第47話 もふ。

 森の中から森の中。こっちは昼間か。あまり気温が高くないのがわかる。わかる、というのは、何度だろうが空気層で快適なので。

「や、やだなあ中尉、急にどっか行ったのは申し訳ないっすけど」

 肩をすくめる。両腕は無い。

 転移酔いも含め、完全に避けられないタイミングだった。というか攻撃が重なっていた。リスキルか。待ち構えるなんてことできるのか。転移を誘引する召喚陣みたいなのかな。

 無表情。無造作。いつも以上に連発される撃滅の刃。輪枷りんかが無いのはまずいな。正確にいえば、輪枷りんかも両腕も無いのにあんま動けるのはまずいよな。

 狙った地点とは少し違うが許容範囲。下がりながら誘導する。

 竈馬を倒した場所へ。

 崖が近付く。勝ちが見えてきた。今のところ全て読み勝って釣れている。

 斬り掛かりに合わせて飛び退く。

 崖っぷち。最後の集中。

 首狙いの上段。屈んで躱す。

 回転して胴。崖の中空へ飛び退く。勝った!

 倒れ込むように踏み込んで回転する中尉。

 なんて綺麗なんだろう、彼女の滑るように流れる銀髪が、

 俺の首を刎ねた。

「……任務完了。依代は始末した」

 クールな喋り方もかわいい――


         ☆


 あーあ、スウェットさっそくノースリーブだよ。

 着地して、落ちてきた頭をリフティングして乗っける。逆さま。あらよっと。

 カサカサカサ。

 うん、そうきたか。合流して、なりに相談してこうなったんだろう。

 両腕は混ざり、ちょっと脚が多いナナフシになって戻ってきた。袖は無い。残念。

「ぎゃーッ!」

「うわっ、なになに?」

 いつの間にか火熊が居た。なんかほにゃっとしているなと思ったら、頭のてっぺんをピンクのリボンで結んでいる。

 カサカサカサ。

 巨大ナナフシが体を這い上がってくる。さすがにきめえ。

「ぎゃーッ!」

「……森へ、お帰り?」

 火熊はそれを聞いて、背を丸めすごすごと森の奥へ去って行く。

「って違~う!」

「バツ軍曹、ただいま帰還しました。ネム大尉」

「ご苦労。だがネムだ。よろしくがう」


         ☆


「半分熊どころじゃないですね」

「そういうキミは狂気の領域じゃないか。どうやって自我を保ってるんだ?」

 ネム曹長は熊化ベアリング、俺は光学迷彩ではなくちゃんと火熊に変身した。森に馴染む熊二匹。

 想定外だったのは、妖気を吸う禍々しい血のようだった森の色合いが、緑の木々になっていたこと。生き延びるため、吸った妖気で進化したのだろう。獣の気配はしないが。

 そんな木の根元に寄り掛かりながら、バックハグでひなたぼっこである。もふ。

「まだまだ駆け出し錬金術士ですよ。覚悟は決めてましたけど、うまくいったのはたまたまです」

 危なかった。【環弁リヴォルヴィングヴァルヴ】は概念を切り替えるだけだから基本的に常時展開しているが、相手が相手だけに奇襲を受けたときは集中が切れそうだった。俺の欠片の最小概念は『仲間と合流』にしてある。集まると『考えて合流』になる。どっかで見たイメージの延長。それでも、自力で分離はまだ掛かりそう。まだ怖い。

「錬金術って、そういうんだっけぇ……」

「それより、中尉に斬られたのと関係ありますかね。その……降格?」

「これはまぁ、ボクにも立場があったしな。最終的には自分の意志が優先されるが、士官のままというわけにはいかない。符筒ふつつ科ものですがよろしくがう」

「ではぜひ教災科に、ってそうか、あの隊長も立場があると」

「姫さまは特別だよ。伝説の女傑、カカ大将の依代だからね」

 曹長は、少しモジモジとした。俺の状態のせいである。おうふ。

「……そろそろ落ち着かんと思うが、どうかなぁ?」

せっかく熊ですし、せっく、セッションしちゃいます?」


         ☆


 大自然に祝福される感覚を緩やかに味わいながら、気を紛らわせるようにアーカイブの展開を行なう。俺も曹長も蛇尾ひとでに接続できないが、有線通信セッションしているので全情報を共有できるのだ。

「やっぱり無傷ってわけにはいかなかったですね。竜頭りゅうずが三割程度しか機能してないです」

「感性が停止してるのか。オンラインだとすぐ代わりが入るんだけど。カカ大将はキミの竜頭りゅうずに退避してたんだな。なぜかキミも依代としての資質があるようだし」

「なんでわざわざ」

「御大将が命を賭したのは世界のためだ。人間だけの、ましてみやこだけのためじゃない。蛇尾ひとでで繋がる我々にはその遺志が歪められることもないのに、それを……みやこは全ての獣の命を縛ろうとしてるんだ。それを阻止しようと御大将は蛇尾ひとでを離れ、姫さまは蛇尾ひとでに沈められそうなわけ」

「先進的な世界かと思ってたんすけど、なんすかその生贄的なイベント」

「成り立ちが奴隷だからな。首輪もあるし」

「そう首輪、気になってたんすよ。輪枷りんかですか? 逆らうと死ぬとか」

「いや、『へそ』だよ。ボクは戦闘中に運良くお腹に風穴が開いてね。本来ならそれだけじゃ支配から脱することはできないんだけど、故障に備えて趣味で作ってた自作デバイスを組み込んだんだ。そしたら出るわ出るわこの世の真実。すぐにボクに関する情報を偽装したよ……これも何かの導きかも知れないけど」

「自分は首輪なしでよかったんすかね」

「よくないから消されたんじゃん。輪枷りんかの偽装もバレたし。キミ派手に活躍しすぎ」

 徐々に本能が勝り、頂に向けて二匹で派手に活躍する。

「キミが戻ったことだし、あと一人、キミが首輪を外した子は何とかしてくれよ」

「誰です?」

「後ろに居るだろ」

 後ろは木である。

「えっ……ああ!――あッ!――」

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