第23話 どんとこい!

 能力に流されるまま、ウリアの『核酸NAコード』を元に身体を仮想構成すると、どう見ても男性だった。誰でもアクセスできる情報とはいえ気が引ける。カルテによれば、杜斂人とれんと化より前に性転換が行なわれていたようだ。このケースも互いにメリットのある試験なのだろう。

 構成した仮想身体を見る。線の細い美少年。アイドルか。この顔じゃニーズあるぞ。勿体ない、って余計なお世話だな。

 そんなことを考えている間に、眼前にある俺よりかなりデカい蟻塚の中に子宮に相当する器官が設けられ、血漿で満たされると共に、神経を傷付ける恐れのある痛んだ骨格が分解された。能力に流されるままである。

 ウリアの竜頭りゅうずは掌握してしまっているので、本人の覚醒を待って受け渡すことになる。治療とはいえ合理的に進めればいいというものではないだろう。

「――誰か、居ますか?」

 直結している竜頭りゅうずに呼び掛けがきた。自分の内側から声がくるような。

「起きたかウリア。大丈夫だ。俺が居る。少しずつ竜頭りゅうずと繋ぐから、違和感があったら教えてくれ」

「無事だったんですね。よかった。気分はとてもいいです」


 慎重に接続し、優先権を譲渡した。まだ補助はできるようにしてある。機能しているのは脳だけだが、シミュレーターポッドと同様にあとは竜頭りゅうずで対応して貰おう。

 半分ほどしか身体が残っていない状態なのに、ウリアは冷静だ。

「だって、死んだと思ってましたし」

「全然お礼じゃ足りないけど、本当にありがとう。生きててくれて、嬉しい」

「これほど頑丈なんて、自分でもビックリです」

杜斂人とれんとの問題点はいろいろ調整するからもっと頑丈になるけど……」

「他の問題点ですね……全部見ました?」

「命に関わるとこだけね。俺も俺の状態を言うよ。何でもできる。どんな風にでもできる。元通りにも、元の性別にも。核酸NAコードを無視して他人にもできるし、それこそコード自体を書き換えて存在しない生物にもできる」

「何でも、ですか……なら決めました。本物の女になりたいです」

 決断が早い。思う所は聞かない。

核酸NAコードを書き換えて、女性として生まれて成長した状態?」

「はい」

「選択肢は無数にあるよ」

「元の姿を参考に、バツ軍曹のお好みで」

「そんな責任負えるか。仮組みするから一緒に調整しよう」


         ☆


 身体構成。神経接続。竜頭りゅうずの対応は輪枷りんかを書き換えて調整した。

 蛇尾ひとでに再接続。存在しなかった人間だが、同一のIDを使用できるよう設定。

 蟻塚に裂け目ができる。血漿が溢れ、白い背中が見える。

 蝉の羽化だ。

 ゆっくりとのけぞるようにしなだれかかる娘を抱きとめる。

 一糸纏わぬその姿は、ただただ美しかった。俺の娘という感覚すらある。

 するりと全身を引き抜くと、早くも輪枷りんかが機能を開始する。蟻塚を分解し始め、ついでとばかりにチュニックを生成し肌を覆う。

「ただいまです」

「おかえり。誕生日おめでとう」

 お姫様抱っこのまま、キスをした。


 ウリアを地面に立たせると、声が聞こえた。

〔――おい、もういいか。お前は是非もないと言ったな。根性を見せろよ――〕

 そうだった。確かに言った。

 どうなろうが、ウリアの命には替えられなかった。どんとこい!

〔――手蔓縺てづるもづるは秘匿されねばならん。お前が蛇尾ひとでオフライン中のシナリオを用意した。これは嘘だ。記憶は改竄できないし、嘘を吐くこともできない。嘘だと認識しつつ、これだけが真実だと出力できるようになるまで脳に刷り込む。同時に加速していた竜頭りゅうずを戻す。これらの負荷は通常あり得ない前借りだ。計算が終了するまで悪夢を見続けることになるだろう。根性を見せろよ――〕

 どんとこい!

 蓋を外したミキサーから脳が噴出する感覚と共に、俺は吐いたゲロに顔から突っ込んでのたうち回った。


         ☆


 意識が澄んでいる。ゲロの分解も済んでいる。

 実際にはほんの僅かの間だったようだ。恐怖を煽ってくれてよかった。後悔しない。ギリ後悔しないで済んだ。ウリアの命には替えられなかった。どんとこいなのだ。

 そのウリアは涙目である。

「大丈夫だいじょぶ、ちょっと頭を使いすぎただけ。それより調子はどうだ?」

 部位欠損どころではない。戦闘能力がなければ一般人である。撤退も視野に。

「まだ設計値には到達してませんが――以前とは比べものになりません。全て成功です。さぁ行きましょう、仲間の所に」

「合流はするが、戦闘はダメだ」

「どうしてです。せっかくの新しい力、使わずにどうするんです」

「それはな、いま終わったからだ」

 損害ゼロ。強すぎだろ俺達。

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