第10話 相対性理論というやつだな!

 中防にある物は全て金属製だ。ほぼアルミで、構造の芯材など一部が鉄。纏まると軽トラほどになるが、手を添える程度でここまで運んできた。妖術って凄い。

 テーブルは高さを変えられ、ベンチシートにもなる。クッションも背もたれも全部デバイスが判断して斥力場が展開される。妖術ってずるい。

 仕組みがわかっても見た目が不安なので、座らせたときのまま背中に手を回して寄り添ってしまっている。俺ってずるい。


「成人検査のときは、私は妖術の適性が低かったんだけど、獣に襲われて死にかけて……適合したのが、移植用に保存されてた、戦死した母親の目で……その後の検査で、なぜか母親と同じ適性になってることがわかって。それからは研究対象。前例がなかったし、今は死亡率も低いから、私だけの事例になるんだろうね」

 淡々と話す深い翡翠の瞳。両目ともそうだ。血の跡はもうない。

「母親の上官にとてもお世話になって。年下なんだけどね。妖精みたいに可愛いのに、強くて格好よくて……それで妖智舎ようちしゃに通って、十五歳で試験を受けて入隊したの」

 ……んん? 成人検査から、色々あって、十五歳?

「なんかすぐラクになったな。寝込むかと思ってたのに。癒されてるのかも」

 そう言って抱き付かれた。俺は癒されます確実に。


         ☆


 砕橋さいばしの使い方を教わってから中防を出た。担架なら二人で運ぶのかと思ったが、妖術で浮くのだ。二本の棒を展開すると、その間は透けるほど微細なネットになっている。もちろん浮くだけでなく、重要な治癒効果は、テーブルに載せて病床としても使える。

 わからなくなってくるよ。いや一度もわかってないけど。妖気はエネルギーで、妖術は科学技術なのか。魔法みたいにただそういうもんだと鵜呑みにもできず、理解の届きそうな物理っぽい仕様が心をくすぐる。俺ってメカ好きだったの?

 教わったものの砕橋さいばしは使わず、元気になったリン少尉と歩いて本部に向かう。なんでか腕にしがみつかれている。いいね。

 遠近感がおかしくなる建屋は不自然の極み。等間隔で巨大なキューブが三つ。窓は無く、光沢のある濃紺の外壁。妖気のせいで本当は違う色なのかも知れないが。

 中央の建屋の上には、体育館のような銀色のカマボコが見える。アナログ時計でも設置されていればまだ和むんだろうけど、そこにあるのは黄金の星。まさか国旗だったり。

 まるでエイリアンの拠点である。異世界だから異星だし、異星人なのか。俺が。


         ☆


 少尉と食事にすることにした。食事ができる状況なら、腹が減ったと感じてもいいと竜頭りゅうずに許可されるのか。便利だし仕方ないが、これでいいんだろうか。

 食堂はそこそこ人が居た。情報が筒抜けの超技術があっても、見た目で楽しむ大皿の回転寿司みたいなシステムが採用されているのが面白い。

 む、すぐそこに何かいる!

「こらー、レア食材を粉々に吹っ飛ばしちゃった悪い子お帰りかー」

 リン少尉の両脇からちっちゃな手が出て、おっきな胸を掴んだ。

「あんっ! もうやっぱり、ちょっと、少佐、ダメですぅ!」

 少尉は反射的に屈んでしまう。すると、その頭越しに銀髪が見えた。

「もう少佐じゃないっての……あんなちっちゃかったのに色々大きくなって、まだ心配させるかー」

 あの欲張りさんじゃないか。まさかずっと食堂に居たのか。しかしこれは、手がちっちゃいのか、胸がおっきいのかわからないな。相対性理論というやつだな!

「心配って、ごはん食べてるじゃないですかぁ」

「ガチャ回して疲れたし、これはおやつだ。『豚しゃぶはおやつ』――うん、いい響きだ。まぁ座れ、軍曹も。おろしポン酢は最高だぞ」

「でもお嬢ちゃん、またネギ塩豚カルビ丼なのな」

「座りますから、放してくださいぃ!」


 妖気を使うと腹が減るのだろうか。だが箸が進む理由はそれだけではない。

「お~軍曹、安心したぞ。どんどん食べとけ。ちなみにそのまま刺身でもいけるからな。ほら悪い子もどんどん食べて強くなるんだぞ」

「ひどいですー。必死だったんですー」

「じゃあ辛うじて残ってたレア食材『親火豚』の豚足をくれるとでも?」

「もうとっくに少佐に譲渡してますよぅ」

「んむ~! いい子~! 自慢の娘だね~」

 席の向かい側でワシャワシャする美少女の戯れ。身長差ありすぎて耳がキーンとなるが、仲睦まじくてよきかな。豚しゃぶ鍋の湯気が幻想を引き立たせる。

「そういえば、匂いなんですよ」

 二人にきょとんとされた。やっべ、独り言の延長だった。

「あのですね、リン少尉を抱っこしてるときに気付いたんです。匂いが遅れてくるなって」

「貴様、うちの娘にハスハスとは! なかなか見所のある若者だ。私もハスハス」

「あっ、ダメですって、娘にハスハスしちゃダメですー」

 周囲は穏やかなものである。これがいつも通りなの?

「えっとな、現在の技術では、外気の異常を感知してから除去するのは間に合わない。だから体表には処理された空気の層を作って、嗅覚情報は直接竜頭りゅうずで受け、実際の物質は余裕があるときだけ合成する仕組みなんだ。毒ガスは効かないし、少しなら真空にも耐えられる。何より――外を見ただろう。赤い地面」

「そういえば、赤かった、ような」

「あれ、まともに吸い続けたら塵肺で死ぬからな。獣対策で打ってるアンカーにも集塵機能を追加して、少しでも大気汚染を何とかしようとしてるんだ」

 真面目な口調。真面目な表情。真面目におっぱいを揉んでいる。

「ごはん食べれないですぅ」

「羨ましいな軍曹、もうすぐ合成じゃないハスハスできるんだから」

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