バツ軍曹 

第14話 やっちまったああッ!

 目が覚めた。

 睡眠時間を含め、習慣については徐々に調整していこうという竜頭りゅうずの判断だ。スケジューリングも丸投げ。

 様々な種類があるシミュレーターポッドの一つ、最も数の多い『デバイスデザイナー』の中。戦場で共通武装が使えないと都合が悪いため契光刀の慣熟は必須だが、妖気の特性や体格によっては明らかに向いていないことがある。そういった場合、この装置でデバイスを設計し、工廠で作って貰うことができる。だが実際は仮眠カプセルになっているようだ。爺さん家の高級マッサージチェアも凄いんだが、このシートはそういう次元じゃない。妖術ずるい。圧力は分散されるのに、しっかりと抱きとめられる安定感がある。姿勢も修正される。身体が心地よく緩んで、背が伸びた気さえする。永久に座れるね。

 ところで、このポッドの防音はどうか。

〔知性:音はもちろん、衝撃も外部には伝わりません〕

 それを知って安心した。深く息を吸い込む。


「うわああッ! やっちまったああッ! 一度寝たぐらいで彼氏ヅラかああッ!」


 はい。この件は終了。

 仕事をしよう。今後どうなるかわかんないけど、何もできないのはまずい。差し当たり、いつも通りのことをしよう。俺が何を選択するのかは、選択肢を含めて公開情報だ。

 走る。筋トレ。

〔理性:代謝制御には筋肉の最適化も含まれています〕

 わかってねえな。まるでわかってねえ。筋肉が付くのと、筋肉を付けるのは違う。確かにこの世界の人々の練度は凄いし超人的な動きだ。それでも俺は遅れないし、負ける気がしない。失敗を避け続けて余った道筋と、成功を目指す道筋は違う。

〔感性:ちょっとなに言ってるか分からないです〕

 気にすんな。ただの余韻だ。


         ☆


 外に出るのもどうかと思ったのでトレーニングルームに来たのだが、見たことのある先客。

「ここに人とは珍しい。しかも異世界召喚全裸筋肉君とはな」

「げふ、その呼び方って定着しちゃってますかね……ダイ大佐でよろしかったでしょうか?」

 神経質そうなチョビヒゲ眼鏡。濃い顔。金髪オールバック。召喚されたとき、コツソ少将と煽り合ってキレてた人だ。俺とは色違いで、征刀科の人たちと同じ白の戦闘服。獣相手なら迷彩より視認性ということか。それとも戦闘服にも契闇流と契光流の色分けがあるのか。俺って契闇流なの?

「ふーむ、マーカーを使っていないのか。名前を覚えてくれてありがとう、ヤバツヨシ軍曹」

つよしがファーストネーム、鵺羽やばがファミリーネームです」

「ふーむ、では間を取ってバツ軍曹となるな」

 イントネーションがだ。

「間を取るもんなんですかね。でもいい響きなんでそれでお願いします」

「結構。走るぞバツ軍曹!」

「了解!」


 ザッザッと砂地を走る。足腰に来るね。入口付近こそ棚が並んでごちゃごちゃしているが、これサッカーできちゃうんじゃないか。光る壁と天井、さらに砂地がコントラストを曖昧にして広さを錯覚しているのかも。

「いつも人が居ないんですか?」

「全く、最近の若者には困ったものだ。身体もデバイス同様に設計しようとする。人間は機械ではない。イメージと共に動きを工夫して、反復の中で足りない所は鍛えられ、余分な所は絞られるものだろう。攻防よりも、その切り替えと繋ぎにこそ価値がある」

 まるで親父みたいなことを言う。工夫しろ、だが小賢しくなるなと。それ小賢しくね?

「感服致しました。その、軍隊格闘技のようなものには、流派とかあるんでしょうか」

「ふーむ、そうか。君が僕を知らないのも無理はないか」走りながら眼鏡を中指でクイッとやる。

「僕は連邦軍中部方面隊の指揮官だ。僕は最強の剣士だ。僕が契光刀を開発した。僕が契光流妖術の開祖だ。世界平和のために僕が『契光党』を結成した。僕こそ人類最強だ!」

 偉業がぶっ飛びすぎてツッコみ辛い。めっちゃ早口。格闘技やってりゃ最強を目指すもんだろうが、リアルで最強って言う人はじめて見た――かっけえ!

「い……いろいろ手広くなさってらっしゃるんですね」

「最強だからな、出来てしまうのだよ、ハハッ。それでも史上最強は遠いがな」

「あれ、でもここって『連邦軍錬金術研究所』じゃありませんでしたっけ?」

「うぐっ。落ち着け僕――」並んで走る大佐が僅かによろめいた。

「――建屋が三つあるのは知っているか?」

「はい、外で見ました。真ん中しか知りませんが」

「ここが研究所だ。後から両脇に中部方面隊が詰められた。なあ、普通に不便だとわかるだろう。研究所を守っているように見えるからなんだと。馬鹿なのか。なあ馬鹿なのか、なあ?」

「ご、ごめんなさい」

「仕方ないから一方は常勤、もう一方はゲストを招いて戦術研究を行なっている。錬金術研究所の軍務は非常勤扱いだが、そもそも管轄が防衛省ではなく研究省だからな。療理科というのは方便だ。研究所職員とはいえ、貴重な妖術士を機能させるための」

「研究所の軍務は療理科が担うってことですね」

「ふーむ、もう一つある。君を喚んだところ……コツソ少将肝煎りの『召使拘令しょうしこうれい科』だ。まったく、えげつないことを考える。敵を召喚して敵と戦わせようというのだから。挙句に君のような被害者まで出す始末」

「そんなシステムなんですか。裏切ったりしないんですか?」

「君は、どうだったんだ。我々を欠片も疑わず、全面協力しようと思わなかったか?」

「――っ!――」

「済まない、不快だったな。もちろん妖術の影響はゼロではないが全てでもない。人も獣も、置かれた状況で割り切って尽力する他ないのだから」

 広間を一周してきた。大佐は息を乱していないが、俺はゼーゼーだ。なんだこれ。

〔理性:負荷が欲しそうだったので低酸素にしておきました〕

 気が利くなー、そんなことができるんだなー。トレーニングが捗るなー。ただなー、相談しろや。

「どうだ軍曹?」

 ダイ大佐はニヤリと笑い、棚から契光刀を投げる。

 部屋に入ったときからわかっていたけどさ。

「光栄です。是非お願いします」

 相手は世界最強。自分でも分からない全力を試せるいい機会だ。

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