第44話 親愛なるエマへ

 親愛なるエマへ


 無事に家に帰った時、君が笑顔で僕の胸に飛び込んで来てくれて本当に嬉しかった。

 結局手渡しになってしまった手紙の束を、大切に開封して読んでくれてありがとう。 

 君は手紙を読んで、「不思議な仕掛けのお話ね」と楽しそうに言った。誤魔化されてあげる、みたいな顔をして、エピリカに会ってみたかった、どうして連れて来なかったの? なんて、僕をからかった。

 僕はそういう反応を受けて、自分がガッカリすると思っていたのだが、何故だか酷く安心した。

 帰って来たのだ、と。

 「まだ続けるの?」なんて君は言いそうだ。

 僕はなんて返事をしようかな、と、ちょっと筆を止めて、「あともう少し」と答えようと思う。

 だって君は手紙を読んで心を踊らせていたし、憧れる様に空を見上げたりしただろ?


 では。

 僕は皆とさよならをして、空へ飛び立った。

 けれど、どっちへ飛んでもぐるぐると島の上空を回ってしまうんだ。

 まるでマリン(僕の水上飛行機!)が島から帰りたくないって言っている様だった。

 もしかして、出立が遅くなり島から出られなくなったのではないかと、結構焦った。

 僕の焦りなんて気付かずに、島の人たちは呑気に鳥の真似の踊りを踊り出していた。

 カッコ悪いが一旦島に降りるか? そう思った時、真昼の空を真っ白な流れ星が走った。

 その流れ星を追って、シェルバードの大群が押し寄せ、海に滑空路が引かれたみたいになった。

 空にも海にも、帰り道の道標が出来たのだと、僕には分かった。

 僕は、迷う事が出来なくなって、流れ星の純白に輝く尾を追って飛んだ。

 すると大きな虹が掛かっていて、潜れと言わんばかりだった。

 そして虹を潜る際、僕は声を聴いたんだ。教会の鐘の音が同心円状に空気を清める様な、そんな声だったよ。


『気に入らなければ、お忘れなさいね』


 僕は『どうしてです?』と尋ねた。当然だよな?

 すると声は答えた。

『あなたにとって、この島は残酷でしょう』と。

 嫉妬を見抜かれていた僕は、喰って掛かった。

『どうしてこんな仕分けをしているのですか? 彼らはどうして特別なのですか?』


 声はこう答えた。


『島の外で、あなたは多くの誰かにそう思われている事でしょう。けれどあなたはあなたとして生きているだけ。あなたは自分の質問に、どう答えますか?』


 痛い所を突いて来るよね。僕は言葉に詰まってしまった。けれどどうしても知りたかった。


『わかりません……島はなんの為にあるのです?』


 すると、声はなんて答えたと思う?


『魂が進む為に』


 物凄く漠然とした答えだ。

 なぁ、エマ。

 僕は一つ信じている事があるんだ。

 世界はいずれフラットになれるんじゃないかと。

 そんなの夢かな。でも、捨ててはいけない夢だと僕は思うよ。

 きっと僕らの生きている内は無理で、あまりにも壮大で、少し馬鹿げていて、酷く悲しい夢を見る事に疲れた時、君なら何の夢を見る?


 僕は、明るい太陽の降り注ぐ踊りの島の夢を見るよ。

 そこは無限に美しく、温かくて、穏やかで、滴るほど甘い。

 僕は熱い砂に寝転がって、再び人間を好きになり、世界への愛を思い出し、こうしちゃいられない、僕の人生をもっと味わわねばと、また島を出るんだ。


 しかし、多分声の主の思惑は、僕の想いと似ているが少し別の所にある。

 声はこう続けたんだ。


『少し早まりましたが、まずは歌を贈りました』


 いつかさ、全ての島が鏡の膜を解いた時、その時僕らの世界は楽園だろうか、地獄だろうか。

 歌の島のタイミングを思うと、少し、怖いな。

 けれども、僕らはどんな時でも彼らを先頭に、絶対に線引きなんてないと泣き叫びながら、歓喜を求めて踊ったり歌ったりするんだろう。そして慰め合いながら、進んで行くんだ。多分ね。

 出来れば、踊りの島を迎える時に僕らはもう少し賢く、お行儀よくなっていないとね。


 じゃ、兄さんは出かけて来る。

 今夜説明した通り、国内勤務で戦場には配属されないから安心して待っていて欲しい。

 ああ、早く終わらないかなぁ。僕らは楽園を造って待っていなければいけないのに。

 考えたくも無い事だが、もしも君にとても辛い事があったら思い出して欲しい。

 純粋な泡みたいな島の事。

 大丈夫。あの声は僕にさよならを言わなかった。

 必ず帰るよ。バーイ。


 運は良い方なパーシヴァルより

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