第34話 無敵じゃね?

 暴風雨は治まりつつあった。

 森に踏み入ってしばらくすると、ときおり強風が吹き付けるほかは、木々の隙間から星空を楽しめるほど。

 傘なんてものは無い。空気層だ。

 雨が強いうちは形状が見えた。球形で、進行方向に尖った卵形になる。密度も一定ではない。反応さえ出来れば銃弾でも受け流せるだろう。火薬なんて使ったら挽肉だが。

 視界も良好。雨だとか、それ以前に夜だとか関係なく。

 昨日より歩くのも楽。慣れというより、木々も足元も全てがいるからだ。

 ヨウ中尉は【霊豹れいひょう】を喚んでいない。現在の周辺情報は主に二人によるものだ。

 木もまた妖気を持つ個体だが、ウリア上等兵はそれらを味方に付けることが出来る。杜斂人とれんとの頃かららしい。森の妖精だな。

 そこにリン少尉の契闇流妖術【版図はんと】が加わるとおかしなことになる。

 妖術には『敵性』とかいう、ともするとあやふやなキーワードが関わってくるのだが、【版図】は『味方』が輪枷りんかを使用していなくてもその情報を蛇尾ひとでに統合できる。ついさっき発見したこのコンボによって、かなり広範囲の森の情報を安全に入手できるのだ。

 星空を楽しめるのも仕方ないだろう。


「待って」

 少尉が制する。敵か?

「どうしよう、『火鳥ひとり』が居ます。休んでるみたい。気付かれてはいます」

 空気が緊張する。それほどまでの強敵なのか?

「まずいな。いや旨いんだが。引き返して応援を呼ぶか」

「さすがに一体相手に引き返すのは……でも応援の百や二百は出ると思いますけど」

 バケモンじゃないか。よし帰ろう!

「どうするか……そうだな、軍曹、何か考えろ」

「何かって、帰りましょうよ。戦力的に無理なんでしょ?」

「おい貴様、火鳥を知らないからそんなことが言えるんだぞ」

「どうにかならないかな軍曹」

「お願いしますよ軍曹」

「なんでそんな必死なんですか」

「旨いんだよ!」

 三人の声が重なる。曇りのない魂の叫びだ。そういや鳥はめったに獲れないんだってな。

 あーもう、竜頭りゅうずさん?

〔知性:『火鳥ひとり』は旨い。人生の最後に食べたいメニューには「但し、火鳥を除いて」という注釈がつく殿堂入り〕

 あーもう、そういうのいいから。

〔理性:妖気を感知し、妖気による攻撃は無効。妖気により飛行するため動作も機敏で夜間でも行動可能。物理攻撃耐性も極めて高い〕

 あーもう、無敵じゃね?

〔感性:というわけで基本的に余裕綽々、大胆不敵。こっちがワイヤネット用意するまでは基本的に無視〕

 それに賭けるか。

「一発勝負ですよ。逃げられたら諦めてくださいね」


         ☆


 高い木の枝に篝火が灯っている。

 目立つのも意に介さず。獲物を誘おうとでもいうのか。

 俺は下から睨む。みんなは木の裏側だ。とはいえ気付かれているだろう。

 火鳥は全く警戒していない。知能の高さか、馬鹿にしているのか。

 まあいい。肩の力を抜く。勝負だ。

 その高さまで、木の裏から透明な大鎌が襲いかかった。リン少尉の飯綱だ。見事な初撃。

 しかし、ダイヤモンドに次ぐ硬度と一撃しか保たない鋭さ偏重の攻撃でも、金属が擦れるような音と共に弾かれてしまった。

 受け流されるでもなく、一応は攻撃が届いた――そう認識するより早く、

「シッ!」

 俺は【単圧ひとえあつ】を叩き込む。

 火鳥はゲェゲェと不吉な鳴き声を上げ炎の翼を広げる。めっちゃデカい。タイミングは合っていたが全く効いていない。本当に妖気による攻撃は無効なのか?

 慌てたのか反撃するでもなく、そのまま羽ばたいて逃げようとする脚に触手が絡み付いた。ウリアだ。この勝負の要。

 なんと、接している木からも触手を出せるようになったそうだ。どうして試そうと思ったんだろう。

 さらに複数の触手が動きを封じようと巻き付くが、炎が輝きを増すと全て燃え尽きてしまった。

 火鳥は飛び立つ――

「逃がすかッ!」

 飛び掛かった中尉が、両の十手から伸びた輝く刃で両翼を斬り落としたのだ。完全に気配を消して、触手でその高さまで運んでおいたのである。

 かなりの高さから落ちてきた少女は、事も無げにふわりと着地する。かっこいい。かっこいいのだが。

 件の金色の〝シュシュ〟を着けた彼女に声を掛ける。

「あの……パンツも金色なんですね」

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