた。

 『なにをしていたのかしら』! 

 僕は、一瞬冗談か皮肉かと思った。

 信じられるか? 彼女は銃撃戦を見たんだぞ? 墜落するところも見たんだ。

 けれど、エマ、これはこの島にいて、彼女と……島の人々と関わってみないと分からないかもしれない微妙な感覚なのだが、彼女が純真に首を傾げたと、僕には分かってしまうんだ。

 僕は結界の回復の為に、一刻も早く出て行かなくてはならない。

 僕と彼らは決定的に違う。

 僕は彼らと同じ形をしただけの余所者で、島に相容れなかったんだ。だから、結界が治らないのではないか。

 悲観的だと思うかい? 勿論、自分を慰めるために他の理由も考えてみた。

 例えば、帰り道を残してくれていたのだろうか、と。

 しかし、そう考えたら、エマ、僕は怖い。

 僕はこの島がとても好きだ。ああ、エマ。夢みたいで……。しかし、一刻も早くこの島から出たいと思ってしまった。

 エマ! 僕を一番現実に引き戻す力を持つ名前を、何度も呼ばせてくれ。


 エマ、エマ、エマ! 僕は、この夢から覚めたい。


 もしも閉じ込められたらと思うと気が気じゃない。帰れと言われているのだし、そんな心配はないというのに。そして、素晴らしく美しい夢だというのに!!

 この島は物語の中の様に、愛情や許しといった煌めきに満ちている。傷ついた魂を癒す島の物語だ。

 僕は……僕は、激しく嫉妬してしまうんだ。

 何故?

 何故選ばれた島だけ? 何故なんだ。

 今、島の外は、煙と血の匂いに満ちている。怒りと悲しみで満ちている。殺人と暴力で満ちている。

 希望と熱望をいくら持っても握りつぶされ、神が不平等を怒りもしない世界。

 終わったばかりの戦争がまた始まろうとする(そうなんだろう? 僕はこうなる気がしていた)中へ、この島から飛び立つ億劫さといったら、言葉に出来ない。

 しかし、もし島にずっといてもいいと言われても、僕には無理だ。

 何故、という疑問と嫉妬に付きまとわれて、今にも頭がおかしくなりそうだよ、エマ。

 心のままに愛する踊りを踊る人々、愛の欠片と名残りを置いて逝く鳥、祈りが神に通じる世界。

 空、海、太陽、月、星、風に揺れる木陰と、豊かに実る果実!

 どうしてだ!! 何故彼らの魂だけ救われようとしている? 一体何の為に?

 エマ、僕は、妬ましくって仕方がない。それなのに、留まる事を考えると怖くて怖くて仕方がない。

 早く夢から覚めたい。魔法を解きたい。遠くから憧れているだけで十分だ。

 エマ、この島が誰にも見えない理由がなんとなく分かった。

 絶望してしまうから、僕ら外の人間は結界の中に入ってはいけないのだ。

 結界は、多分、外の人間も護っているんだ。

 出来過ぎかな。チクショウ! 神様なんて大嫌いだ!! 


 思わず筆が乱れてしまった。すまない。帰る頃には落ち着いているから、怯えないで待っていてくれ。

 そうそう、僕はこの手紙の前に何通か、ある女性について沢山綴ったんだ。けれど、今から燃やしてしまおうと思う。嫌な予感がして読み返すと、目も当てられない内容ばかりだったからさ。

 僕はその女性を島から連れ出す、と、島人達に宣言した。罪を犯して島に身寄りが無いんだ。

 島で飢え死ぬ事はないが、飢えなければ良いっていうものでもないだろ?

 また考え無しにって、怒られそうだ。君と彼女は気が合わないかも知れないな。怖い、怖い。

 でも、本人からは色よい返事がもらえなかった。目を吊り上げて怒られたよ。予想はしてたから、僕は落ち込んでなんかないぞ。下心はあったけどね。『もしかしたらついて来てくれないかなぁ』なんてな。

 冗談はさておき、一応、皆の前で宣言したのには考えがあるんだ。上手くいったら良いが、まだ結果が分らないから、帰ってから話すよ。結果次第では、彼女と仲良くして欲しいな……。な。


 本当は、縛ってでも連れ去ってしまいたいんだけどね。愛しているから出来ない。

 苦しい。

 ここでは愛するものが多すぎて、苦しいよ、エマ。

 苦しくて、息が出来なくて、とても生きてやいられない。

 エマ、エマ、エマ。僕の愛しい現実。

 もうすぐ帰るよ。バーイ。


 どこにも存在しない、僕の愛しい島から

 パーシヴァルより

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