第24話 いつまで揉んでんの!

 火象は能力こそ高かったが、戦法自体はオーソドックスだったようだ。

 巨体による広い攻撃範囲。死角を埋める強力な弾幕。それを掻い潜る気力を削ぐ重装甲。ざっと録画を流すだけで嫌になるそれも、火豚の援護が数を減らすにつれ単調なものとなっていった。後足の片方を破壊すると、火象は蹲った。

 それが眼前のである。

「こんなの見たことないですよ。逃げられなくて、攻める妖気もないだけで、降伏ってわけじゃないと思いますけど」

「止め刺すの?」

「元々大きさの割に食べる所が少ないんですよ。しかもこの新型、鉄で覆われてるみたいだし」

「いや肉も大事なんだけど、仲間にできたりしないのかなって」

「試すみたいですね」

 召使拘令科の召喚士が進み出る。火熊を失った後は、今も側に居る黒豹を従えている。契闇流妖術【霊豹れいひょう】。その強みは召喚士が守られている状態での遠隔操作であり、今回のような混戦では自衛と割り切るようだ。

 豹を役目から解放し、一班のフォワード四人に囲まれて火象の前に行く。

 熱気を持つが、敵意は感じない。諦めているのか。

 召喚士は人差し指と中指を揃えて五芒星を描く。

契戒流けいかいりゅう妖術――【締務ていむ】」

 おお、新しい流派だ。というか、複数の流派ってアリなのか?

 指先を火象の目に向ける様は、短刀を突き付けているようだ。屈服せんと妖気がせめぐ。

「――失敗です。おかしいな。魂が見えない」

 召喚士は後退る。頭だけでも巨大な火象は微動だにしない。

 残った四人は契光刀を構え、同時に姿が消える。ダイ大佐に受けたあの技、契光流妖術【火食かじき】だ。

 その斬撃の全てが眉間を裂き、狙撃の全てが叩き込まれる。

 一瞬で破壊される頭部。溶けた鉄の噴出や爆発、不測の事態に備えなければならない。

 そして起きたのは……収縮だった。

 まだ熱を宿していた巨体が、あっという間に萎んで、無くなってしまったのだ。


 無くなったのは火象だけではなかった。火犀の死体もどこにも無い。

「あ~あ、始末書ですよこれ。火犀が消えるとこ誰一人見てないって」

「まったくだな。完勝だったのに……って、わかってるだけでもまだ火豚が残ってるよね」

「総員、作戦終了。に掛かれ」

 蛇尾ひとでを通じて指示がきた。

「ということで切り上げです。軍曹は初めてですね。砕橋さいばしを展開して、指示されたルートに従ってパックされた豚を回収してください。小さく圧縮されてますが重さはそのままなので気を付けて」

「なるほど、こういう仕事があるんだ。重要だな」

「警護されてますが、油断はしないでくださいね」

「了解。ウリアも気を付けて」

 思い知ったよ。帰るまでが戦場だ。


         ☆


 帰り着くや否や、戦果山積みの砕橋さいばしをひったくられ、俺とウリアはコツソ少将の執務室に連行された。

 事情聴取。俺は俺が何を喋っているのか認識できない。恐怖が刷り込まれているのだ。まあ知っても仕方ない。どうせ■だし……軽い頭痛。怖い。

 刻々とアップロードされていく情報を蛇尾ひとでから客観的にダウンロードすると、どうやら俺は類い稀なるセンスで【機張はたはり】を使いこなし、ウリアと似たように過負荷で接続不良を起こし、バックアップを受けられない中でも何とか術式を維持し、その結果核酸NAコードに異常が発生しつつもウリア上等兵の身体は性転換を含め杜斂人とれんととしても再構築されたということらしい。

 眉を顰めるコツソ少将。だが俺はこの件に関して考察することは不可能なのだ。怖いから!

「把握した。蛇尾ひとでのジャッジは『健全』だから、後方での検査は不要だが……充分注意するように。ウリア上等兵、下がってよし」

「はっ。失礼します」

 一礼し、流れるようにウリアは退室した。いーなー。


「どうだ軍曹、調子は」

「筋肉の凄さってのを証明してるとこです」

「悪かったよ。俺も散々だったんだ。君の能力もわからんまま、間違っても軍属にはできなかったからな。権力を笠に着て強引にやりすぎた」

「自分の命を軽く見るつもりはないですが、仲間の命は堪えましたよ」

「降りるか?」

「いいえ」俺は即答した。

「仲間が凄いんです。この世界で知りたい。自分の凄さを」


         ☆


「にゃ~」

 真正面から無造作に股間を揉まれた。食事にしようとウリアを誘ったらこれだ。

「にゃーじゃないわ! ダメでしょお嬢ちゃんそんなことしちゃ!」

「ずるいですよ中尉、今日は私のなんですからね!」

 なんか変な反応をされたが、とにかく焼肉を開始しよう。

「こら軍曹、のことを考えるとは、焼肉に失礼だろう」

「か、考えてねーし! っていつまで揉んでんの!」

 ウリアと目が合ってしまい、顔が熱くなる。

「肉を得るのがどれだけ大変か、ほんの少しわかった。肉に失礼なことはしないよ」

「確かにこの肉を得るのは大変そうだ。まだ本気じゃないのにこれだろ。大丈夫なのかウリア上等兵。初めてになるわけだよな?」

「データは知ってます。覚悟の上。いっそ真っ二つにして頂いて結構!」

「せんから!」

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