進路希望
第40話 山に代わってお仕置きよ
泥穴から溢れる水面の上に立つ。これはこれで面白い。
だが、いまは落胆のほうが大きすぎる。
これからだったのに。
下に目をやる。異形の凶器は元に戻っていたが、未だ戦闘状態である。やむなし。
歩を進め、穴の上から移動する。雨は止んだばかりのようだ。あっちでも嵐だったが、偶然だろうか。
……何日経った?
あの当日ではない。あの日は雨じゃない。
天気予報。週間予報――。
次の日は雨だった気もする。帰って調べるか。
スウェットはどこかな、
「やめて! お願い、助けて!」
雨上がりの静かな山奥。空気も良い。マイナスイオンも良い。
だというのに、初めて耳にするマイナス要素だねこれは。
気配の数は七。
〔知性:人間がいます。識別なし。数は七名〕
勝った。というか、
この一帯ぜんぶ爺さんの土地なんだけど。下の道路からこんなとこまで入って来ちゃったのか。看板あるのに。
この先の開けた所だな……ちょっと懲らしめてやろう。念のため面だけ……山に代わってお仕置きよ的な光学迷彩とかできる?
〔理性:可能です。イメージを元に展開しました〕
「でけえ! なんだ、天狗か!」
「そんなのいるわけねえだろ。ただの変態だろ」
「デカいよ、キレてるよ!」
「下はもっとでけえ!」
「隠れてずっと見てたんじゃねえの?」
半裸でスコップを持った貧相な男達が嘲笑う。一人はハンディカメラを回している。
地面には穴。数人掛かりでその程度か。
〔知性:穴の底に女性が居ます。骨折あり――〕
把握したから詳細分析はいいや。
さっきまで夜通しこの人数で嬲っていたのだろう。挙句に生き埋めか。
さっきまでの俺と比べてげんなり。夜通し命懸けの仕事完遂して、二人で楽しく溶け合ったのに、そこに不快なものが混じりそうで反吐が出る。
よし全員殺すか。コンプライアンス的にどうなの?
〔知性:努力義務です。四肢をじっくりねっとりもぎ取るなど過剰な虐待をしなければ最悪でも降格です。対象は殺人未遂ですのでこちらでは即殺処分なのですが〕
〔理性:まずこちらのコンプライアンスなのですか?〕
それもそうだね。げんなりだけど。
被害者を確認してからにしよう。
なんか、逃がすな、とか言っている。二人が両側から回り込み始めた。
何もしなくてもスコップなんかじゃ通らないぞ。危うくバケモノ扱いだ。天狗になっといて良かった。いや天狗にはなってないよ。俺なんてまだまだ。
囲まれた。四人掛かりで滅多打ち。
腕を組んで仁王立ち。上下の鼻は平行である。
強靱な風船に弾かれるようにスコップは踊り、滑って地面を叩き、或いは隣の奴に当たりそうになる。
「なんなんだこいつ!」
「やっぱ天狗なんじゃ……」
「そんなわけねえ、ただの変態だ!」
ゼエゼエしてきた。鍛え方が足りないなあ。
ほい、そこへ酸欠。
「くあは!」
「ひゅっ!」
四人は昏倒した。獣でもこうはいかない。妖気で身を守れないと大変だな。まあ天狗らしいだろう。
エンジン音。おお。残り二人は車で逃げる気か。いかにもいかがわしいデカい車。常習犯か?
突っ込んできたよ。倒れている仲間ごと轢くつもりか。常習フレンドじゃないのか。そんなに天狗が怖いか。
でも止まるのかこれ。
〔理性:妖気で妨害されなければ問題ありません〕
むにゅんと止まった。倒れている仲間も命拾いしたな。土を撥ねながらタイヤが空転する。ゴムが焼ける匂いの再現はキャンセル。
人も車も酸素カット。
この森らしい静寂が戻った。
「降りるぞ娘、大人しくしていろ」
穴の上から声を掛ける。天狗プレイ続行。しまった。下から見上げたら下の天狗しか見えないかも。
それほど深くない。軽く飛び降りる。小さく悲鳴。震えているが諦めているようだ。
後ろ手に縛ったまま突き落としたのか。土を被った顔は腫れ、下腹部からは出血が止まらない。
連中の判決は確定。なんなら四肢をじっくりねっとりもぎ取るか。
「娘、力を抜け」
無理な注文をし、頭に手を当てる。
〔理性:治療を開始。骨折・下腹部の裂傷は完治しない恐れがあります〕
取り敢えず止血と浄化。あと、拘束の分解もな。
ほどなく、娘の震えは治まった。苦痛が和らいだのだろう。
〔知性:骨折は正常に接合しました〕
運が良かった。そっちは正直どうしようかと思った。
「娘、我を信じよ」こうなりゃ完全に治す。
ぐったりした娘は、僅かに頷く。
俺は背の後ろで小さく五芒星を切り、指を傷口へと差し入れる。
契闇流妖術――【
デバイス無しでの施術は、成功した。女体を知り尽くしてきた成果だな。
☆
浄化した衣服や持ち物を身に付けた娘を抱え、空気層制御で穴からふわりと飛び出す。ジャンプより天狗っぽいだろう。
全く抵抗せず脱力している。天狗だと思っているようだ。
さて、始末するか、と思ったら娘さんにしがみつかれた。しまった。まんま連中見せるとかデリカシーないわ。
そこへ軽トラ。爺さんの会社の人が運転している。
助手席から降りたのは、言わずもがな、『
「お手を煩わせました、天狗様」
ノリ良すぎかアンタ。
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