第31話 プロを目指してんだよ!

「ほほ……ホーッホッホッホッ!」

 白い鞭で映像の火豚を薙ぎ払うリン少尉。飯綱いづなの中距離形態だ。

 トレーニングルームほど広くないが、デバイステストに使える部屋がここ符筒ふつつ科にもある。

 俺が注文した術式以外に、ネム大尉はとんでもないものを盛り込んでくれた。遠距離では【単圧ひとえあつ】で戦うわけだが、少尉が使える【目白型】に加え、射攻科が使う【借力型】の補助術式を搭載。最新の研究成果だという。本家ほど威力が出ないが、チャンスにダメージを上乗せできるのは戦術の幅を広げてくれる。

 近距離では立方晶転移による高硬度化に加え、『突き』以外の攻撃は捨てた。いくら硬くても横からの力には脆い。対妖獣に絞る。無駄な刀身保護に妖気を割くより一撃必殺。奪るか奪られるかガットオアゼロスタイル

「欲しいのかしらこれが。ご褒美よ、豚ども!」

 うん。近付けない。いろいろ。

 悠々と射撃とはいかないだろうから、メインと想定している中距離である。結晶転移を繰り返しながら、物理と妖気で効率よくダメージを与えるトゲトゲの鞭。砕けながらも対象をズタズタにし、何度でもサラサラと戻っていく。えぐい。

「どう思う、軍曹?」我らが隊長は、あまりしっくり来ていないようだ。

「ん、攻撃は悪くないですね。戦闘経験が少ないってことでしたが、新しい武器でこれなら充分です。なので自衛に振りましょう。敵は賢い。数も多い。相手の博打に博打で応じるのは下策ってもんです」

「基本は防御。身に付いてるじゃないか」機嫌が良くなった。「よし少尉、防御の練習だ。ウリア、相手をしてくれ。大尉、アドバイスを」

 ウリアは背中から多数の触手をうねうねと伸ばす。コントロールはもう完璧のようだ。今の彼女は戦闘服まで。どこからでも自在に触手を出せる。ある意味全裸――

「うわっと!」

 足元に何かが着弾。木の実みたいだ。

「発芽するまで植林しますよ?」

「ごめんなさい」

「ほら軍曹、触手に興奮してないでキミも練習だ」


         ☆


 契光刀は嫌いじゃないが、夜で使えないことを除いても獣相手に不安があった。もっと妖術を身に付けないとな。万一のときアルミの棒で多少凌げたとして何にもならないだろう。

 飯綱の発想もそうだが、デバイスの形状そのもので戦うわけではない。

「それでこうなったわけか」ヨウ中尉は俺の手を見る。

 黒いオープンフィンガーグローブ。総合格闘技で使うものだ。昨日貰ったグローブを、使にデザインし直してもらった。

 拳のクッションに金の三つ星。これを直接ぶつけるわけじゃない。妖気を貯めるための蓄把部ちくわぶだ。

 中尉の十手、というか金について教えて貰うと、大量の妖気をチャージでき、妖気で破損しないためデバイスにリミッターが不要の最強金属。

 当然貴重だが、ダメ元で相談したら即答で使用許可。俺は戦力として高く買われているらしい。


 両手で六つある蓄把部は独立させた。いきなり六つのデバイスだが、同タイプを複数制御するドライバーが既にあった。出力低下を嫌って補助術式は無し。努力と工夫で色々できるのは燃える。

 輪枷りんかのアシスト無しでも、無宣言で【単圧ひとえあつ】成功。実戦で最高峰の技術を見続けていたせいか、イメージがとても楽だった……んだけど。

「軍曹……なんか違うぞ」

 無意識にジャブのモーションで放っていたのだが、良くないのだろうか。

「術は問題ない。ちょっと組み手をしてみよう。グローブはそのままで、全力で打ってこい」

「いや待ってください、さすがに出来ませんよ」

「おいおい、仮にも貴様の上官だ。この私、見くびって貰っては困るぞ」

 鮮烈な美少女の圧倒的な余裕。未だに寝惚けているのか俺は。

「――よろしくお願いします。いきます」

 ジャブで詰めて上への左フックダブル。右ボディ。硬い。空気層の防御力はこれほどか。

 完全にスイッチが入る。右ボディからすかさず密着。もちろん観察は忘れない。亀になってガードを固めている。

 左フックから同じ軌道で左膝。この上段への膝で主導権を握るのが俺の勝ちパターンだ。悪いが体格差があれば覆せるはずもない。

 嬢ちゃんこそ舐めるなよ。こっちだってプロを目指してんだよ!

 返しの右フック、本命の左ボディ。

 低すぎて打ち辛いが、対角線の猛ラッシュ。こうなったらひたすら打ちまくる。

 打ちまくる。打ちまくる。

 今さらだけど、普通なら俺の手の骨が折れるな。

 だめだ。

 バックステップで距離を取る。息が切れるほどじゃないけど、腕力だけではどうしようもない。

「ああ――すごい! すごいな、これが本物なんだな!」

 ガードの隙間からキラキラと俺を見詰めるヨウ中尉。

 背後からは啜り泣き。しゃがんで顔を覆うリン少尉を、涙目のウリア上等兵が抱いている。

 ネム大尉はニヤニヤ。

「うん、軍曹。なんか違うぞ。ちゃんとガードしろよ」

 変な構え。骨法か、詠春拳……八卦掌?

 名前がわかってもどうしようもないけど、って速いッ!

 焦るな、ボクシング最強。丁寧にジャブ、って当たんねーッ!

 背が低いから当て辛いが、リーチは勝っているはずだ。

 俺が遅すぎるということ。

 小さな手の縦拳を全くガードできずギブアップ。


「やっぱ妖術覚えないとだめですね」

「そうだが、そうじゃない。空気抵抗を無くせることは知ってるんだろ。なら気付かないと」

「…………あ」

「地面から加速する必要はないんだ。ここでは空気抵抗を制御して、どこからでも加速できるってことだ。竜頭りゅうずを使えば、筋肉も収縮だけじゃなく、弛緩を超えた『伸展』で力を絞り出せる」

 なるほど……

「いいのかい少佐、出撃前に自信を無くさせて」

「大丈夫だ、なぜなら」

「――かっけえ!」

「格闘家だからな」

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