第29話 いい脚してますね……

 竜頭りゅうずが無い状態というのが、もうわからない。

 契光刀を握れば、経験だけでなく曖昧な記憶からすら技術を抽出し、この世界のセオリーをアレンジしながら即戦力として通用する。

 体術に関しては覚えが早いというのもあるが、知識については説明のしようがない。

 契光刀のグリップ含め、あらゆる場所に使用されるクッション状の白い物質――『ISBNイマジナリーサスペンデッドボロンナイトライド』――窒化硼素の白色粉末を妖気で結合したものだが、これを武器に使えないかと提案したのだ。俺が。

 考えるのは面白い。知識が増えれば選択肢はどんどん広がる。

 俺は格闘家だが、将来もそうだと言い切れない。

 今の俺はもう、今の俺でない俺には戻れないのだ。


「まだデバイスを作るプリンターの調整段階です。しばらくお待ちください少佐」

「何を仰いますやら大尉、こちらこそ無理なお願いを申し訳ありません」

「ほう、よく見ればなかなかの上玉。苦しゅうない、近う寄れ」

「あ~れ~お戯れを~」

 ヨウ中尉がクルクルとスピンし、同じ身長の二人でX字の決めポーズ。新手のダンスなの?

「古典芸能か」

「やだかわいい」

 いろんな感想が飛び交う。

 中尉の腰を抱いているのがネム大尉。工廠と呼ばれるここ『符筒ふつつ科』で試作を担当している。錬金術研究所の工廠が、名目上は中部方面隊の符筒科に吸収された形のようだ。支援部隊だから合併できたのだろう。

 モフっとした濃いブラウンのショートカット。ちっちゃさも相俟ってほにゃっと可愛い。はっとする鮮烈さを持つ浮き世離れした印象のヨウ中尉と違い、親しみやすいクラスメイト感。胸はほにゃもないけど。

 上着は黒の戦闘服、というか作業服なのかな。下は黒のショートパンツ。

 絶対領域が眩しい。

 そうなのだ。問題はそこではない。

 絶対領域ということは、その下側に境界があるわけで。

 これは、ニーソックスなのか。ブーツなのか。

「地毛だよ。バツ軍曹」眠気が混じったような喋り方。

 ……熊だ。脚が熊なのだ。髪色と同じ、いやどっち側が同じなんだろうか。フォルムが人間っぽくなっているのが異様だが、足の爪まで熊なのだ。そういうブーツかと思いたいが地毛なのだと。つまり、脚の態を態々熊にしたのか。

「実験だよ。バツ軍曹」やばい、ジロジロ見すぎた。大尉は気にする感じもなく、今度は中尉にクルっと回されX字の決めポーズ。モフモフしているがゴツくはない。それでも単純な性能では、俺はこの脚には勝てないだろう。

「諸君も知ってるその戦場で脚をバッサリやられてね。回収することもできたんだけど、折角だし火象を吹っ飛ばす爆弾に使った。悪食め、あっさり食い付いてざまぁないぜハハッ!」

「切断された自分の脚にあの一瞬で術式を書き込む胆力、無様に寝てただけの奴に見習わせたい」

「まだ言ってるの。それじゃ、体で償って貰おうかね」大尉の手が胸を揉む。「ボクは少佐を守れて、命を懸けた甲斐もあるってもんだけどね」

「古典芸能か」

「やだかわいい」

「感想違くね? それにしても、いい脚してますね」

「うわー、ぞわっと来た。噂通りの達人なんだな――」

 ニヤリとしたネム大尉の姿がぼんやりと赤く光ったかと思ったら、肩にふにっとした感触。目にまだ残像があるその人が肩車状態なのだ。獣のような残像に合わせて妖術で姿を消し、ノーモーションで飛び乗ったのだろう。今の俺ごとき瞬殺できる人だらけだ。

「――さぁ、確かめ給え」

「おっほ、ありがとうございます!」

 顔をむにっと絶対領域で挟まれ思考が嗜好で上書きされる。微かにミントの香り。脚を撫でてみる。もふもふ。

「うわー、膝、うわこいつ膝、いきなり膝!」

 もふもふしながら膝こしょこしょ。

「はい終了!」飛び降りて逃げられてしまった。ヨウ中尉の後ろで震えている。

「いい脚してますね……」

「がう!」

「引くわー、そういう触り方しないでしょ普通」

「本当に自重しないな」

「おいおい、事案で解散とか勘弁してくれよ」


         ☆


「――それで妖気を補うため、一か八か抜き出した火熊の心臓を脚の断面に接合したのね。結果的には運良く増援が来るまで持ったんだけど、その後遺症で半分熊になっちゃって。〝ベアリング〟という奴だね。蜂蜜大好き。がう。ちなみに嘘だから。キャラ作りだから。代謝制御あるんだから熊くっつけて熊になるわけないじゃん。大人に騙されるなよ軍曹」

 話が長い。これが元祖教災科か。眠そうに喋るからさらに長いのが本当に困る。

「なんというか、女性が強い世界ですよね」

「バランスだよ。男性は体の強さを生かした攻撃、女性は妖気量を生かした防御。妖術の幅広さは派手だけど、男性が地味でも体張ってくれなきゃ作戦なんて組み立てられない」

「え、女性のほうが妖気多いんですか?」

「生体の『蓄把部ちくわぶ』があるからね……あれ、契光刀でいう刀身が蓄把部ね。妖気を貯めておく場所。大きければいいわけでもなくて、蓄把部の保護にも妖気が使われるから。あとは金属の重量とか稀少度とか、構造と機能の兼ね合いとか、研究も際限ないよ符筒科。合併することになって、移籍に応じて良かった」

 興味あるけど、申し訳なくも端折る。

「金属じゃなくて、生体の蓄把部ですか?」

「子宮だよ」

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