第6話 珊瑚の影を探す

 フラミィがタロタロに、ルグ・ルグ婆さんの夢の話をすると、タロタロは『だから言わんこっちゃない!』という顔をして、フラミィに怒った。


「ほら、身体をいらないなんて言うからだぞ!」


 本当にルグ・ルグ婆さんが、ネーネに目をつけちゃってるじゃないか!

 島の『狼』達にだって気を張っているのに、更にとんでもない者にフラミィを奪れるかも知れない可能性が増えた。タロタロはハラハラする。

 『狼』は何とかなる。とにかくフラミィにくっついて回って、自分が早く大きくなればいい。

 けれど、島の女神ときたら話は違って来る。多分、タロタロの手に負えない。


「だって、踊れないならいらないって思ったんだもの」

「踊れなくたって、楽しい事はいっぱいあるじゃないか。オレは骨探しなんて手伝わないぞ」

「そしたら私は踊れないままだわ……」

「うう……」


 タロタロはフラミィの事をずっと見ていたから、フラミィがどんなに踊りが好きかようく知っている。

 満月の夜の踊りを、とても大切に思っている事も、踊る時とても幸せそうな事も……。

 踊り子でいたいのに、左足の親指の骨が無いなんて、可哀想だとは思う。

 俯いてしゅんとするフラミィに、タロタロの小さな胸が痛んだ。彼は仕方なく言った。


「わかったよ……骨を探そう」

「タロタロ! ありがとう!!」


 フラミィがパッと顔を明るくさせた。

 タロタロは顔をクシャッとさせて目を閉じる。ま、眩しい……。


「ぐうう……で、でも、それだけだ! 踊れれば、ルグ・ルグ婆さんに身体をあげなくてもいいだろ?」

「あら、そんなの駄目よ。ルグ・ルグ婆さんは若い身体を欲しがっているんだもの」

「だもの、じゃないよ! フラミィはそれでいいの? それって、フラミィが踊るんじゃなくて、ルグ・ルグ婆さんが踊るって事じゃないか」

「あら……本当だ。でも、それって素敵な事じゃない? 踊りの女神様に身体を貰ってもらえるなんて」


 この身体が、神の技を永遠に近い時間踊るのよ。と、フラミィはうっとりする。

 残念ながら、タロタロには理解できない。

 ネーネは満月の夜の踊りを踊れなくなって、変になってしまったのかも……!

 だったら、骨を手に入れてまた踊りに加われるようになれば、誰かのものになりたいなんて、言わなくなるんじゃなかろうか?

 タロタロはそう思った。

 タロタロは、フラミィを誰かのものにしてしまう気は更々無かった。

 だって彼女は、彼のものなのだから。

 彼女に抱っこしてもらい、微笑みかけられた赤ん坊の時に、タロタロはそう決めたのだ。

 女神様だろうが、神様だろうが渡しはすまいと気を引き締めて、彼は用心深く骨探しの手助けを請け負った。


「わ、わかった。……でも約束して。もしも骨を手に入れて、上手く踊れるようになったら、また満月の夜の踊りに加わって。一晩だけでも」


 そうすれば、きっと考え直すはずだ。タロタロはそう思った。

 だって、ネーネは踊る事が好きなんだから。

 フラミィは頷いた。


「うん、もちろんよ。私、皆を見返したいんだもの!」

「よし、じゃあ探そう!」

「うん!」


 嬉しそうに頷くフラミィの笑顔に、タロタロの胸が弾んだ。

――――こんな風に元気になるのなら、たとえ骨が見つからなくっても、死ぬまで一緒に探してあげよう。

 そうだ、どうせ見つかりっこない……。

 タロタロはそう思い、微笑んだ。



 さて、フラミィとタロタロの『左足の親指の骨探し』がいよいよ始まった。

 しかし、足の親指の骨なんて、どうやったら見つかるのか見当も付かない。


「骨なら、お墓かなぁ」

「でも、お墓に入っている骨は全て、死んでしまった人の物でしょう? 私のまで入っているかしら?」

「ぜーんぶ、掘り起こすとか?」


 タロタロがゾッとする事を言ったので、フラミィは顔を歪めた。

 思わず墓地を見渡せば、自分が思っているよりもずっとたくさんお墓が点在して、ほのぼのとお日様の光を浴びていた。

 全部掘り起こすとしたら、いったいどれだけの時間が掛かるだろう?

 それに、この島で星や風になった人達全部の骨は、きっと物凄い数になる事だろう。

 フラミィもタロタロも、大量の骨の山を想像しただけでげんなりした。


「見わけもきっと付きにくいでしょうね……そもそも、自分の骨を見た事が無いし」

「じゃ、ここは最後の最後にしよう」


 島は壮大な人生を望む者には狭いけれど、小さな骨を探すとなると、とても広い。

 だからサクサクと目星をつけなくちゃ。

 タロタロは次に『骨っぽい』場所をうーんと思い浮かべてみる。


「サンゴ礁は?」

「サンゴ礁?」

「なんか、見た目骨っぽくない?」


 フラミィは、島を悪い波から守る、色とりどりのサンゴ礁たちを思い浮かべる。

 彼らは色だけでなく形も様々で、中には乳白色の枝を伸ばすものもいる。

 見ようによっては、タロタロの言う通り『骨っぽい』かも知れない。

 フラミィは黒い宝石みたいな瞳をくるんとさせて、小さく頷いた。


「言われて見れば……?」

「よし、ちょうど今日は満月の後の大潮だから、礁原リーフフラットも広いはず!」


 タロタロが立ち上がった。

 フラミィも立ち上がり、うん、と頷いた。



 フラミィとタロタロは、頭の上にバナナの葉を何枚か蔓で縛りつけ、海へ向かった。

 碧く透き通る礁湖ラグーンをスイスイ泳ぎ、島から一番近い礁原リーフフラットの、砂が積もった柔らかい足場に上がると、フラミィは純粋な潮風をたくさん吸いこんだ。


「はぁ、カヌーでこれば良かったね」

「こんくらいヘーキだぜー」


 二人は海水を滴らせながら、繊維を交差させ重ねたバナナの葉を足に縛り付け、顔を見合わせて笑った。

 まず、フラミィが、バナナの葉を巻き付けた不格好な足で、砂の積もっていない白い珊瑚の塊に乗り出して見る。

 死んでしまっている珊瑚なのか、踏むと脆く崩れて、その下の珊瑚が岩と化した固い感触を捉えた。

 崩れた白い欠片や粉が、軽い音を立てて外洋オープンオーシャンの方へ溶け落ちて行く。

 外洋は礁湖と比べると唐突に深くて暗い。

 吸い込まれそうな気がして、フラミィはちょっとだけ怖くなった。

 だから、穏やかにキラキラ光る礁湖の方に意識を向けていよう、と決めた。


「痛くない?」


 タロタロが首を伸ばして様子を伺う。

 珊瑚で怪我をしたら、痛いし腫れるし、ちっとも治らない。

 足裏を保護する為に、バナナの葉を足に巻いてみたのだけれど、二人共ドキドキだった。


「大丈夫みたい」


 フラミィは請け負って、恐る恐る歩き出し、白い珊瑚の中でも『骨っぽい』のを注意して探し始めた。

 パキパキ、サクサク、と音を立てて、タロタロも後ろに続く。

 二人は折れて転がっている欠片を拾い上げては、しげしげと見詰め、フラミィの左足の親指辺りに当ててみる。大き過ぎたり、小さすぎたり、中々ピッタリ来そうなものは見つからなかった。

 そしてほとんどが、指でつまんでちょっと力を入れると、パクンと音を立てて崩れてしまう。

 枝珊瑚の枝に引っ掛かっていないかしら、と、枝珊瑚を覗き込んでみても、カニやニュルニュルした生き物がぼんやりしているだけだった。

 島の南西を覆う礁原はとても長くて、探し甲斐がありすぎた。

 良く照るお日様の光をまともに浴び続けて、フラミィもタロタロも汗だくになり、フラフラして来た。

 海面の照り返しで、目もチクチクする。

 バナナの皮靴もだいぶボロボロになって来た。

 大潮の満ち潮も、引いた分だけ戻って来る。日が傾くにつれ、礁原の幅も大分狭くなってきた。


「今日はそろそろ戻ろう」

「そうね」


 タロタロの言葉に、フラミィは渋々頷いた。

 波が足を洗い始めていた。

 タロタロが礁湖の方へ飛び込んで、フラミィを振り返る。


「行こう。明日はさ、カヌーで来よう、ココナッツ積んでさ!」


 フラミィは額の汗を腕で拭って、うん、と頷き、タロタロの後を追って礁湖

へ飛び込んだ。

 海水が緩やかにフラミィの身体を包んで、火照った身体を冷ましてくれる。

 潜れば、黄色い魚の群れがすぐそばを素早く通り過ぎて行った。

 海底は一面のサンゴ礁だ。けれど、彩り豊かで骨といった感じがしない。

 やはりあるなら礁原の様な気がする。

 前方でタロタロがタコを捕まえ、墨を吐かれて真っ黒になっていた。

 フラミィは気持ちを切り替え、もう少し浅瀬の砂底の方で、タロタロに負けじとウニを捕った。

 ウニは腰帯にくっつけておいた網袋に、ポイポイと放り込まれぎゅうぎゅう詰めにされた。島の人間は海に行く時必ず、腰帯に網袋をくっつけておくのだ。

 浜に上がると、二人で獲物を見せ合いっこした。

 タロタロのタコは、網の目から脚をうねうね出して海に帰りたがっていた。


「大きなの捕まえたわね、タロタロ、すごい」

「へへー! 晩御飯一緒に食べようぜ。おばさんも呼んでさ」


 タコは残念ながら、晩御飯のメインディッシュになる。この島のタコは、凄くおいしいのだ!

 フラミィとタロタロは、しばらく満足気にタコを眺めていたけれど、ふ、とタロタロが言った。


「タコって骨ないよね」

「うん、私も今、同じ事考えてた」

「でも踊ってるみたいじゃない?」

「うん……」


 二人は何となくタコを見る目つきを変えて、ちょっと敬うような気持になった。


「骨がなくても……」


 フラミィの中で、何かしっくり来そうで来ない気持ちが湧いて来る。


「イヤイヤイヤ……」


 タロタロが、我に返った様に首を振った。


「ネーネはタコじゃない」

「う、うん」

「明日また、探しに行こう。ね?」


 フラミィは微笑んで頷いた。

 橙色に燃える夕日が、波の直ぐ近くまで沈んで来ている。

 沖を見れば、昼間あんなに姿を露わにしていた礁原が、細い線だけになっていた。

 もうすぐ、ちゃぷんと音を立てて橙色の波間に沈み、海の中で眠るんだろう。

 そうしたら空に星が出て、瞬き始める。

 星の瞬きに合わせて、海の底、珊瑚の影で、私の左足の骨も光って待っているかもしれない。

 フラミィはそう思うと、明日が待ち遠しい。


「行くよー、行くってば!」


 タロタロが村の方に駆けながら、フラミィを呼ぶ。

 フラミィは海に「待っててね」と呼び掛ける。


 あるのかないのかは、わからないのだけれど。

 きっと寂しがってると、思うんだ。

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