第42話 おはざーす!

 目が覚めた。

 意識に久々の断続感。機能的な休息以外にも、眠りには意味があるんだろうか。

 ……どっちの世界だろう。実は夢だったとか。どれが夢なのか。

 欲を言えば第二ラウンド希望。目を覚ますまで治療してあげないと。

 まあだめだな。畳の感触、木の天井だから。

「知らない天井だ」

「お前がブチ抜いたからな」

「あれ、どうも閣下、おはざーす!」

「そう呼びたければ構わんぞ」

「あー肩幅が違うわ、どうも会長、おはざーす!」

 白のランニングに緑のハーフパンツ。俺があげたやつだ。おっと、俺は見付からなかったスウェット着ている。光学迷彩じゃなく。

「いやマジめっちゃ似てる方にお世話になって」

 爺さんは少し目を伏せてから、縁側のほうを見遣った。駐車場からそのまま運び込まれたのかな。

「その方は元気か?」

「地位のある方でいろいろ大変そうすけど、元気ですよ」

「そうか」

 生え際の後退した丸刈りの銀髪を撫で付け、爺さんは遠くを、ずっと遠くを見ているようだった。

 そして何かを決意したかのようにこちらへ向き直る。

「起きろ。場所を移す」

 飛び起きる。もたもたするとダウン追い打ちが来る。

 回復したけど、なんで倒れたんだろう。

「そうそう妖術は食らわないと思ってたんですが」

「錬金術だ。これから教える。その前に飯だ」

 夢のような世界から戻ったのに、夢のような言葉が飛び出した。

 どっちでもいいさ。

 夢でも人生だらけない。


         ☆


 大鍋を沸かす。蕎麦は乾麺。めんつゆも一般家庭で使うような普通の一斗缶のやつだ。

「鴨にしてくれ」

「あー……自分は別のにします」

「どうした。好きだろ、鴨」

「めっちゃ好きっすけど……戦果とりは仲間と一緒にといいますか」

「そいつは大事だな。俺は鴨にしてくれ」

「まかしてつかいや」

 フライパンにごま油を引いて、切ったねぎを放り込む。鴨肉をスライス。包丁に纏わせた空気層のせいか良く切れる。手やら何やら洗わなくていいのはインチキだな。それこそ手で切れるかも知れないがやめておこう。

 焼き色が付いたねぎを温めためんつゆの鍋に。入れ替わりで鴨肉を焼く。たまねぎを薄切り。軽く焼いた鴨肉をめんつゆに。大鍋に蕎麦。豚こまとたまねぎをフライパン。鍋のアクは空気層で分解。

 こっからだよ。これをやりたかった。

 茹で上がった蕎麦を空気層で覆い急冷。ぬめりも分解。これ旨いだろ。ぜってー旨いだろ。

 器に盛って加温。片方にはフライパンの中身。他方には鴨つゆ。つゆだけ俺のほうにも。

「お待たせっした」

「外で料理するなよ」


         ☆


 蕎麦に食われている。竜頭りゅうずのリソースが。思ったほどの仕上がりにならなかったのがよっぽど悔しいらしい。

 チーム『シルバーバック』のジムに来た。入口にはコミカルにゴリラ化した爺さんのロゴがある。

 誰も居ない。練習生は午前中は敷地内のどこかで働いているそうだ。というか人が居たら俺は入っちゃだめってルール。今はよくわかる。

 教えてくれるときは厳しいが、基本的に会長じいさんは俺の指導に積極的ではない。

 俺も親父のスタイルアウトボクシングを身に付けたい。それがわかっているのかも知れない。

 だが錬金術となれば是非もない。本当にとんでもないことになった。


「人体にも金属は含まれているからな。たとえば血液に干渉できれば失神させることぐらいはできる」

「じゃあ骨を分解したら……」

「生きている骨は分解できない。せいぜい血流を少し滞らせる程度だ。対応しようとリラックスするほど掛かりやすくなる。対処法は妖智舎ようちしゃで習うんだが、お前はまあ仕方あるまい」

 そんな罠が。

「本来は錬金術の適性を調べるんだが、お前は必要ない。適性検査しなかったのか?」

「ああ、なんか妖気のチャージに問題があって、他のことは聞いてないっす」

「そうなのか。まあ基本からいくか。【環弁リヴォルヴィングヴァルヴ】」


 爺さんは、左手で右腕を持って、肘から外した。手品か?


「……あの、意味がわかんないす」

 切断は指先ですら妖術士として致命的だと聞いた。循環が途切れるからだろう。

「妖気を制御し放出できるなら、その経絡けいらくが体内である必要はあるまい。自分自身を単なる絵画の一部として、世界の作者の一員となることが、錬金術師の初歩にして道となる」

 その感覚は知っている。

「……自分のやることはエゴです。でもエゴで自分を好きにしていいんすかね?」

 左手で持った右フックがきた。左のガードを上げる。寸止め。

「なぜ左腕を犠牲にした。何を守ろうとした?」

「……あー……」

「まずは妖気の流れの制御だ。最初は腕の中央から。最悪失敗して血栓が出来ても切開して取り出せるだろう。練習方法は竜頭りゅうずに伝えた。ここなら妖気も濃いから存分に頑張れ」

 えぐいー。まあ、頑張るか。スウェットの上を脱ぐ。

「そういえば、スウェット着せてくれたんですか?」

「んな面倒なことするか。着させた。【存備】で」

「えぐいー」

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