第17話 え、簡単じゃん!

 竜頭りゅうずは自分の脳に同期して設定される。それが母親とはどういう意味か。

「あの子から、何を聞いた?」

「獣に襲われて、お母さんの目を移植したって」

「そうか……問題はな、目だけじゃないんだ。失ったのは、目だけじゃない」

 獣に襲われて、左目だけを失う。口にはしなかったが、そんなことがあるだろうか。

 少女は目を伏せ、思い出すように言葉を繋ぐ。

「その日、研究所だけでは大群を止めきれなくて、みやこまで襲われたんだ。まだ中部方面隊がなかった。純金の効果が次々にわかって、みんな浮かれてたのかもな。みやこの防衛隊が掃討を終えたとき、瀕死だったが、あの子はなんとか食われずに済んでいた。頭の左半分を失うだけで」

「……だけ?……死にかけた……だけ?」

「当時のデバイスでも、止血して心臓を動かし続けることはできた。まぁ普通は脳を失えばあっという間に妖気が尽きる。だがあの子は、頭部を修復するまで持ち堪えた。外も内も傷ひとつなくなった。映像を共有するみんなで喜び合った。あとは覚醒させるだけだ。方法はいくつかある……そこで、事故が起きた」

 少女は、両手で顔を覆い、ふうっと息を吐いた。手で手を包んで握る。

「軍用ネットワーク『蛇尾ひとで』から提案があった。軍用デバイス『輪枷りんか』を使えと。忌々しいことだが、すぐに議論が深まるんだ。普通に起こせばいいだろう。普通の人生を選ぶ権利はどうなる。反対意見は私を含め一割もなかった。彼女は普通なら死んでいて、手術をしなければ死んでいて、今も死んでいて、再び生き返るのではなく試験として好都合だと。死体を妖気で動かす研究もされてたしな」

 言葉が出ない。命がどうなっているのか、理解が追い付かない。

「最終的には、安全性で押し切られた。処理速度も容量も桁が違うから。用意された指輪を嵌めたのは、あの子の父親だ。あとは迷走する意識ごと竜頭りゅうずが設定されるだけだ。程なく、意識を統合されたあの子は目を覚まして、目の前に居た父親に言った」

 握った手が、いっそう白くなる。

「あなた、殺してやるって」


         ☆


 喋り疲れちゃったな~、とか言いながら杏仁豆腐とやらを二つ注文する少女。

「家庭で何かあったわけじゃないんだよ。錯乱してただけ。急に目から出血して、私も治療を手伝った。しばらく私が付きっきりでね、あの眼鏡は一緒にデザインしたんだ。二人でポッドに入って、あの子の膝の上で」

 杏仁豆腐とやらが届いた。はや。

「死体に妖気が数年も残留してることはないはずだけど、蛇尾ひとでにある膨大な本人の情報と、移植して生き返った脳と、娘の妖気が合わさるとどうなるのか、まぁ未だにわからない。だが少なくとも、竜頭りゅうずの設定を蛇尾ひとでに任せたのは失敗だった。現在は一つずつ設定を焼き込んで、妖気を遮断して渡すだろう」

「ああ、あのどこからでもちゃんと切れる袋」いい香り。普通の杏仁豆腐じゃん。「でもさ、脳が半々なら、竜頭りゅうずの設定も半々で混ざったりしないの?」

「あの子は妖術の適性が低かった。有利な脳を選択したのかもな」少女は杏仁豆腐を掬う。

「そういえば……昨日の夜、眼鏡してなかったんだけど」

「キミと居ると安定するそうだ。主導権を争うことがなくなるって。やるな、

「げふっげふっ!」

「……あの子に寄り添ってあげて欲しい。蛇尾ひとで合意コンセンサス竜頭りゅうずが対象だ。ならあの子はどうなるんだ。研究対象として本人の同意があるって、それは本当に本人なのか」

「何ができるってわけじゃないけど、少尉と竜頭りゅうずは別だよ。お母さんとか言われてもわからん」

「充分だ。そういう風に考えてくれるだけで」


         ☆


 療理科で他の隊員と一緒に講習を受けている。妖術の。

 妖智舎ようちしゃって所に行かなきゃ学べないのかと思っていたが、そういうわけではないようだ。缶詰のほうが限界が高いそうだが。

 リン少尉。いい。赤眼鏡いい。めっちゃ女教師。

「ほら軍曹。いやらしい目をしない。怪我人にいやらしいことしたら撃つよ?」

「爆散したくないです! さすがにそのぐらいの分別ありますって」めっちゃいい足してんだもん。

「軽く揉んどきます?」隣の巨乳さんが両手で持ち上げる。昨日もアピールされたな。少尉より大きいです。

「い、今はやめときます」

「それじゃまた後で」

「ほらそこ、アポ取らない! おいコラみんな走っとくかコラ?」

「さーせんした!」


 全員の机に、豚足が配られた。それと、ペンぐらいの大きさの契光刀。契光ペンだな。

「はい、今日は契闇流妖術【機張はたはり】を練習します。すぐにできなくても、突然できることがあるので、焦らずやっていきましょう。戦場では使えませんが、机に補助術式が入ってます。輪枷りんかのアシストも全部乗せでいきましょう」

 視界にマーカーが表示され、説明は竜頭りゅうずで直接理解する。

 契闇流妖術【機張はたはり】。界面を均質にしたり、境界を妖気で調整したり。簡単に言えば治療に使う。

 契光ペンで豚足の表皮に切り込みを入れる。切ったぐらいだから、切る前の界面はよくわかる。

「契闇流妖術――【機張はたはり】」

 なんでいちいち唱えるのかと思ったら、輪枷りんかのアシストを受けるためなんだな。デバイスを使わない場合は五芒星を切る。

 切り込んだ位置に契光ペンを当て、元の界面をイメージする。くっつくといいな。

 すると、切れている皮の両方がぼんやりと青く光り、溶接のように断面がオレンジ色に光ってくっつき始めた。

「え、簡単じゃん!」

 バチッ!

 皮が焼けて弾けた。

 いい匂い。うまそ。

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