第30話 ヴァカボンとかやめろ

 ネム大尉は、両足を失いながら生き延びた。

 リン少尉も、ウリア上等兵もそうだ。女性の力なのか、男女問わず運なのか。

 そんなこと考えても仕方ないか。仲間のために、俺は危険の芽を摘むまでだ。


「そもそも切断てもんをわかってない!」

 ネム大尉はご立腹である。ほにゃほにゃボイスで可愛いけど。

 提案というよりは拙い思い付きを連ねるうち、こんな話になってしまった。そりゃ契光刀がどうやって動いているかすらわからんし。

「キミの世界の漫画読んだけど、刃物があれば何でも切れるとか思ってないか。圧縮破壊、切削、溶断、どうやって切ってんだ。腕力による加速で武器の重量に運動エネルギーを溜め込んで圧縮破壊に繋げるならそもそも腕力が必要だろ。それほどの腕力あるならむしろ柔軟な棍棒のほうが無駄なくエネルギー伝わるぞ。それとも切りたい意志と切られたくない意志のせめぎ合いか。だったらその意志直接ぶつけろや。ぶつけてるか。なんとかカッターって。こんな謎スキルとかあやふやな概念のまま社会に出たらつまらん怪我で職場に迷惑掛けるんじゃないのか。それはさておきキミの記憶のページがところどころ飛んでるんだけど一旦元の世界に戻ってきちんと読み直して帰ってきてください!」

「友達に勧められて一応読んで寝落ち、って漫画の話ですか。では実家に帰らせて頂きます、って戻れるかーい。まあ刀を揮って敵をバタバタ倒すのは痛快なんですよ。成敗。自分も薪割りとかやらされるんで切断の苦労は少しわかります。で、で、んじゃ契光刀ってどうやって切ってんすか?」

「おためごかす」

「なんて?」

「切断方法で言えば溶断に当たる。分子間力の。構造欠陥を起点にしてスライドパズルのようにんだ。整うから逆らわない。おためごかすわけだ。結果的に硬いものはパリッと、柔らかいものはジュワッと手応えなく切れる。溶けた鉄を纏うなんて対策があるとは思わなかったけど」

「それじゃダイヤモンドは切れないんですね」

「その通り。こんな武器を考えるだけのことはあるな。ダイヤモンドにも欠陥はあるんだけど、微細な粒子をボンドで結合した盾は試作されてる――さて、試作が仕上がったぞ」


 ネム大尉がリン少尉に渡したのは、スポーツで使うような白いリストバンド。もちろんただのISBNクッションではない。実戦に投入される物としては初の非金属デバイスとなるそうだ。

「かなり複雑な術式だから、起動チェックさせてね」

 二人の竜頭りゅうずがリンクする。説明と理解、指示と承諾のラグがなくなる。試作のため、完全にリン少尉の妖気に合わせた専用となる。

「BNフィールド形成」

 リストバンドが変形し、レイピアのような柄と鍔、D字型のナックルガードが展開される。装飾は繊細で美麗。リン少尉のデザインだ。てかBNフィールドとかやめろ。

「BNソード展開」

 直上に掲げられた柄から伸びる細い刀身。全て純白。てかBNソードとかやめろ。

「ここまでは良し。さぁみんな祈れ……結晶転移開始」


         ☆


 もちろん覚えていたわけでも、思い出したわけでもない。授業で習った俺のうろ覚えを竜頭りゅうずが整理し、追加で勉強し、応用してくれただけだ。これでいいのかと不安にもなるが、違う所で努力していくしかないだろう。

 周期表で炭素の両隣である硼素窒素の化合物が窒化硼素である。性質がとても似ているため〝白い黒鉛〟とも呼ばれる。

 六方晶である黒鉛に対して立方晶であるダイヤモンドがあるように、BNにも立方晶が存在するのだ。ダイヤモンドには及ばないものの、それに次ぐ高い硬度を持つ。

 そしてこの世界ならではだが、黒鉛は妖術で制御できない。そうでなければ何から何まで全てカーボン何某になっていただろう。

 可変調窒化硼素――『VCBNヴァリアブルカスタムボロンナイトライド』――高硬度による刀身保護を兼ねた物理攻撃力、結晶転移による柔軟性と耐熱性を併せ持つ素材。

「成功だ。キミが考えたんだ。VCBNヴァカボン

 純白から透明になった刀身。イメージが形となったのだ。

「自分は思い付いただけですよ。形にした大尉が凄いんです。凄いんですけど、てかヴァカボンとかやめろ」

「ちょっといいか」とヨウ中尉。「リストバンドがこうなるのか? さすがに体積がおかしくないか。しかも蓄把部が無いじゃないか。軍曹の提案ってこんなだったか?」

「いい質問だ!」

 やばいこれ、だめなやつだ。

 組み込んだ術式には、ウリアが象ビームを防いだ、木を大量に隠し持っていた妖術の強化版も含まれる。誰がそれを一般化して蛇尾ひとでに公開したのかはわからないなあ。

 組み込みの苦労話も長かったが、そこから『クラインの壺』とかいう説明になって、リボンを捻って輪にすると表と裏が繋がる『メビウスの輪』が面から管になったとかなんとか。どこかで交差が必要になるので実現できないはずだが、大尉は妖術を使ってISBNでオモチャを作ったことがあるのだとか。だから体積を変化できて構造そのものが蓄把部だとか言われても、俺達四人はハイそうですかと白目を剥くしかなかったのである。


「名前は決めたのか?」

 みんな俺を見る。

「自分が決めていいんですか」

 みんな異存ないようだ。

 実は、さっきの話で思い付いていた。

 クラインの壺から現れる、純白の妖怪。

「それでは――『飯綱いづな』と」

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