第41話 俺は心が狭い。

「まあ天狗様とか捨て置いてだな、まだ続けるのかい。今回は酷かったろう。ここまでされても呼ばんし。恐怖までは消せないんだから……」

「痛みも死もない。怖いわけない。私は苦しみ抜いて死を選んだんです。怖いものなんてない。面白かったですよ、こいつらどこまでやるのかなって。それより約束、忘れてませんよね?」

「待とうよ! 何なの、撮影とかなの? 危うく殺すとこだったんだけど!」

「うるさいなぁ天狗さまぁ。ノルマ一人減ったかと思ったのに」

「ノルマって」

「助ける振りしてもどうせ男なんて、私に乱暴する気なんでしょ? エロ同人みたいに!」

「え、天狗だと思ってたんじゃないんすか?」

「救いなんて――この世界に、天狗なんて居ない!」

 しがみつく腕に力がこもる。そうなのだ。口調に反してずっとしがみついて離れないのだ。極薄でも空気層の隔たりはあるが、プニプニ感は伝わる。欲求不満でもそそらないけど。なんか怖いし。

「おら天狗様よう、興奮してないでとっとと荷台に乗れや」

 そう言って爺さんは男達の近くでしゃがむ。

「――――術――【存備】――」

つよし君、はもういいよ。そんなことが出来るなら下を隠せばいいのに」

「おおっ、その発想はなかったです!」

 何でもよかったが、天狗は解除してスウェットの映像にした。後で探さないとな。

「よし、引き揚げるぞ」

 連中のいかがわしいデカい車を覗いた爺さんが戻ってきた。

 その背後で、奴らが、びくんと跳ね起きる。いいバネしてんじゃん。

 のそのそと全員が車に乗り込んで、走り出してしまった。山の上のほうへ。

 なんか建物あったっけ。

「ケツの毛まで毟ったる」

 身を粉にして働かせるってことだろうか。更生施設かな。


         ☆


 軽トラの荷台にシートを据え付けてある。公道では使えないが、私有地でスピードも出さないしな。

 彼女も乗ったことがあるようだ。荷台に飛び乗り、席に誘導しようとしたが、自らスムーズに着席した。場所がのだろうか。

 走り出しても全く揺れない軽トラ。

 今ならこのおかしさがわかる。俺の空気層の性能ではない。衝撃を軽減するのではなく消滅させている。まるで妖気の盾のように。

 道路はさらにおかしい。ざらついた樹皮のような舗装だが、この広大な土地にどれだけの道路があるのか。子供の頃から遊んでいたのに、充分な道幅のある滑らかなコース、計算された勾配、雨水も通し、雪も積もらず、夏でも熱くならない道路に疑問を持ったことがなかった。いくら掛かるんだ?

 たくさんの建物があるはずだ。でも俺はトレーニングと称して森のほんの一部で遊ぶばかりで、〝ビースト〟と呼ばれた爺さんを映像で知るのみだ。今は何をしているんだ?

「普通」

「ん?」

「顔が普通。フツメン。ふつう面を取ったらイケメンじゃないの?」

「爺さんに言って」めんどくさい。目を合わせたくない。

「汚い女とか思ってる?」

「思ってないっすよ」めんどくさいから目を合わせたくない。怖くない。怖い。

「この車すごいよね、揺れないし」周りを見渡す。んだ。

「揺れないし、ヤってみる?」笑いながら胸元を広げているみたいだが見たくない。めんどくさいから怖い。

「ねぇ……こっち見てよ。人と話すときは目を合わせるんだよ?」

 合わせられないよ。

 だって、それ。目玉じゃないじゃん。


         ☆


 家に着いて、彼女は駅へ送られていった。喋らなかった。ごめん。俺は心が狭い。

 心の闇が、あの深淵で増幅してしまうのだろうか。これから何人があの奈落に沈むのか。

「トレーニングは捗ったか?」

「あ! 何日も連絡もしないですんませんした……何日もかわかんないすけど」

「おとといの朝からだ。おととい来やがれなんてな」

「うわあ面白い、日数が合わない!」

 正直言って世界のどこか、最悪宇宙のどこかと思っていたが、あっちのほうが一日が長いのにこれだ。

 本当に異世界……。

「それで、トレーニングは捗ったのか?」

「ああ、はい、それはもう別次元で」

「見せてみろ」

 爺さん、今日はリストウェイト着けてるな。黒塗りの鉄製。この外見だから罪人の手枷っぽい。

「それ、外さないんすか?」

「こっちは重いが武器になる。見せてみろ。最新のデバイスの性能を」

 舗装されただだっ広い駐車場。車は家の近くに数台があるのみだ。

 今の俺だと怪我じゃ済まないからな。様子を見ながら慎重に――

 ギャキイッ!

 爺さんの裏拳。特に防御しなかったが、手は大丈夫か?

「信じられんな。そんな指輪だけで、防御性能単体でも遙かに性能が高いとは」

 この衝撃からして、何かを展開しているのだろう。まさかその手枷なのか?

 まあいいや。移動しながら丁寧にジャブを刺していく。打ち込みこそ全力じゃないが、実力は見せないとな。本気で移動しようとすると、やはり重力の違いを感じる。ちょっと重い。

 数発で防御を突破した。どや。

「こんなとこです」

「大したもんだ。デバイスの性能だけではない。よい師に出会えたのだな」

「はい!」

 脳裏に浮かんだのは艶めかしい曲面だったが。頭を振る。

「妖術を使ってもいいか?」

「使えるんですか!……はい、どうぞ」

 すげえな爺さん。まあ俺の防御は抜けないだろ。ヤバいやつは溜めで反応するか。

「【鉄蒐スティールスティール】」

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