第34話 あの日出来なかった事をバトンのように

 その人達は、私達の島を見つけて喜び、発見したと言った。

 それまでは、世界の何処にも存在しなかったとでもいう様に。

 『発見』によって、私達がこの世にパッと現れたかの様に。

 そしてそれは正しかったのかも知れない。私達は見つかってしまったのだから。

 その人達は、私達をたくさん殺し、土地を荒し、島に病気まで持ち込んで滅茶苦茶にした。

 私達は捕えられ、大人も子供も皆擦り切れ死ぬまで、鞭打たれて働かされた。

 食べ物はいつも足りなくて、小さかった私は貰い損なってばかりいた。

 お腹を鳴らして隅っこで膝を抱えていると、誰かが自分の分を分けてくれた。

 次の日も私は食べ物を貰い損ねた。また、誰かが分けてくれた。

 その次の日はご主人様の機嫌が悪くて、悪戯に取り上げられた。皆が食べられなかった。

 その次の日は、なんとか食べ物に在り付けた。飢えた私は大急ぎで食べ物を口に入れ、ふと誰かと目が合った。

 私よりも小さな子供が、食べ物を貰い損ねて私を見ていた。

 その時、何か思うよりも早く、飢えた喉が食べ物を飲み込んでしまった。


 それからしばらくして、私は知らない人の子供を産んで顔を見ぬ間に引き離された。

 お産で身体が弱って使い物にならなくなった私は、誰かの気晴らしの為、人々の輪の中で放たれた、犬の餌になった。


 

 神様の声がする。

 

『この子には、与えられる喜びと身体がまだ用意されていない。あなたは喜びと身体を分けてあげられますか。それでも尚、島で生を謳歌できますか』


 その問いは、神の人間への愛情? 友愛の気持ち? それとも残酷な心? 冷徹な平等?

 いいえ、そのどれでもなく、そしてどれと思う必要もない。

 これは、かつてどこかで落っことしたものを拾う、私のチャンスというだけ。


「では、踊りに必要な足の小指をこの子に」


 分ける事が出来るのって、なんて幸せ。

 あの時食べ物と一緒に飲み下してしまった冷たいものは、やっぱり心の何処かにいるのだけれど。

 ああ、けれど、繋げさせて欲しい。

 今度は私が。

 不思議な夢のようだわ。


* * * * * *


 フラミィはレインツリーの木の下でぼんやりと目を覚ました。

 目から涙が勝手に零れ落ちていて、慌てて手の甲で拭った。


「不思議な夢……」


――――そう、夢だよ、あんなの。だってそんなハズない。


 フラミィはそう独りごちた。夢の内容の一部を、どうしても認めたくなかった。


――――そんなハズない。


 フラミィは鼻をすすった後、キュッと顔を引き締めて立ち上がった。そして、再び島中を駆け回り、タロタロを探し始めた。

 村も、ミニラ池も、花々が咲き乱れる小道も、浜辺も、果樹のなる木々の間も、鍾乳洞も、島の縁で泡立つ波の間すら探し、タロタロを呼んだ。返事はちっとも返って来なかった。

 息を切らしてマシラ岳を登りながら、まるで左足の親指の骨を探し回っているみたいだ、と思う。

 マシラ岳の頂上に着き、シェルバードの崖を見下ろす。愛らしい姿に心癒されたかったけれど、シェルバードは一羽も崖にいなかった。その崖の様ときたら、なんと悲しく、頼りない事だろう!

 フラミィは座り込み、地面に両手をついて項垂れた。

『どこ?』って、探したよね。でも、どんなに探しても見つからなかった。と、心が言った。

 でも今は、左足の親指に手を触れると、そこには骨があってフニャフニャしていない。

 フラミィは骨を探した日々を振り返る。宝探しをしているみたいだったな、と思った。

 宝探しの日々は、宝を手に入れる前よりもずっと眩しかった気がする。

 

「そうだよね、眩しいものを追えば目が眩しいよね」


 呟いて、左足の親指を見詰める。

 踊りを見て神様が褒めてくれた。もう皆フラミィを笑わないだろう。もしかしたら、ルグにだってなれるかもしれない。

 いや、それよりも凄い事がある。ルグ・ルグ婆さんに身体を捧げるのだ。

 ルグ・ルグ婆さんの踊りの技と呼吸の器になれる。

 それだけじゃない。ルグ・ルグ婆さんは、フラミィの姿で島に果報と希望を与え続けるだろう。

『私は島にいたのよ、踊り子でした』フラミィの無言を乗せて、踊り続る女神……。

 フラミィにとってキラキラ輝く夢だ。

 けれども、それよりも輝くものがフラミィの胸を締め付けて、それを捨てろと言う。その先に、今までの希望とは全く違う充足感をなみなみと湛えて。

 ルグ・ルグ婆さんの声が、心の中に響いた。


―――――アターが生まれる前に、自分で決めたのサ!


「不思議。生まれる前の自分が眩しいなんて」


 胸にかけたネックレスを手にとって、空へ掲げると、フラミィは叫んだ。


「タロタロー! ネーネはまだ、ネックレスのお返しをしてないねー!!」


 マシラ岳の山頂から、フラミィの声が島中に響いた。


「何がいいかな、ネーネがあげられるものなら何でもあげるよ! この前欲しがっていた内側が虹色の貝殻は? それとも、カッコいい柄の腰巻を織ってあげようか? 草のポーチにつける飾り玉探してたよね? ……うーん、お気に入りだったけど、ネーネの宝物の紅い石をあげちゃおうかな! それとも」


 そう言って一旦口を閉じると、フラミィは深く息を吸って囁いた。


「……足の親指の骨?」


 囁き終わると、背後で気配を感じた。

 息を飲み振り返ると、ぼんやりと光るタロタロが立っていた。

 フラミィは気が遠くなりそうな程安堵して、微笑んだ。


「もうっ、どこにいたの! すっごく探したんだよ!!」


 島中探したんだから! 

 でも、見つけた!!



『いいのですか? あなたは踊れなくなってしまいますよ』

『いいえ、私は踊ります。踊れなくても、踊ります』


 踊れ、踊れと心が言う限り。

 

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