第24話 フラミィ、噴火する

 ルグ・ルグ婆さんと一緒にツンツン草の茂みへ舞い降りると、フラミィは夕日色の花を探した。

 スコールに目の前が霞む中、肉厚の草を掻き分ける。


「ええと、たしかこの辺に……」

『フラミィ、こっちだ、こっちだよ』


 ルグ・ルグ婆さんがそう言って、フラミィの先を行く。

 ツンツン草は、ルグ・ルグ婆さんの為に自ずと葉の尖った先を老婆から遠ざけ、しなった。

 老婆はそれが当然だからかフラミィの様に驚いたりせず、スイスイとツンツン草に道を開けさせて歩いた。

 ツンツン草はルグ・ルグ婆さんの後には直ぐに元に戻ってしまう為、彼女の後に続くフラミィはツンツンした葉先をちょっと憎たらしく思った。

 前回フラミィが花を見つけたそこだけ草の茂っていない場所に着くと、ルグ・ルグ婆さんが足を止めた。

 フラミィも足を止め、声を上げた。


「……無い!?」


 夕日色に輝く花は、どこにも咲いていなかった。

 ルグ・ルグ婆さんは、黙ってフラミィに背を向けている。

 フラミィは不安になりながらも、せわしなく辺りを見渡して見た。


「こ、ここじゃ、無いんだわ。もっと鍾乳洞の方だったかも……!」

『いーや、ここだよ』


 ルグ・ルグ婆さんが、背を向けたまま首を振った。

 フラミィは一瞬、疑問の渦に飲まれて動きを止めた。

 ツンツン草の空き地に、雨の降り注ぐ音だけが湧き立っている。


「でも、でも……無いわ」

『咲かすのさ、フラミィ』


 と、ルグ・ルグ婆さん。

 フラミィはまた疑問の渦に飲まれて、「え?」と声を上げた。

 ルグ・ルグ婆さんはフラミィに背を向けたまま、緩やかに踊り出した。 


『癒しの力を持つ蜜は』

「え、え?」

『朝露の真似をしている』

「……」


 決して雨に打たれない女神は、鏡の布を翻す。

 落ちて行く無数の白線の中、鏡の布が光の尾を引いて輝いた。

 研ぎ澄まされた動きに魅せられて、フラミィは知らず知らずルグ・ルグ婆さんの後姿を真似る。


『蜜は夕日色の花びらの中』


―――ああ、ルグ・ルグ婆さん。振り向かないでね。私は、手のひらで模った花弁に、色や香りを宿らす事が出来ないの。夕日の色のその震え、花弁を香らせる指先の反り、どうして? ルグ・ルグ婆さんは、花になった事があるみたい。


 フラミィの願い通り、ルグ・ルグ婆さんは振り返らなかった。

 ルグ・ルグ婆さんは、フラミィには意味の解らない振付を幾つか繰り出す。

 島に存在する言葉だけれど、踊りにされなかった言葉の振付だ。


『矛盾を孕みましょう

 中に潜む儚い煌めきの瞬間』


 ルグ・ルグ婆さんが、鏡の布を宙に放り投げた。鏡の布はスコールの勢いなどてんで無視してチリチリ騒がしく音を立てて舞い上がった。


『それは苦痛を癒す蜜』


 ルグ・ルグ婆さんは布を放り投げた後、矢継ぎ早に背筋を伸ばし、腕をアンバランスに広げ、頭を少し傾げた。足元は細やかに動かせたまま。

 その姿は、スッと伸びた茎、伸び伸びとした葉、蜜の重さに少し傾向いた花だ。足元の細やかな動きは、存在の焼き付けの為だ。この世は、静止してなどいないのだから。

 さぁ、これは、花。

 縮み、萎びた老婆の姿でよくぞ、と思う。

 スコールの勢いなどてんで無視して舞い上がった鏡の布が、キラキラと老婆の花に覆いかぶさった。

 すると、それを見ていたフラミィの予想以上に布が地面近くに落ちて行く。


「……?」


 ルグ・ルグ婆さんは、踊りの締めにしゃがみ込んだのだろうか?

 まだ踊りが続いているかも知れないと心配しながらも、フラミィは恐る恐る鏡の布に覆われたルグ・ルグ婆さんへ近寄った。

 しばらく息を殺して待っていたけれど、鏡の布はピクリとも動かない。


「ルグ・ルグ婆さん……?」 


 フラミィはそっと鏡の布を持ち上げ、取り払った。

 そこにルグ・ルグ婆さんの姿は無かった。ぱさり、と虚しく鏡の布が地面に落ちる音がした。


―――絶対に摘んではいけないよ!


 驚いて座り込むフラミィの脳裏で、ルグ・ルグ婆さんの声がした。

 目の前に、夕日色の美しい花が朝露の蜜を湛えて輝いていた。


「ルグルグ婆さん……?」


 フラミィは輝く花ににじり寄って声を掛ける。

 凛と立つ花は、雨を弾いて静かに輝くだけで、返事をしなかった。


「嘘……嘘……!」


 フラミィは信じられない気持ちで声を上げた。

 ルグ・ルグ婆さんが花になってしまった。


「い、いや……もう、会えないの?」


 そう言ってしまうと、老婆と出会ってからの事がグルグルとフラミィの記憶を揺さぶった。

 ほんのちょっとの思い出しかないけれど、失意の最中にルグ・ルグ婆さんと出会ってどれだけ気持ちが救われたか知れない。

 あまりアテにならない事ばかり言って、大して協力もしてくれない婆さんだったけれど、思い返せば彼女に会う度に前を向く事が出来た。

 フラミィは花の傍に蹲り、スコールの中わんわん泣き出した。


―――弱虫は嫌いだったっけ。でも、こんなの泣かない方がおかしいわ。


「ルグ・ルグ婆さん! わ、わ、私、ルグルグ婆さんのお陰で生きる希望が湧いたの! 骨を探せって言ってくれたから、見つかるって思わせてくれたから! 見てたでしょ? 礁原を探したの。そしたら、パーシィに出会えた。一番によ! しょ、鍾乳洞では薬を見つけたでしょ? お祭りを台無しにした私への皆の怒りが、そのお蔭でほとんど消えちゃった。そ、それから、ファイヤフライの光の中で、す、凄い踊りを見せてくれたでしょ? ま、まだまだ、いっぱい覚える振付や動きが、あるんだって、私の心が躍ったの! シェルバードの崖では……」

『うるっさいねぇ、そういうの、いいってば!』


 鏡の布の方から、声がした。

 フラミィは涙をひっこめて、勢いよく鏡の布を放った方を見る。

 布がもぞもぞ動いて、中から老婆が現れた。ちょっと膨れ面だ。


『アターねぇ、人が起き上がろうとしてる時に、ミラーウィングを放るんじゃあないよ!』

「ル、ルグ・ルグ婆さん……!? は、花になったんじゃ……!」

『そんなんだったら、前にアターにやろうとしてた花は一体なんなんだい!?』

「そ、そう、そうだね、でも、でも、急にいなくなるんだもの!! びっくりしたわ! 酷いわ!!」


 フラミィはなんだか怒れてきて言った。

 何このお婆さん! そうならそうと、先に言っておくべきだわ!!

 さっき泣き喚いた言葉も、全部聞かれていたと思うと恥ずかしい。


「しゅ、趣味が、悪いわ!!」

『じゃっからしゃーいッ(なんか怒った時の雄叫び)! この慌てん坊め!! 喚いてる暇があンなら、さっさと蜜をあの島の外の男にくれてやりな!』

「ふ、ふんっ! そうするもん! ……でも」


 フラミィは顔を真っ赤にして言った後、眉を寄せた。


「摘んじゃダメなんだよね?」

『あたりまえさー、女神が苦労して咲かせた花を摘もうなんざ、不良の考える事だよ!』

「でも、パーシィはオジーの家で寝ているの。助けない方が不良だわ!」

『おっとっと、お待ち! ちゃんと説明してやろう、花が大地に繋がってるから、効くんだ』

「器に移しても駄目?」


 フラミィが懇願する様に聞くと、ルグ・ルグ婆さんは


『命ある器なら、大丈夫かも』


 と、目を合わせないで答えた。

 怪しい。


「……何か、企んでる?」

『ああん? 別にだよ』


 ルグ・ルグ婆さんは肩を竦めただけだった。


―――なによ!


 フラミィの中で、普段は起らないような爆発が起こった。


「なによなによ! ビックリさせたりガッカリさせたり、はぐらかそうとしたり! 私の事、なんだと思ってんの!」


 突然発火したフラミィを、ルグ・ルグ婆さんは『まぁ、なんて躾のなってない娘でしょう!』といった顔で目を見開いて見た。それから薄い眉をキリキリと吊り上げ、フラミィを煽ってきた。


『へん、アターなんか、扱いやすいお人形さん程度さ!』

「なんですって!?」

『じゃないか! エピリカにまんまと嵌められて! オジーやママに泣かれて踊りを辞めさせられて! あの島の外の優男だって、仲良くしてたアターの事よりエピリカを庇ってあのザマァ! お陰でアターは泣いたり怒ったり大騒動! 人形劇の、お人形さんサァ!!』


 クワクワーッ! と、ルグ・ルグ婆さんが笑った。

 フラミィは顔を真っ赤にして、何か言い返そうと思ったけれど、全部図星で言い返せない。


―――なによなによ!!


 ブルッと、一瞬だけ身体が震えた後、彼女は勢いよく花の蜜を啜った。

 ルグ・ルグ婆さんは一瞬目を見張った後、クワクワーーーッと、大笑いして地面にひっくり返った。もちろん、雨で濡れた土の上でも老婆の衣も身体も汚れない。


「んんん、んんん、んんっんんっんっ(みんなみんな、馬鹿にして)!!」

『クワ、クワワ……ッ! どうすんだい!? どうすんだいよ! え!? クワワ、プ、クワワーッ!!」


 ルグ・ルグ婆さんはフラミィがこんなに怒っているというのに、手を叩いて喜んでいる。

 フラミィが口の中に蜜をいっぱい満たして、頬を膨らませたまま睨むと、指までさして更に笑った。


「んっんんーっ(見てなさいよ)!!」


 フラミィは「んーっ!」と、両拳を振った後、猛然と駆け出した。



 オジーの家のドアを勢いよく開けると、ドアが吹っ飛んでしまった。でも、フラミィは気にしない。

 大きな音に驚いて奥から顔を出したオジーの横を、フラミィはご挨拶もせずに風の様に通り過ぎ、家の奥へ駆け込んだ。

 オジーの家の中は、子供の頃から出入りした事があるので知っている。

 美しい模様を編み込んだ草のカーテンが垂れている先が寝室だ。フラミィは勢いよく草のカーテンを捲った。

 その先には、土気色の肌をして横たわるパーシヴァルと、驚いた顔でフラミィを見上げる女がいた。

 エピリカだ。エピリカが、オジーに匿われパーシヴァルの看病をしていた!

 フラミィは、頭の中の芯から芯まで沸騰しそうになった。

 真っ赤になった頬を膨らませ突然現れたフラミィに、エピリカは怪訝な顔をして眉をきゅっと寄せた。そして、苦言を言う為腰を浮かせた。


「ちょっと、病人が―――」

「んんっ(どいて)!!」


 フラミィは彼女の勢いを抑えようとしたエピリカを、腕で思い切り押しのけ「んー!」と怒って睨み付けた。


「ちょっ!? な、なんなの!?」

「んーんんっ!」


 エピリカなりに悪いと思っているのか、彼女はパーシヴァルを守ろうとしている。

 これがフラミィを余計に怒らせた。


「んんんんーーーっ!!」


 彼女は宙に舞い上がり自分を取り押さえようとするエピリカの腹に飛び蹴りを入れると、呻くエピリカと一緒に倒れ込んだ。

 オジーが駆け込んで来てフラミィを止めたが、怒りに燃える彼女の瞳を見ると、黙って立ち尽くした。

 怒れる瞳は叫んでいた。


―――なによ? どうして止めるの? そんな権利、ある!?


 オジーは、自分も彼女の怒りに油を注いだ自覚があるのだ。彼女を追いやった。上手いと下手で判断し、失敗を決めつけ、涙こそ流して見せたが人格を無視した。公平な目じゃなかった……。

 エピリカはそんなオジーを一瞥し、舌打ちもせんばかりに起き上がろうとした。


「この……!!」

「んーっ!」


 フラミィは起き上がろうとするエピリカの上に飛び掛かり、馬乗りになって彼女の豊かな髪を引っ張って、彼女の頬をパチンと思い切り叩いた。


「なんなの……っ!!」


 エピリカの平手が飛んできた。

 そんなものを喰らっては堪らない。頬に溜めている魔法の蜜が全部噴き出てしまう!

 フラミィは自分でも驚くほど俊敏に飛んで避け、パーシヴァルの傍に膝から滑り込んで近寄った。


「んーんんん、んんっ(パーシィのばか)!!」


――――どうしてエピリカを庇ったの! ばか! 大嫌い!! こうしてやる!!


 フラミィは大粒の涙をボロボロ零し、目を閉じているパーシヴァルの顔に覆いかぶさった。

 窓の向こうで、スコールがまだ降っている。その激しい音に紛れ、クワクワクワーッ!! と、ルグ・ルグ婆さんが大はしゃぎして笑う声が聴こえた。

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