第52話 スイーツ

 この短時間で、結構な仕事量だったと思う。

 リン伍長の手術。ダイ大佐の治療。壊した契光刀を鉄で強化した、妖気無しでも物理攻撃力を持つ大佐専用のデバイスも作った。考えられるあらゆる状況に対応する戦術を組んで……人を殺すことを考えて。

 それでもこの子を守ると割り切れたのは……俺もこの子と同じく魂に土霊おろちを持っているからなのかも知れない。

 この短期間で、結構な仕事量だったのだ。こんなことができるようになったのだ。

 みんなには……特に親父には本当に申し訳ないけど。

 ごめんなさい。

 俺が全力を出し切れるのは、こっちです。

 俺が、俺の人生を歩むために――


 異世界よ、俺は帰ってきた。


「――星屑スターダスト――示音撃スクリームッ!」


 決意を宣言するように、俺は拳を突き上げた。


         ☆


 全員の防御は破壊され、良くて昏倒、悪ければ骨折、特に【単圧ひとえあつ】で反撃しようとした者は無惨な状態となった。

 大事な姫さまは無傷だが、意識は朦朧としている。

 奥義の虎は、姿を掻き消していた。予想通りでよかった。

「なぜ……爆発なのに……【単圧ひとえあつ】が、効かないんだ……」

 奥義を中断されてもペナルティは免れないんだな。長い睫毛が重たそうで可哀想。

「妖術で言うところの〝空気〟を乱してないからです。自分は酸化アルミニウムを分解しただけ。爆発は自然なことです。酸素が減らなければどうやら見逃してくれるみたいですね」

「なぜ……虎が消えるんだ……私も知らない……」

「おかしいと思ったんですよ。触っただけで何でもかんでも分解してたら大気がなくなっちゃうじゃないですか。もしや空気に投影された存在なんじゃないかと。中尉にはダメージはないですけど、対策してた自分達以外は衝撃で空気層を破壊され、返しの減圧で昏倒しました」

「回収完了。全員生命維持状態です」

「お疲れ、ウリア」あれで死なないんだ。望ましいけど悍ましい。

「そんなことより、なんて? なんとかバースト?」

「あー、変なテンションだったんでツッコまないで」

「手伝った私までスベったみたいじゃないですか。完全に貰い事故なんですけど」

「スベっとらんわ! ああそうさすっげー考えたわ必殺技!」

「また一緒に決めましょうね、スター、っんっく、なんとかっ!」

「もう使わないで済むよう祈るわ!」

蛇尾ひとで遮断。手蔓縺てづるもづるに接続。あとはそのお嬢さんだけだ〕

 なんだかんだ手伝ってくれる木坤きりん様。ありがたや。

「また……大敗を喫したんだな私は……指揮官として、言っていいか?」

「どうぞ?」

「くっ……犯せ!」

「ゾクッときた。そんな言葉どっから覚えてくんの、はしたない!」

 まあこれから頂くんですけどね。


         ☆


 山中に、その秘湯はあった。

 ヨウ中尉の手術には膨大な妖気が必要。だがいくら精鋭とはいえ中尉抜きで研究所を攻略するのは難しい。そこで、治療の済んだ総員でさらに奥地に踏み込み、彼女だけが知る『山中の海水温泉』を目指したのだ。初陣のご褒美にご馳走して貰った豚足ラーメンに使われていた山塩を調達する場所だそうだ。

「すご~い、しょっぱい」

 女性陣はキャッキャ言ってる。温泉旅行か。

 男女比とんとんで混浴である。

「はいはい、配置について。適当に始めちゃってください」

 湯は熱めだが、肌は空気層が薄く覆い調整する。

 人工的な円形で浅めの露天風呂。妖煌炉としての使用を考え、ヨウ中尉が整備していたようだ。

 膨大な妖気が必要となれば皆さんにお願いするしかない。

 そこかしこから、静かに吐息が漏れ始めた。


         ☆


 金霊いのち土霊おろち木霊くのちに加え、水霊みつち火霊かつちが揃った場。

 砂地の中心にISBNの台座がある。カカ大将は妖煌炉と化した温泉を制御し、妖気をその中心へと導く。これで手術の準備はできたのだが。

「あー、やっぱ遮断できないっすね」

 中尉の子宮にあるデバイスは蛇尾ひとでに繋がったまま。逃がさないつもりか。これではみやこに中継されてしまう。

「そんな……大勢に見られちゃってるの……」

「だからなんで嬉しそうなの。まあどうしようもないんで始めますね」

「敗軍の将は平気だもん!」

 ステージの上で絡み合う。

 蛇尾ひとでも心が通じ合う感動はあるが、手蔓縺てづるもづるは互いの感覚が溶け合っているのだ。確信しかない。

 ずっと待っていた。

 指先で探る。

 少しずつ沈め――

「いいいっってえ! いや痛くない!」

 指先が壊死した。妖気を巡らせ修復する。

 不安そうに見詰める姫さま。

「大丈夫です。こんな浅いとこからだとは思わなかったけど。早くもこいつの出番ですね」

 この子の胎内は死そのものなのだ。生そのもので対抗するしかない。


 濃密な妖気の支援を受けたプローブが進入した。なるべく細めにしてある。

 難しい。生を主張しなければ死に飲まれるのだが、

〔ほら頑張れ。絶対に達するなよ〕

〔わかってますよ。俺が死ぬわけないでしょ〕

 向かい合って上に座らせて。撫で擦ってキスをして。見つめ合えばミルクを溶かしたような容姿、抱き付けば柔らかく滑らかな肌。プローブの仕様が変わっちゃいそう。

 感じないとダメ、感じすぎてもダメ。辛い。いや甘えんな俺。辛いのはこの子だ。

「はぁっ……いま、私すごく幸せだよ」

「いままで迷惑ばかり掛けちゃいましたからね。絶対一緒に生きて戻りましょう!」

〔解析完了。分離開始〕

 竜頭りゅうずの同期が一瞬ずれる……なんだ、気のせいか。

〔分離完了〕

 やったか。さすがカカ大将に手蔓縺てづるもづる。計画通りデバイスはこのままできそうだ。大したことなかったな。

〔異常発生。デバイス膨張〕

 残念、だがこれは想定内。

「もったいないな~、全部の感覚を知りたかったんだけど……痛覚遮断」

 下腹部がきれいに裂ける。いわゆる帝王切開だ。事前に設定していた箇所で、出血はない。考えられるあらゆる状況に対応する準備はできている。

 膨張を続けるデバイスが腹の中から姿を現わす。もうダチョウの卵を超えている。プローブが結合したまま、二人で卵を抱えた状態。

〔――そろそろ頃合いか。先に待っていてくれ――あの世でな〕

「は? おいおい、冗談はよせ――」


 カカ大将の言葉が理解できない。理解って、あれ、理解ってどっちでするのかな。

 首がとれちゃった。この距離だからどっちもどっちの認識も共有できるよ。【環弁リヴォルヴィングヴァルヴ】ってすごいね。

 首のほうの認識が乏しくなっていく。カカ大将に乗っ取られるんだな。俺は頭部なしでも自我を保てるんだろうか。

 首が、消えそうに、なんか言ってる。

 甘いもの食べたいって。おなか無いよお。

 餓死、ぼくは……俺は死んだ……スイーツ……

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