第6話 最高っした!

「これはまずいね、キャリブレーションできてない」

 療理りょうり科の奥にある小部屋の一室。リン少尉と二人きり。

 赤眼鏡はいいものだ。キュンキュンするのだ。

 耳に掛かる部分も縁と同じ赤だが、その間のの部分は金属光沢のある星形。極細契光刀というか、妖気で目に何かするデバイスなんだろう。

 左手を握られ、もう片手で頬に触れられ、目を合わせられる。困惑。俺のデバイスチェックをした少尉は違う意味で困惑しているようだ。

「でも閣下から連絡とかなかったし……何かあったの?」

「正直よくわからないです。自分がだったのがめっちゃショックだったみたいで」

「そっか……よし。あまり時間ないから無理やりパパッとやっちゃうか」そう言うと少尉は、俺と同じ黒の戦闘服――俺がこの世界で最初に渡され今も着ている服――の上着を脱いだ。インナーは黒のブラトップ。CMでつい見ちゃうアレ。

「えっとあの、どうしましょう……」すんごい美人のすんごいプロポーション。沈静化が機能していない。

「どう思う?」

「すんごい……大きいです」

「視界の右上に歯車のマークがあるのわかる?」

 スルーしないで。ああ、今の今まで気付かなかったけど、あった。これ設定だな。正確には視界じゃなくて意識の内だ。

「ありました。開きました」

「普通は五歳と十五歳で精密検査するんだけど」リン少尉は俺の両手を取る。「知性は条件を摺り合わせ、理性は条件を問わない。だから本人と竜頭りゅうずの齟齬は自然に埋まる。けど感性はそうはいかない。というより感性って生命に直結してるから、非生命の竜頭りゅうずとの齟齬は埋めようがない。それでも、戦場でその乖離は致命的になる」

 そして少尉は、握った俺の両手を――すんごい胸に押し当てた。

「おっほ、ありがとうございます! 恐縮です!」

 ああなぜだ、こんなに柔らかいのにどうしてここに位置取れる。どっか行っちゃったりしないのか。いや違う、どこにも行かないよう俺が責任持って支える必要があるのでは?

「感性の項目あるでしょ。それ開くと、沈静化のレベルがわかるから。沈静化って、自分が認識できてない状況を取り敢えず遮断して凌ぐだけで、感性に知性や理性が介入したり、感性だけで感性自体を正当化したりする〝異世界スタイル〟をやめないと、正確な補正率がわからない。はい、感性を解放して。おっぱい好き?」

「……はい、好きです」

「自分と向き合え! 何が恥ずかしいんだ! 私のおっぱいが好きか軍曹!」

「はい! 少尉のおっぱいが大好きです!」

「うーん。まぁ、数値的にはこんなもんかな。戦闘には支障ないレベルだと思う。続きはオフ炉だね」

「はい! ありがとうございました!」名残惜しいが手を離す。ついさっきも言われたような……お風呂って何?

 上着を着た少尉に続いて小部屋を出ると、二十人ぐらいがニマニマしている。療理科の人々だ。女性も少なくない。

「どうでした軍曹」「こっちの世界代表クラスですよ」「ついでに私のもどうですか」

 ここはひとつビシッと言ってやるか。「最高っした! あざした!」

「敬語は要らないよ軍曹。キミがナンバー2だから。みんなは後で罰走ね」


         ☆


 療理科は中盤に展開した。軽度の治療は輪枷りんかで済むため、その役割は、ダメージを受け押されている所に加勢し、担架にもできる契光刀の長槍版――『砕橋さいばし』と呼ばれている――で防衛ラインを押し戻すこと。取り回しが悪いが、チャージできる妖気が多い一撃向きで、先端部に強力な斥力場を発生することに特化している。担架モードには延命効果があるようだ。

 俺はというと、最後方。リン少尉の護衛、って扱い。周囲には征刀せいとう科を主とした本部防衛隊が五十人ほど展開している。現状ここまでは突破されない想定。

「いきなり前線はないよ。コンプライアンスがあるし」

 なんというホワイト、とか思いながら俺は竜頭りゅうずを頼りにちゃっちゃと中間防衛拠点、通称『中防』を設営する。重傷者は療理科が中防に運び込む。

 指定された機材を指定された場所に置くと、僅かな妖気で柱や屋根が展開されていく。すぐそこが基地だけど、今回は俺の訓練を兼ねてとのこと。

 あっという間に設営が終わり、少尉と共にモニターを見る。モニターは実在しない。蛇尾ひとでからの情報を双方の竜頭りゅうずが共通認識にしているのだ。

「この施設、連邦軍錬金術研究所の目的のひとつが、純金を節約して広範囲で獣の被害を減らすことなの。前方には金山、後方にはみやこがある、その中間。でも金山が獣に呑まれて数年経った今も一進一退。現場からすれば金山奪還に戦力を集中すればリターンも大きいと思うんだけど、連邦内で折り合いがつかないみたい」

「連邦全部が蛇尾ひとでを使ってるわけじゃないんですか?」

「仕組みを理解しないと、ただの共産主義に見えるだろうしね。今はまだ共通の敵がいるけど、状況次第でどうなるか」

 なんとなくだが、わかる。このシステムは軍隊に向きすぎている。警戒もされるだろう。

「それで今回の件なんだけど、獣の種類や数に応じて、有効な純金の量や配置を調査するためにアンカーを打ち込んでるのね。その打ったばかりのアンカーが破壊されて、少数の獣に前線を突破された。破壊され突破されたのか、その逆かはわからないけど、敵種別は全て純金の効果が薄い『火豚ひぶた』、数は二十前後」

 すぐに竜頭りゅうずが助けてくれる。


〔知性:人を含め、獣は火を恐れる。それを狩りに活かす獣も多い。物理的に火を吹くものから、妖気の放出を火に見せ掛けるものまで、総称して『火罠獣ひわなじゅう』と呼ぶ。召喚が簡単で数の多い『火豚ひぶた』は、低い姿勢で素早く、纏った火の輪郭が残像となり、それだけを突撃させることもできる。妖気が強いと残像まで実在化することがある。旨い〕


 なるほど。

「つまり『火罠獣』との戦いで『火豚』を斬って墜とすってことですね!」

「戦国時代じゃないんだから今は誰も『火罠獣』なんて言わないよ。それに基本は防御、特にキミにはハンデがあるの忘れてない?」

「再チャージに期待できないので、一撃必殺かなと思ってたんですが。数を減らせれば、再チャージの時間も稼げるかなと」

 少尉は赤眼鏡に軽く触れる。

「おおー。手持ちのカードで出来るだけのことを考えてるんだね。さすが格闘家……もし戦闘があるとしてもまだ猶予あるから、手札を増やしてみる?」

 リン少尉は契光刀を胸元に持ち、小首を傾げた。かわいい。やさしくしてください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る