第22話 全員で生きて帰って――

 他班はこちらより苦戦しているようだ。攻撃寄りの俺の能力は、防御寄りの敵と相性がいい。俺の二連撃は装甲を大幅に削れる。火犀も受けないようにするのだが、そうすると却って攻めやすくなりチームの火力は上がる。

 火犀が倒れた。シューターに撃たれるだけで援護もままならなかった火豚は引いていく。殲滅が必要だが、今は火象だ。

 恐るべきは射攻科。

 火象の攻撃が緩慢だったのではない。複数の火球が放たれるや否や、それらが吸い寄せられるように相殺していくのだ。これを火犀を攻略するフォワードの援護をしながら?

 それでも全てを撃ち落とすのは無理だ。誘導弾もある。なのに一発も来なかった。

 ウリアだ。

 大きく回り込んでくるような火球にも走って対応する。ずっと走っていたのか。彼女の存在もまた、シューターの集中の助けになっているに違いない。

 こちらに気付いて駆け寄ってくる。まっすぐ……?

「お見事です」

「お疲れ。あの、木は?」

「そんなの邪魔だし【貌喰かおぐらい】でとっくに消しましたよ。あんなの相手なら盾にならないし」

「木にも掛かるのか」

「たぶん杜斂人とれんとだからかな。まだ解明されてません。それよりアレどうします?」

「こっち側に穴が開いたんだから撤退もできるけど……ウチの方針は変わらないか。他班が挟撃されないよう火象を叩く」

「――一班と四班がクリア。四班は二班の援護、一班とウチで三班です」

「盛り上がってきたな!」

「第二班。火犀に突破された! 火象に向かった!」

「第三班。こちらもだ!」

「盛り上がってきたな!」

 数の暴力でやっと倒せたのに、合流なんかされたらどうする。

 ……でも、損害もないんだよな。強すぎだろ俺達。勝てるんじゃね?

 蛇尾ひとでの評決は、満場一致の総攻撃。

 新型である火犀のデータを計算に入れても火象を倒せるという。

 ならあとは、無傷の大詰めといこうじゃないか。


         ☆


 正面はヤバい。俺の知っている象の倍以上の巨体が、鼻を振り回してくるのだ。

 そしてその後方を守るように二体の火犀が接近を阻んでいる。俺は武装を砕橋さいばしに戻していた。この局面を打破できるのはシューターだろう。

 数は集まったが、射撃は捗らない。火豚の牽制が巧妙なのだ。連係の隙を突き、徹底して射撃直後に高速弾を合わせてくる。布陣を変えようとしても、火象は向きを変えるだけで対応される。城攻めより厄介だ。やったことないけど。

 それでも、火犀のうち一体は瀕死だ。このままいけば――


 火象が鼻を伸ばし、その火犀を、口に放り込んだ。


 ゴギュ。ベギ。

 戦場が静まる。口からもうもうと煙を噴きながら、不吉な音が鳴り響く。


「た――食べるんかーい!」

 一応ツッコんだ。戦場が動き出す。切り替えよう。終わりが早まった。

 食べ終わったのか、火象の口が開いて、輝いて、

 あれはダメだ。

「お前ら下がれー!」直感で叫び、前に出つつ盾二枚。

 その口から、きっと何かが吐き出された。


 あっぶね。俺の盾二枚は割られ、ウリアが一枚追加していた。

 危うく死ぬ所だったが、前に出た甲斐あってかなり広範囲を防御できた。盾から出た地面は煙を上げながら赤熱している。

 防御範囲に入れた者、見切って回避できた者、損害はゼロ。

 強すぎだろ俺達。

「ありがとうウリア、助かった」

「いきなり飛び出すから、どうなるかと思いましたよ。まぁ全力で守りますけど」

「よーし反撃だ、全員で生きて帰って――」

 火象の口が輝いた。

 もう一匹いたっけね。食べるの早いよ。

 俺は突き飛ばされた。


         ☆


「しっかりしろ軍曹! 彼女はどうなってる!」

 蛇尾ひとでを通じて、声が鮮明に届くのだ。

 生きている。

 目の前には蟻塚のような小山。

 ウリアの妖術か。凄いな。

 ああ、褒めてあげないと。

「ウリア……どこだ……」

 なんで俺は小山に近付くんだ。行くな。そこには湯気を上げている小山しかないだろう。

 そうだ。蛇尾ひとでで呼び掛ければいい。

〔知性:接続がありません〕

〔理性:敵の攻撃で切断されました〕

 そうか。なら再接続を待てばいいか――


「――ウリアあああああッ!」


 何でだ。さっき話した女の子が、こんな簡単に死ぬのか?

「か、はっ」

 小山の前でくずおれる。視界が歪み、息が出来ない。


〔感性:軽度沈静化の許容範囲を超えました……まったく……昨日の今日でこれか。もう少しお前の世界で泳いでいたかったのだが――〕


 感性。俺の、感性?

 竜頭りゅうずは文字列でも声でもない。認識している状態になっているものだ。

 それがいつの間にか、落ち着いた女性の声と会話をしてしまっている。


〔――取り込んだ大量のセルロースと水分であれを凌ぎ切ったのか。不完全なシステムでよくやる。それでも限界寸前だ。想定外のダメージで蛇尾ひとでの接続が切れている。自力で再接続する余裕がない。上位権限で介入するしかない――〕


 ああ、生きているのか、ウリア!

 方法があるのなら是非もない。やってくれ。


〔――それでも念を押す。どうあっても、この者を救うか――〕


 俺の感性ならわかるだろう。やってくれ。


〔――輪枷りんか偽装解除。管理者権限解放。『手蔓縺てづるもづる』解錠――〕


         ☆


 蛇尾ひとではネットワーク。情報に大きさとベクトルがあり、流動している。

 だが手蔓縺てづるもづるは世界だ。奥行きの果てなき絵画。全体では確定しているものが、各部への認識の連続により脈動しているかのようだ。これは心臓か。干渉すればバランスが狂ってしまうのでは。

 いや、狂ったらまた修正すればいい。

 俺が怖いのは、世界の作者の一員となってしまうこと。責任なんて取れるのか。

 いや、今はウリアのことだけを考えればいい。

 戦闘は続いているはずだが、時の流れはまどろむように緩やかだ。

 彼女の状態が全てわかる。

 頭部、骨格、内臓を残し、特殊な表皮と筋肉を全て積層装甲にしている。無数の隙間は衝撃を吸収すると共に、水分を通して冷却している。何らかの方法で大量の素材を保持していたようだ。

 手蔓縺てづるもづるを通じて、杜斂人とれんと計画と、彼女のカルテを全て把握する。同時に、状態の分からない輪枷りんかを介さず妖気だけで直接彼女の竜頭りゅうずに接続。俺の空気層で冷却に掛かる。

 全てを把握し改良。新たに彼女の身体を設計する。

 体温は安全圏に到達。脳や細胞へのダメージも許容範囲。間に合った。状態を見ながら、俺が蛇尾ひとでへの接続を行なう。みんなへ無事が伝わるだろう。

 身体の素案も出来たのだが……うん。些細だが問題発生。

 これは確認が必要になった。

 に。

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