第5話 黙ってりゃな!

 コツソ少将は、普通にスライドドアを開けて出て行った。いや普通じゃなかった、肩をぶつけて、立ち止まって、溜め息をついてからトボトボ出て行った。結局なんで隠れて来たのかわからなかったが、俺も普通に出ていいんだよな。

 あー、そういえば俺はもうリン少尉の部下だ。メッセージアプリ的なのあるだろうか。

「もしもし、『竜頭りゅうず』さん?」

 左手を近付け、試しに輪枷りんかに話し掛けてみる。


〔理性:あなたが考えていることは我々も考えています。我々が考えた過程も結果も、あなたは


 これは凄い。対象が明確でないと駄目みたいだが、記憶を探るかのようにしっかり集中して、知ろうとしたらことになる。便利だし、ヒラメキってことで慣れていくしかないかな。

 リン少尉は俺の状態を把握していて、指示あるまで自由行動、と。

 色々あった。一旦落ち着いて、なんか食うか。朝から何も食ってないし。食堂とかあるかな。

 スライドドアを開ける。

「にゃ~」

「ファー! びっくりした!」

 視界に入らなかった。なんか銀髪のちっちゃい子が見上げている。変な声が出たじゃないか。油断しすぎだ俺、疲れてんのか?

「異世界召喚全裸筋肉君、蛇尾ひとでのトレンド、もはやキミ一色だぞ。ご飯にしようかと思ってたんだが、わざわざ調べて誘いに来てやったというわけだ。さあ行こう。何を食べたいかと言えば焼肉だよな。私も全く同意見だ。毎昼とまでは言わないが昼焼肉は獣退治の活力だな。さあ行こう」

「ちょ、情報量多い、手を引っ張らないで」しかし会話とはキャッチボール、一球も返せないのは悔しい。「や、焼肉、お兄ちゃんも好きだよ」

「えっ……出会ってすぐコクるとか、ラノベ主人公なのか貴様は。私も好きよ。特にその打たれ強そうな顎。ダウン取られても最後には勝つタイプのほうが応援し甲斐あるよね。でも私はまだ筋肉より焼肉ってお年頃。フレンチキスより豚タンに夢中。ほんと豚タンって無限に食べれるから」

 キャッチボールじゃなかった。バッティングセンターだった。バッターを狙って連射するタイプの。悔しい。そしてさらに増え続ける情報。ラノベはあるのね。でもラノベ主人公って告らなくね。いや諦めるな俺、一球ずつだ。

「お父さんかお母さんがここに居るのかな、お嬢ちゃん?」

 シンプルな短いボレロジャケット。近所の私立がこんな感じだった。お嬢様だ。インナーはレースのVネックに袴を穿いている。そういうデザインのワンピースかも知れない。全て黒地を赤いラインで締めた統一感が制服っぽい。とてもお嬢様だ――黙ってりゃな!

「両親は居ないな。保護者ってわけでもないが、ここに居るのはじーちゃ……御爺様だ。世界屈指の錬金術師、この連邦軍錬金術研究所の所長でもあるコツソ少将閣下だ」

「だから情報量多い、今度はさすがに多すぎ、妖術に対応できてないのに錬金術って何だ、一旦落ち着こう、一旦忘れよう。よし。つまり閣下のお孫さんで、執務室に連れてきゃいいのかな」

「じーちゃも誘うか、それもいいな……んむ~、会議中だ。無茶するから……それより早く行こう。焼肉が冷めちゃうぞ」

「大丈夫、まだ焼いてないから引っ張らないで、わかった、わかったから」食事にしようと決めた途端、腹が鳴り出した。竜頭りゅうずがコントロールしているのか。


         ☆


「いやいや、キミの世界では豚レバ刺し食べれないのか? 妖術がなかろうが、科学者が何とかすればいいだろう。誰か研究支援しないのか。国は何をしている!」

 連れてこられたのは食堂。めっちゃ広い。大皿の回転寿司みたい。朝には遅く、昼には早い時間のせいか、人は疎らである。

 全て無料――どころか〝財産〟や〝取引〟というものが無い。所有権や社会的評価その他、ありとあらゆるものが蛇尾ひとでに管理されている。人々に自由意志はあるのだが、社会の要求に応えたくなるよう、様々な課題に対して自分がどう貢献できるか具体的に明示されている。機能依存度を上げれば個人でも全ての情報を把握し、自ら高速で正確な分析によって合理的な判断に至れるようだ。

 指輪もしていないし、まあ当然こんなちっちゃい子は軍関係者ではないだろう。少女が大変ご立腹なのは、この世界でもデバイスの使用に年齢制限があるのか……いや、口調こそ熱を帯びているが、口元に熱を帯びた豚タンを運ぶ表情は至福そのものだけれど。

はレバ刺し以前に食糧問題がね……豚レバ刺し初めて食べたけど濃厚だな。馬とは違うんだ。これはラッキーかも」

「ほふはほむぐむぐむぐ……んむっ、どんどん食べないと食料庫ごと食べちゃうぞ」

「俺はいいけどきっと叱られちゃうんじゃないかな。あとそれ、ライスじゃなくてネギ塩豚カルビ丼なんだね。欲張りさんだね」

「おかわり。ポチっと」

「欲張りさんだね」

 それにしても旨い。何もかも旨さの次元が違う。

 素材の質が違う。妖術で処理し、鮮度や熟成をコントロールしている。食の安全などというものは当然で、旨味への執念を感じざるを得ない。

 味覚を刺激する方法が三種類からある。天然の調味料をベースに、妖術で調味料を合成、そしてデバイスで味覚の感性を拡張する。これらを組み合わせて、体調や経験、提供したときの反応を加味して調整してくる。今も目の前で、焼肉の付けダレの味すら進化している。最初、どの肉の付けダレも一つの皿にしようとしたら怒られた。焼肉奉行だ。しかしこの旨さの前なら頷ける。

 極薄で大きめのホットプレートで焼かれては消えていく各種肉の山を眺めながら、俺はちまちま骨付きカルビを焼いてはレタスで巻いてちまちま食べている。そのガタイで、と散々言われてきたが、これがマイ焼肉エースだ。

「これ煙も出ないし油も散らないし完璧な焼加減だけど、やっぱ妖術?」

「焼加減はだけだ。その食べ終わった骨とかは置けば分解されるよ。レタスは冷やすこともできる。豚カツはこれだと美味しくないからやめといたほうがいい」

「できるのか。妖術わけわからんな」

「妖術のない世界で生活するほうがわけわからんよ。術式だけじゃなくて、妖気もないの?」

「妖気はあるっぽい。妖気を感じると髪が立つ人も居るし」

「そのうち妖術が編み出されるといいね。それより食が細いなぁ。そんなんでオフのほうは大丈夫なの?」

「いや、なんか感覚に慣れなくて……ってオフのほう?」

「オフ炉タイム」

「お風呂タイム?」

「……うん、まぁ、初回は決まりだろう。上官だし。これからスタミナ付けて頑張れ。みんな順番待ちみたいだから――」

 そのとき、警報が鳴った。


〔総員警戒。総員警戒。最深部テストアンカー破損。繰り返す――〕


「軍曹、聞こえる?」まるで目の前に居るかの如く明瞭に、リン少尉に呼びかけられたと解る。

「少尉、聞こえます」実はもう蛇尾ひとで経由で遣り取りは済んでいる。慣れない俺のために会話をしてくれているのだ。

「落ち着いて、指定した場所に来て」

「了解、向かいます」

 少女は眉を顰め、銀髪を撫で付け天井を見ている。「ちょ~っと奥すぎたかなぁ……」

「というわけで何か大変なことになったみたいだから、お兄ちゃん行くね!」

「おう。落ち着いてな、

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