第7話 ひどいことしないっす!
つくづく、鉄の剣を振り回すような世界に飛ばされなくて良かったと思う。
夢中になって見ていた深夜アニメでも、ほっそいのにおっぱいな美少女が、音速を超えているんじゃないかというスピードで、金属製の剣をピシュピシュと指揮棒かなんかのように華麗に振り回していた。アニメだから仕方ない。このガタイでバチバチ鍛えている俺でも無理だ。型を仕上げるだけでも数年掛かるだろう。
実戦に至っては絶対無理。命懸けの運ゲーなんて御免だ。想像でしかないが少し考えてみよう。
重量を活かすために円軌道を止めないように立ち回る。攻撃より防御重視。無理に変化させずとも防御できる確率の高い軌道を通るように型は組み立てられるはず。
攻撃については、見切られたら終わり。最低でも防御させ、五分以上に持ち込まないと仕掛ける意味がない。弱気を見切った強気の先手、逆に弱気で誘う心理戦も必要か。
剣、本体、或いは盾など、双方の持つ複数の質量体の慣性をコントロールし、自分はもちろん相手とすら運動エネルギーを移し替えながら、相手の有利な体勢で自分が不利な体勢にならないように、相手が不利な体勢になるところで自分が有利な体勢になるように頑張るのだろう。生死すら様式美。良く言えば。
内臓や血液は固定されているわけではない。骨格や筋肉の素材としての強度そのものなど、人体には様々な物理限界がある。常人が鉄の剣で軽々と戦うには、内界や外界を、魔法とか不思議スキルとかで超越するしかない。あるレベルまで物理を超越したなら、そのレベルまでの物理は形骸化してしまうと思うが、超越同士の衝突の結果は物理に依存するのだろうか。
一方俺は、アルミの刀で軽々と戦えそうだ。つくづく良かったと思う。
☆
「なんか構えが綺麗なんだけど、経験あるの?」
正眼に構える俺に対し、リン少尉は契光刀を右手で持ち、左手は腰の後ろに隠して半身で構える。いえいえ貴女のほうが綺麗ですって。
「真似事ですよ。これと同じサイズの武器で戦うスポーツがあるんです」と言いつつ、実家ではたまに竹刀を振っていた。筋肉でどうにかなる部分は満足しておきたいのだ。
おいおい、本部防衛隊がみんな見てるよ。
「コツは後で教えるとして、取り敢えずやってみようか。双方、訓練モード……設定完了。開始。相手に当たる直前に妖気で弾かれるから、思い切りやっていいよ」
「では!」即、踏み込んで面を狙う。ずるくないよ。まずは様子見。
振った方向に刃が形成されるとはこういうことか。刀身から無数に青白い光の棘が生え、それが全て対象に向くのだ。つまり命中時にはこの棘が全て対象に刺さる。刀という形状から、それが刃に見えるということだ。妖気を最大限に叩き込む仕組み。
少尉は最小の動き、というか刀を立てるだけ。その先端付近に青く透明なフィルムが広がるように見えた。これが斥力場か。
衝突。オレンジ色の光と共に、互いの刀身が弾かれる。
そこで――少尉は互いの弾かれた空間、オレンジ色の残像に刀を押し込んでから、元の体勢に戻った。
リロードに差が出来る。
軽く突きを放たれた。狙いは手だ。武器の軽さを活かし、隙を無くしてダメージを積み重ねる戦法だろう。型通りな感じだけど……蹴りはナシだよね。左手には何も持ってないよね。
妖気がチャージされていなければ斥力場は発生しない。刀の耐久は……少なくとも妖気の攻撃に対しては期待できないんだろうな。
どうしようかな。刀で防御さえされなきゃ、妖気が無くてもこんな棒で殴ればただじゃ済まないだろうし、この浅さならカウンターできそうだけど、それってこの訓練の趣旨に反するんじゃないだろうか……なにこれ。退屈だな。
取り敢えず横に避ける。横薙ぎに変化させてきた。だろうね。後ろに躱す。形成された刃がどれぐらい持続するのか見たかったが、これだとちょっとわからないな。ただ相手の
妖気は溜まったかな。有効ラインが七割程度、ってもう八割以上あるんだけど。俺ってチャージ速度半分なんじゃないの?
まあいいや。詰んだ。終わりにしよう。
「っしゃああああッ!」
一応威圧。
そしたら、
リン少尉は腰を抜かした。同時に警報。
〔知性:これは訓練です〕〔理性:攻撃の再考を〕〔感性:技だけじゃなくて空気も読もうよ〕
「ふぇ……ふぇぇぇ……こぁぃぃ……」
な、なな泣いた? 泣かした?
「っ妖気の、っ回収っ、教えるのっ、にっ、殺されるっ、ひどぃぃ!」
えー、思い切りやっていいって〔感性:そういうとこだぞ〕ですよねー。
「大丈夫っす! 殺さないっす! ひどいことしないっす!」
もうね、本部防衛隊全員から滲み出る冷たい妖気。怒りというか困惑というか、君には心底失望したというか。俺も泣きたい。
しゃがんだら、少尉はガバっと抱き付いてきた。おっほ。実にありがたい感触が広がる。ここはヨシヨシしといたほうがいいの?
☆
「防御重視なら、盾とかどうですかね?」
中防に戻り落ち着いたリン少尉に、そう切り出してみる。
支援が主な療理科の中でも、彼女は妖術による治療のため完全に後方要員なのだと。向き合った時も構えが綺麗すぎて、相手を観察する感じじゃなかったな。最低限の自衛しか訓練していないのだろう。少尉悪くないよ、型と装備が悪いんだよ的な方向性で話を進めていこう。
「でも盾じゃ攻撃できないよ。リーチもないし」
「盾は腕に装備すれば、どっちも持てるんじゃないでしょうか。妖気の回収テクはやり辛そうだけど、斥力場が使えなくても一度でも物理で受けられて、邪魔なら捨てればいいので」
「デバイス多いと、ドライバーの調整が難しくなるのよ。リロードのバランスが悪くなったり。眼鏡は外せないし」
「眼鏡は外せませんね!」大事なことなので繰り返しました。
「……ありがとう。初心者相手ならとか甘すぎた。対人って模擬戦すらしたことなかったから反省だわ。自衛ぐらいはしっかりするよ」
「大丈夫です。少尉には豚足一本触らせませんから」
「フフッ、期待してる。でも獣相手なら――」
そう呟いた彼女は眼鏡を、いや左目を覆う。
指の隙間から見えた瞳に、寒気を覚える。
ついさっき至近距離で目を合わせたはずだ。左右の瞳の色は違ったか?
憎悪の色に。
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