第36話 そういえば!
獲物を旨そうと思うとき、獲物もまた旨そうと思っているのだ。
「あんなに戦死者が出てるなんて」
「こっちじゃない。山の向こう側だ……それにしても多すぎるが。戦闘だけとは思えないし、最悪畜産も覚悟する必要が出てきたな」
言い方からして、向こう側は他国なのか。連邦なんだろうか。
「そっちの調子はどうだ?」
「
「
「まぁそんなもんだろう。二人は後ろから援護。軍曹と前に出る。目標は
わかりやすくなった。集中しよう。
「
「そんなルールないけど採用!」
そこで通知音。間に合った。
「軍曹、アップデートだ。状況は確認してる。『許可』を選択しろ」
内容は緊迫しているが、ネム大尉のほにゃほにゃボイス。ヨウ中尉を見ると頷く。
視界右上で点滅している更新マークを意識し、展開されたメッセージもろくに認識せず『許可』する。大丈夫、俺より前に
飯綱にも組み込まれている新技術、オンラインアップデートである。俺のグローブが第二号。
そう。グローブに詰め込まれているのはISBNではなくVCBNなのだ。もちろんただ詰めただけで、今まではただのクッションだったわけだ。近接せざるを得ないとき、空気層だけを頼りにあんなのグーで殴るのは出来れば避けたかったが、これで大幅強化である。
「アップデート完了。成功だ。試してみろ」大尉の声。
イメージしながら軽くシャドーボクシング。リーチは契光刀ほどではないが、不可視の爪が空間を切り裂くのがわかる。
「ポン付けって感じだったが本格的になってきたじゃないか。名前はどうするんだ?」
「また名前ですか。グローブでいいんじゃないすかね」
「命を預けて一緒に戦うんだぞ」
「確かに。んじゃ……ベアーク……ウルヴァ……えー、『武蔵』で」
「いいな。不思議な響きだ」
そういえば、言葉って通じているんだな。
「そういえば! 中尉! 火鳥どうやって斬ったんですか!」
「今さらかー! もう行くぞ!」
「えー、武器の名前決めたのに」
「名前は大事だろ!」
「名前といえば! 大尉、ありがとうございました」
「ノイズが酷くなるまで見てるから、頑張れみんな」
☆
ヨウ中尉の流れる銀髪を追う。
必死なのに、この子とんでもないことを始めたよ。
急にこっちを向いて背走しながらデバイスの説明。スピード変わらず。悔しい。
「こんな感じで、中にタングステン製のボールチェーンが入ってるんだ。これを伸ばして妖気を纏わせて、さらにプラズマで覆う」
「しかも二本ずつ。防ぎようがないですね」
「お腹すくけどな」
「あー。そういうことなんですか」
彼女は前へ向き直る。
「この辺で待とう。来るぞ」
敵だ。一匹目だ。
絶叫。太い木の根がローキックを放ったのである。ウリアの『
立ち上がろうとするその頭に【
といっても無力化優先。
中尉はというと、変わらず無造作。あれに斬られると死ぬのだ。わかりやすい。
殺気を覚え、飛び退いて躱す。空気層を掠める衝撃。
「視線でバレバレなんだよね。
「さすがだな軍曹。だから前に出て貰ったんだ。後ろが安全になるからな」
といっても飛び道具。火球に比べてかなり危険だ。即座にリン少尉とのコラボ射撃で応射すると呆気なく倒れた。何らかの防御手段が通用しなかったようだ。
停滞することなく敵の数が減り続ける。奴らの油断だが、仕方ないだろう。たった四人だし。
どうにもならないと判断したのか、一斉に退却していく。
作戦目標である、竈のほうへ。
☆
気を引き締め、あの悪夢の映像に向き合うことを覚悟したのだが、木々の先にあったのは採掘現場のような広大な穴だった。
獣の気配は、この一体しかない。
穴の中で蠢いているのは、肉だ。歪に混ぜ合わさり、そこかしこから骨が飛び出ている。まともに体躯を構成しようという意図がなさそうだ。
「竈……馬……」
「お~、それいただき。対象を『
ぐぐっと、ぐうーっと起き上がる。体というか山が膨らんだというか。
「ちょ、これもう、戦うとかじゃないですよね」
火象とかなら攻略法を考える。だが建築物とか、いや地形とかと戦う奴はいないだろう。
「まぁ、確かにな。それでもこれを研究所に近付けるわけにいかないだろ」
「でも来ちゃいますよ」
竈の周囲に並べられた、明確な意志を思い出してしまう。
「軍曹――私を、守ってくれる?」
「もちろんです」
改めて問われ、当然即答する。
ヨウ中尉はふわりと笑みを浮かべると、両の十手を腰に収める。
怪物を見据え、人差し指と中指を揃えて五芒星を描く。
どんな妖術も軽々と放つ彼女が、嵐のように妖気を高めて成すことは。
「契闇流妖術奥義――」
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