第16話 パンツじゃんこれ!

「にゃ~」

「にゃー」

 食堂に到着。

 来るとわかっていればどうということはない。真後ろから気配を消して声を掛けてきた子猫ちゃんに向き直り、しゃがんで、頭を撫でて応える。

 前髪は目に掛かりそう。瞳の色は黒というより、夜のような深さだ。

 俺もシャリシャリと頭を撫でられた。

「鏡を見てるようだね~」

「俺を見てそう思うの?」

 見つめ合って、そんな、けっこう人が居るのに、

 彼女は少しずつ近付いてきて、さくらんぼのような唇で――

「あいてて」

 顎先を噛まれた。さくらんぼの香りがした。

「おいしい。打たれ強そう」

 ペロリと顎を舐められた。味でわかるんか。

 繊細で艶やかな銀髪を肩の高さで纏めている。寄せているのではなく微妙に片寄っちゃっているのが雑だ。これは確かシュシュとかいうやつ。

「お嬢ちゃん、綺麗なんだから髪ちゃんとしたほうがいいよ。直してあげようか」

「えへへ~、朝一から口説かれた~」

「口説いてないけどまあいいや。これ外していい?」

「いいよ、いろんなとこ触っても」背を向ける少女。

「コンプライアンスには触れないから」

 子供の面倒を見る機会が多いので、ヘアゴムぐらいはちゃちゃっと弄れる。

 コシがあって元気な髪。黒い袴の中程まで届くストレート。すべすべ。どんなシャンプー使ってんだろ、って無いんだった。妖術すごい。

 すべすべだからズレてきちゃうのかな。するりと抵抗なくシュシュが抜ける。

 ピンクのシュシュ。白いレースが華麗にあしらわれている。

 うん。

「パンツじゃんこれ!」

「ここで私が悲鳴を上げるのだ。『きゃ~変態よ~』って。どう?」

「俺も必死に『きゃー変態よー』で対抗する。てかなにこれ」

「予備だよ。そうだ、いま穿き替えたら面白いかな」

 肩越しに目を細め、ゆっくりと袴をたくし上げる。白い――地下足袋だ。

「面白いけどまた今度な。腹減ったし……本当に綺麗な髪だね。ブラシいらないか」

「人間用のブラシは無いよ。髪もコーティングされてるから」

 パンツを眺め、縛ったときの見え方を考えて指先に纏める。これほど長い髪は初めてだが、手間はそれほど変わらない。ハリがあって扱いやすい。

 シュシュっと仕上げる。位置も模様も完璧。暗黒の巫女だな。上はボレロだけど。

「ありがとう。器用だなキミは」

「しかもズレないよう工夫してありますお嬢様」

「お礼にキミの朝食を用意してあげよう」

「お礼なのか。どっちにしろ決まってた?」


         ☆


 湯気の立つ二つの丼。レンゲまである。まさか異世界でも出会えるとは。

「食らうがいい。豚足ラーメンだ。レア食材『親火豚』とキミの戦果を合わせた初陣スペシャル。リン少尉の分は取ってあるから気にするな」

「せっかく少尉から脅し取ったのに分けてくれるの?」

「なんと人聞きの悪い。事実でも名誉毀損に抵るんだぞ」

「事実なんかい。でもありがとう。いただきます」

「……いいね。抵抗あるかと思った」

「戦果のこと? まあ、なくはないけど、殺し合いだからしょうがない。旨いし」

 レンゲでスープを掬う。てろってろ。啜る。旨味てろってろ。

「濃厚っぽいのにすっきり、旨い! でも豚骨なのに臭くない、なんで?」

「匂いも好みにできるよ」

「いやこれでいい。この塩の風味にマッチしてる。シェフを呼べ!」

「んむ、この完成度がわかるか。ここまで練り上げるのに三年かかった。塩は前線で探し当てた山塩だ」

「いい仕事してますねえ」

 麺を啜る。てろってろのスープが細麺と共にごっそり口に叩き込まれる。

 あっつ! うっま! コラーゲンたっぷり!

 少女はニマリとし、負けじと豪快に麺を啜り始めた。


 熱々ラーメンでも快適に食べられるのはいい。個々にエアコン付いているようなもんだし。途中から汁が飛び散るのも浄化任せで構わなくなった。こんなことで元の世界に戻れるんだろうか。

「ごちそうさま。旨かった。旨いだけじゃなくて、なんかパワー的なのがヤバい」

「妖獣は、妖気だけじゃなく格を食い合うんだ。キミの上昇値はすごいけど。それはそうと、八十点ぐらいか。私もまだまだだな」

「うわーごめん、気を悪くしないで。本当に旨かったんだけど、焼肉とかと違って初めての味で、豚足も初めて食べたし。すごい完成度だよ。俺の舌じゃ追いつかないよ」

「ラーメンには安心感も必要ってことだな。勉強になる」

 器に残った骨を眺める。ぷるぷるむちむちで旨かった。

「……敵を倒して、肉が得られるんだよな」

「そうだ。この国ではごく一部の研究以外、畜産はほとんど行なわれてない」

「なるほど――。なぜ金山奪還を急がないのか」

「岡目八目、こんなに早く気付かれるとはな。嫌悪するかと思ったよ」

「まあ、自分のことで手一杯だしな。俺は俺の格を譲らない」

「その手の上に……リン少尉は、乗っからないか?」

「突然だね」そういえば、昨日なにか言おうとしていたっけ。

「あの子、不安定に感じただろう」

「いいじゃん魅力的で。美しさと可愛さが両方そなわり最強に見えるよ。それに不安定って、竜頭りゅうずが何とかするんでしょ」

 少女は背もたれに寄りかかり、自分の腕を抱える。

「その竜頭りゅうずが――あの子の母親だとしても?」

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