第17話 シェルバード
フラミィは、ルグ・ルグ婆さんとマシラ岳で待ち合わせの約束をした。待ち合わせは、ルグ・ルグ婆さんの休暇の都合で満月の晩の踊りの後になった。
早いもので、満月の晩の踊りを辞めますと言わされ泣いた日から、月の満ち欠けが一回りしようとしていた。
空に光るほとんどの星が消え明るみ始める中、フラミィはこっそりと家へ帰った。滑り込む様に自分のベッドにもぐりこんで、目を閉じる。色々な事があって眠れないかと思ったのに、フラミィはすとんと眠りに落ちて夢を見た。
ルグ・ルグ婆さんや、クジラや、パーシヴァルの変な飛行機、ファイアフライが自由に空を飛んでいる夢だった。
朝ご飯が終わると、フラミィはタロタロに昨夜あった事を話した。
ンジャとの事は、約束なので話さなかった。タロタロはンジャとの事を聞いたら、フラミィにお説教をした事だろうし、ンジャに何かしら報復を与える為に躍起になるだろうから、フラミィが誠実で良かった。
タロタロはフラミィと一緒に綿繰りをして綿だらけになりながら
「シェルバードかぁ」と、呟く様に言って、マシラ岳を見た。フラミィも彼の視線を追ってマシラ岳を見る。マシラ岳は今日も朝日を背負って、くっきりとそびえていた。
「骨を巣に持って行っちゃってるんじゃないかって、ルグ・ルグ婆さんは言うの」
「アイツら、歯が好きだもんなぁ」
シェルバードは、予知能力でもあるのか、歯の抜けそうな子供を見分ける事が出来る。何処か岩陰から子供達を観察し、歯の抜けそうな子供を見つけると寄って来て、その子供の歯が抜けるまでは、仲良く海で泳ぎ遊ぶ。マシラ岳の東側、シェルバードの巣がある崖の下には砂浜が無く子供はあまり近寄らないから、シェルバードの方が子供達の遊ぶ砂浜へ出向いて来るという熱心さだ。
島の子供達は、シェルバードとの短く楽しい友情を楽しむ。そしていよいよ歯が抜けると、泳ぎを教えてくれたシェルバードにあげるのだ。島の人間は皆そうして大人になるので、たくさんシェルバードの思い出があるのだった。
「タロタロ、まだ抜けそうなの残ってる?」
「一本、グラグラしてるのがあるぞ。これで最後かなぁ」
「あら、おめでとう。シェルバードと、どの浜で遊ぶの?」
「いや、この前寄って来た時断ったんだ。俺、あんまりシェルバードが好きじゃねぇんだ」
「どうして?」
フラミィはシェルバードが好きだ。だからちょっとビックリして聞いた。
茶色いふわふわの羽毛に覆われたポテンとした身体はかわいいし、二本の手びれを使ってペタペタ這って来る一生懸命な姿を見ると駆け寄って撫でたくなる。真っ白なお腹に頬を埋めさせ、海をぷかぷか浮いてくれたのは上の歯の時のシェルバードだっただろか?。
タロタロが腕を組んで言った。
「なんだろ、アイツら歯を貰ったらアッサリ帰って行くだろ?」
「寂しいのね?」
「うーん、それもあるけど、何か欲しいから仲良くするって俺はイヤなんだよ。だから俺はアイツらに歯をやらない」
ふぅん、と、フラミィは相槌を打った。わからなくもない、と思う。シェルバードは、歯を手に入れると本当にアッサリと帰って行くから。その後ろ姿に泣く子供はたくさんいる。フラミィも、初めてのシェルバードには泣かされた。
そういえば、タロタロもそうだったかもしれない。それでもフラミィは、愛しくて貴重な経験をさせてくれる素敵な鳥だと思う。
そんな事をほわわんと思っていると、タロタロが何を心配したのか「大丈夫だぞ」とフラミィに言った。
「フラミィにならやるよ。シェルバードにやるなり、好きに使って」
「うん、ありがとう」
「じゃ、さっさと終わらせて行こうぜ」
フラミィは頷いて、タロタロと綿から種を取り出す作業に没頭した。そうして綿打ち、糸つむぎまで辿り着くと、日は西へ微かに傾きかけていた。
果物を採って腹ごしらえをしながら、タロタロが「ぱーしばるはどうすんの」と、低い声で聞いてきた。フラミィは、シェルバードを見てウキウキとメモを取るパーシヴァルの姿を思い浮かべ、笑った。
「きっと喜ぶよねぇ」
「鍾乳洞の時は俺の方が役にたったけどな!」
「はいはい。パーシィは薬草を見つけたわね」
「お、おう」
タロタロの家で飼っている豚が、その草のお陰で元気になったので、彼はパーシヴァルに恩がある。それに、鍾乳洞捜索の時のパーシヴァルは本当に楽しそうで、自分の島をあんな風に喜ばれるのは悪い気がしない。きっとシェルバードを見て目を輝かすだろうと思うと、それを見て見たい気になる。フラミィに必要以上に近寄らないなら、ちょっとくらいなら仲間に混ぜてやってもいいと、タロタロは思い始めていた。
「探す人手は多い方が良いし、骨探しを手伝うならいいと思うけど?」
「あら、駄目。骨の事は言わないで」
「どうして?」
「どうしてって、骨が無いのを知られたくないから」
タロタロは首を傾げる。
「秘密にすりゃいいじゃん」
「そんなので手伝ってくれるかしら?」
タロタロは肩を竦める。
俺がいなきゃ駄目だなぁ、なんて彼が思うのはこんな時だ。
「手伝わないならついてくんなって言えばいいんだよ」
そっか、そうよね、と、真面目に頷くフラミィに、タロタロは苦笑する。
あー、どうかネーネに変な狼が寄って来ませんように!
なんとしても守り抜かなくては、とタロタロは何度目かの決意をする。
もしも狼が寄って来たら、ネーネはあっという間に食べられてしまうに違いない。食べられてる事にすら、気付かないかも。俺が追い払ってやらないと!
タロタロは嬉しそうに笑うフラミィを見上げ、口の中でぐらぐらする歯を忌々しく思った。タロタロは早く大きくなりたい。パーシヴァルより、ココナッツ一個分大きくなろう。それからムキムキになって、飛行機にも乗るんだ。
それが最近の彼の夢である。
糸紬の仕事が終わってフラミィとタロタロがパーシヴァルを誘いに行くと、パーシヴァルは何やら綺麗な紙と向かい合っていた。文字や絵がいっぱい詰まった分厚い本を下敷きにして、背中を丸め屈みこむ彼は、心なしか微笑んでいて、幸せそうに見えた。
そっと覗き込むと、いつものエンピツではなくて、尖った先が金色にピカリと光る物で文字を書いていた。パーシヴァルは二人に気付きつつも顔を上げず、覗き込む二人に「やぁ」と声だけ上げた。
「どうして尖った先は金色なのに、黒い文字が出て来るの?」
「ふふ、ペン先、から、インク、が、出て、来ます」
そう答えながらも、彼は熱心に紙に向かっている。
彼の脇には煙草の吸殻が溜まっていて、吸い掛けの煙草が細い煙をゆらゆらさせていた。
「つまんね! ネーネ、泳ごうぜ」
タロタロは早々にパーシヴァルの続ける作業に飽きて、海へ飛び込んで行ってしまった。
フラミィは、なんだかパーシヴァルの熱心さが面白くなくて、気を引きたくなる。
「何を書いているの?」
「手紙、です。妹に」
「パーシィ、妹がいるの?」
「はい。凄く、良い妹、です」
「ふぅん。いいな」
パーシヴァルみたいなお兄さんがいたら、きっと楽しいだろうな。フラミィは彼の妹という人をとても羨ましく思った。
パーシヴァルが微笑んでフラミィの方を見て、もう少し待ってねと、また手紙にペン先を走らせ始めた。
フラミィは目をキラキラさせて暫く大人しく彼の傍に控えていたけれど、お日様の位置が気になりだしてそわそわした。シェルバードの巣はマシラ岳の東側にあるから、午後からグッと薄暗くなってしまうのだ。
「パーシィ、それ、長くなる?」
「んー、もうちょっと、です。なぜ?」
「あのね、シェルバードっていう鳥がいて、その鳥の巣のある崖へ、探し物をしに行くのだけど。一緒に行かないかと思って誘いに来たの」
「わ、行きます、行きます」
パーシヴァルは即答した。ペン先の動きが早くなる。
「もうちょっと、ですから」
「うん」
フラミィは手紙の邪魔をしたい気持ちがちょっとだけあったけれど、それが成功してしまうとパーシヴァルの妹という人に申し訳なくなった。
パーシヴァルは、同じく紙で出来た袋に手紙をたたんで入れると、何か印を書いて封を閉じた。彼は、ふ、と満ち足りた様な息を吐いた後、フラミィの方を見た。
「終わり、ました!」
碧い瞳が、『行きましょう!』とキラキラ輝いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます