第37話 奥義の代償――
深い森の闇の中。
広大な穴から進み出ようと蠢く赤黒い肉の山。闇の中でも補整された映像が、瞬く星空と共に視界に入っても違和感を覚えなくなっている。
「――『■■■』解錠――」
怪物を前に五芒星を切りながら呟いた少女の言葉は、きっと小さすぎて聞き取れなかった。
怯えてなどいない。
次の言葉ははっきりと聞こえたから。
「契闇流妖術奥義――【
空中に描かれた五芒星が広がり、対角線で角度を付けて折れ曲がりながらスライドし、球形に近い多面体となる。五芒星は五角形の周りに五つの三角形があるが、それを隣の五芒星と共有する形だ。十二の五芒星が組み上げる正確な立体。
見上げるほどに拡張したその光の檻が、内側から燃え盛る炎で溶かされた。
炎が形作るのは、虎だ。毛並みの燃え盛る大きな虎。
虎は主の元で蹲る。蹲っても、頭のサイズだけでも少女並みだが。
「中尉、そいつは……大丈夫なんですか?」
どんな怪物も、みんなで力を合わせればどうにかなるさ。でもこいつはどうにもならないさ。
「ん、可愛いだろう。軍曹ぐらいならペロリだがね」
ヨウ中尉は、紅蓮の虎をワシワシと撫でる。この炎は敵性しか焼かないのだろう。あれ、なら食べられたりしないんじゃ……まあいいや確かめなくても。味方でよかったってことで。
すると正面に在る小山――『
ギギギギギ……
怪物はところどころ筋肉を膨らませ、反動でおぞましく骨を軋ませる。それを腕と呼ぶべきなのか、肉と骨が融合し不規則に爪が飛び出た朽木のような凶器が振りかぶられた。
「さ、行っておいで」
その背をポンと叩かれるや否や、虎は炎の軌跡を残し怪物に飛び掛かる。空を駆ける尋常じゃない速度。空気抵抗や重力など、何ら束縛を受けない不自然な動き。駆けるように見えるのは、俺がそう感じているだけなのか。
それでも、怪物の腕は巨大に過ぎた。はたき落とされる――そのはずの虎は突進を止めず、爪を揮えば肉塊がボロボロと吹き飛ぶ。爪にあまり意味はないのだろうか。なぜなら、虎に触れればどこでも砕けていくから。
「物理攻撃は無効だ。押し留めることもできない。あらゆる力は吸収され、敵性は形を維持できなくなる」
「怖えー!」
さすが奥義。竈馬も積極的に触れなくなるが、その巨体ゆえダメージは微々たるものだ。
赤黒い肉のそこかしこに、フジツボのような強固な傘と、その中心から生える白い角が見える。
雷を放った。
「怖えー!」
案の定、虎には効かなかった。そこはいいのだが。
まず、
その雷は、虎に当たらずすり抜ける。これ流れ弾どうするんだ。
そして、その流れ弾、というか直撃弾を反射的に【
一瞬でいろんなことが起きてわけがわからない。
「あれは見た目だけだ。三発程度なら空気層で防げる。気負うな。まぁ捌き切れなくなったら私を盾にしろ」
「できるかーッ!」
「大丈夫だ。流れ弾すら私には当たらない。私に対するあらゆる敵性は、必ず
「範囲攻撃とか」
「関係ない。私には当たらない。私の陰に入れなきゃキミには当たるけど。今なら爆弾を飲んでも私には当たらない」
「物理も妖術も、定番の術者狙いも無効って」
「いかんのか?」
「朗報ですね」
☆
「まずいな……まずいぞ……」
虎は竈馬の体内に潜り込んで暴れているはずだ。これまた定番のコア狙いだったようだが、これほどの巨体となれば捗らないということか。
「こいつ、中を変形させるのが速い。ほとんど攻撃が当たらない」
今までの召喚体と違い情報が共有されていないが、召喚主は詳細な様子がわかるのだろう。
「まあまあ、焦らずじっくりいきましょうよ。こっちは無敵なんだし」
「……あらゆる攻撃が無効。そんな妖術に代償が無いと思うか?」
「それ先に言ってくださいよ。時間を掛けられないんですね?」
「すぐ終わると思ったんだがな~」
「リン少尉、ヨウ中尉を撃ってください。全力で」
話は伝わっていて、すぐにとんでもない妖気を感じ、命中せずに掻き消える。
「お~、中が粉々になった。こういう当たり方するんだな」
中尉の意識を
「確認があります」中尉に話し掛けると同時に、ウリアに俺の考えを伝える。結構できるもんだな。
「さっき爆弾を飲むとか言ってましたが、爆圧だけが転送されるんでしょうか。残骸はどうなります?」
「ほんとに飲ませるつもりか。爆弾ごとだ。敵性だからな」
「リン少尉の、飯綱が転送されたりしなかったですよね」
「罪を憎んで人を憎まずだ」
「わからんなあ。えっと、悪気なく、胃で膨らむ何かとかは?」
「私を傷付けるなら敵性だ。虎が肩代わりする……なるほどな。それが虎を攻撃しないなら上手くいくだろう」
ウリアに送った通信を把握したようで、ニヤリと笑う。
「軍曹、ご注文の品、準備できましたよ」近くの木が動く。
「よし、試しに一粒撃って」
ぱくっ。
ヨウ中尉の口に木の実が飛び込む。
ぽりっ。ぽりっ。
「にがぁい」
「噛むなー! アホかーッ!」
☆
採掘現場のようだった広大な穴は、不気味な色合いの木々で埋め尽くされた。
妖獣に寄生し、妖気を吸い尽くすことに特化した植物は、やがて枯れてしまうのだろう。
この場所に『
背負った少女は、とてもよく眠っている。軽い割にしっかりと気持ちいい感触。
起きているときのほうがずっと気持ちいいけれど。
目覚めはいつになるのだろうか。
これが奥義の代償――
〔どうした、辛気臭い顔して〕
「ファー! びっくりした! え、大丈夫なんですか?」
〔体を動かせなくなるだけだからな。存分に弄ぶがいい〕
「どうせなら起きてるときにしますよ」
〔だから……起こして欲しいんだ……妖気を注ぎ込んで〕
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