第49話 これは、いけない。

「デバイスって、意外と簡単に作れるんですね」

「組み込む妖術が少しならこんなもんだよ。キミの錬金術も大したもんだしな」

 ネム曹長からグローブ『武蔵』を受け取ったものの、あの二人相手では加減が難しい。なるべく穏便に済ます方法を考え、曹長に教わりながらデバイスを作ってみたのだ。それもこの、森じゅうの豊富な妖気が集まった環境だからできたことである。

「私も出ますよ。三人でボコりましょう」

〔許さんぞ。お前はここに居なさい〕

 すかさず依代を止める木坤きりん。オトンか。

 手蔓縺てづるもづるが展開されたせいか朧気にイメージがある。首の長いアレでもなく、焼肉屋で扱っていたビールのアレでもなく、天狗の団扇のような葉を持つ植物――大きなヤツデのような存在だ。手蔓縺てづるもづるに似たものを感じる。木の思念をも統べる神様なのだろう。

「いやウリアはいいよ、もはや畏れ多いし」

「じゃ吸うのやめます?」

「おおそれ美味しいし、甘いものは別腹で」

 俺は戦闘服にして貰った。植物が育つように、ウリアのイメージで服に包まれる。

「曹長は?」

「おいおい、そりゃ試したいに決まってるがう」

「やりすぎないでくださいよ、もう火熊ホンモノより強いんですから」


         ☆


「ふーむ。まさか、だとは思わなかったよ、ネム曹長。相談する機会もあれば違った道もあったのだろうなあ……どうだ、降伏せんか?」

「ダイ大佐……いまはオフラインなんですね。どうやってデバイスの支配から脱したんです? そもそも脱しようなどとはのに」

「順序が違う。獣であろうとすれば、自然と『へそ』は不要になる――それで、どうして君は裸なのかね?」

「軍曹がまだ食い入ってる途中でしょうが。もう満腹?」

「我慢しますけど、それ自分のせいなんすかね?」

「バツ軍曹はどうだ、殺されかけて拗ねてしまったか」

「拗ねるとかじゃなくて普通は死んでますけどね。自分は選択肢ないです。あれ、それじゃ大佐の目的って何です?」

「ふーむ、嫁のためなんだが、まずは事情聴取だな」

「話し合いで良いのでは……嫁?」

「結婚したんだ。リンと。ウリア上等兵が蛇尾ひとでを攻撃した事件で情動が三歳児にリセットされてしまってな。諸君らを皆殺しにすると駄々っ子なのだ。かわいい」

 ……まさか。

〔情動を操作した。兵を差し向けるにも不自然ではなかろう〕

 手蔓縺てづるもづるを通じて木坤きりんが即答。この葉っぱやろう。

「あー、それ、ウリアのせいじゃないです。てか三歳児の心に付け込むとかコンプライアンスどうなってんだ」

「いや婚約していたし、知性と理性はそのままだし。かわいいし」

 彼女、息も荒く目から血を流す鬼の形相なんだけど。美しいけど。

「ま~、取り敢えず戦ってみればみんな納得するでしょ。『熊化ベアリング』」

 ネム曹長の裸身が炎に包まれる。妖気が強すぎるのだ。

 そして現れた火熊は……これは、いけない。調子に乗って作り込みすぎたね。


「熊?……殺す、熊ぜったい殺すゥ!」

 飯綱を展開し、狂ったように突進するリン伍長。

 爪でちょいっと空間を焼き裂いてあっさり止めるネム曹長。一点突破の突きでは相性最悪である。せめて鞭モードじゃないと。

「ふーむ、これはよくない。母子共に火熊の被害に遭っているからな……さて、それでは我々も始めるとするかね」

 パチッと、腰に留めた契光刀を外す。口調の軽さと威圧の重さ。

「そんな装備で大丈夫なのか」

 俺が用意したのはアルミの薄い大きめの円形盾ラウンドシールド。蓄把部は持ち手にしかない。

「あんま丈夫じゃないんすけどね。当たりませんのでッ!」

 先手を取る。

 大佐はを難なく避ける。

「急に槍が現れたな。これが策というわけか?」

「まだまだこれからですよ」

 今度は、盾に身を隠した状態のまま攻撃。

「ふーむ! その盾は、その槍を通すのだな。ならばその槍を頂こう!」

 素早く槍を掻い潜り、掴んで奪おうとする大佐。だが。

「なんと、敵に掴ませないような術式まで!」

「できれば傷付けたくないので」

 うそです。槍は幻影って気付こうよ。まあ盾だけしか持ってないって頭おかしいけど。

「ならばその盾を!――滑るよ! 滑るって! すっごい滑るよ!」

 仕込んだのは、契戒流妖術【戯汀あじゃらてい】の省エネ版である。

「こうなれば背後から! 契光流妖術【火食かじき】!」

「背後からって言っちゃだめでしょ」

 どっちにしろ当たんないけどな。

 発動条件は『背後から攻撃されると盾ごと反転』『盾を攻撃されると妖気の刃を受け流す』、ちょいちょい槍で時間を稼いでリロード、刀身が無防備な隙に【鉄蒐スティールスティール】で少しずつ侵食、デバイスの破壊を狙う。

「どうです大佐。これが異世界流、盾と槍の基本的戦法ですよ」

 煽る。徐々に削れてはいるが、妖気のリロードが足りない。こっちが持たないか。

「ぬううう……舐めおってええ!」

 やっばい、おキレ召された。

「小賢しい術でいつまでも凌げると思うなよ――」

 ダイ大佐は、左手でVの字を作り、その甲に契光刀の先を乗せた。まるでビリヤードのような構え。見たことあるけど、【単圧ひとえあつ】なら返せるのに。

 いや、これ絶対やっばい、盾の向こうでこれってフラグじゃん!

「契光流妖術――【重鱓おもうつぼ】!」

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