第9話 いいぞもっとやれ!
「多いなー! これヤバくないすか?」
もうすぐ森の討伐隊が戻るはずだ。防衛隊の増援も来た。だが敵の突撃を食い止めたラインは、じりじりと後退を余儀なくされている。
奇妙な火の玉のせいだ。
敵後方集団からの微妙な威力と速度の弾幕が、妖気の少ない者に誘導していくという情報。カバーする、ラインが乱れる、こちらのアドバンテージである妖気の回復効率が下がる。
削れなければ、敵だって回復してしまう。妖気の回復率やチャージ速度の差を考慮した陣形が破られた。
「ヤバいねー。いま反撃のための作戦を
俺と並んでリン少尉。征刀科と共に中防を守るのが安全と判断した。妖気の強い相手を食らう習性か、この周囲だとリン少尉を狙ってくる。新型の飛び道具への対応が遅れた理由でもあるが。
ま、新型の飛び道具はこっちにだってあるんだけどな!
向かってきた火豚に石を投げつける。そのまま突き。残像潰しである。
「……ヤバいねー。たったこれだけのことを、何で誰もやらなかったんだろ」
「格好悪いからじゃないですかね」
防衛隊の一部でも石投げコンボが始まったが、あまり上手くいっていない。体表が揺らいだ瞬間を狙うんだけど、読みも必要か。あの練度ゆえに、石がある前提で訓練しなければすぐには対応できないのかも。
ラインが崩れかかっている。ヤバいよ。
「何かいい材料あったりしません?」
「手はいくつかあるけど出し辛い。おかしな事が重なりすぎ。居なかったはずの敵が現れて、次々に未知の行動をしてる。いよいよとなれば仕方ないけど、まずは森の部隊を待つべき」
「手があるんですね。頑張ります」
「生きて帰れたらご褒美あげる」
「おっほー!」
俺、この戦いが終わったら、ご褒美もらうんだ――ってヤバいよ!
敵の戦術が変わっている。
前衛は牽制で斥力場を使わせ、その一部が新たに中衛となって弾幕を追加している。
こうなるともう
「これじゃ森側は間に合わないね……けど、やっと見えた……」
途切れ途切れになってしまった中防の斥力場を抜けてくる弾を全員で防ぎながら、少尉は何かを見出したのか。
さっきのおじさんが声を掛ける。
「少尉、下がれ。頼むぞ……お前ら気合い入れろ!」
「おお!」
ここが正念場なのだと感じる。
火球の弾幕に隠れ、群れの長とも見える一回り大きな火豚が悠然と妖気を溜め込む。
爺さん家のウサギを思い出す。十歳を越えて健在で、イタズラをしてはニイッと笑うのだ。友達に話しても信じて貰えないが、ちゃんと悪意を持って意地悪を楽しんでいるのだと思う。かわいいもんだ。
でも、あの妖獣は違う。動物をかわいいと思えるレベルの知性ではない。危険な敵だ。
あいつに何かをさせるのはヤバい。防御できないほどの何か。ここからじゃ牽制もできないし、余裕もない。
すると、少し後ろに下がっていたリン少尉は、弓を引くような構え。声を掛けようとして絶句する。
肩越しのその瞳が、あの憎悪の色に染まっていたから。
火豚の口から溢れ出る妖気が、巨大な火球を形作る。もう猶予はない。
「契闇流妖術――」
リン少尉は、左手でVの字を作り、その甲に契光刀の先を乗せた。まるでビリヤードのような構えと眼光が狙うその獲物が、灼熱を放った刹那、
「――【
青白く光る星の輪郭が、放たれた灼熱をその口に押し戻し、火豚は轟音と共に爆ぜて飛び散った。
☆
ふらりと倒れかかる少尉。
「大丈夫ですか?」首を痛めないように庇い抱きとめながらも、敵の攻撃に備える。
しかし――それはもう見事というほどに敵は撤退した。
「ごめん……動けない……守って」
「いつでも守りますよ。それに、敵は引きました」
「やっぱり親だったか……運が良かった。キミのおかげかな?」
親、か。火豚の情報を思い出す。妖気が強いと残像まで実在化することがある。旨い。
「いえいえ少尉のおかげです。みんなそう思ってます」
「そーんなことないぞー!」
まーたおじさんだよ。俺も少尉も纏めてわしゃわしゃする。犬っころ扱いか。いま抱っこしてるからほっぺフニフニするだろ。間違ってチューしたらどうすんだ。いいぞもっとやれ!
「今度ばかりはさすがに覚悟したなあ。だが我々の勝利だ。本来は貴官ら研究所職員を守るのがこちらの役目なんだがな……とにかく助かった。討伐隊の負傷者は問題ないから、戻って休んでくれ」
「あざっす! お先しゃっす!」
おじさんは部下に指示を始めた。豚肉がどうとか。
よし帰るか。ひょいっとお姫様抱っこ。かっっる。背も高くてそこそこ筋肉あるのに軽すぎないか?
「ちょっと待って。このまま帰るの? 面白そうだけど、やっぱり『
「あーごめんなさい!」そういや専用のがあったね。欲望が出ちゃいました。
中防に入り、そっと椅子に降ろす。
ぎょっとする。
「少尉、血が……」
左目から血が滲んでいる。頬を伝うと、
「大丈夫、怪我とかじゃないから。失敗できないし全力でいったけど、意識のズレが限界超えちゃうんだよね」
気怠げで、物憂げな美女は、その赤までも彩りとなる。
「この目、母親のものなの」
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