第2話 それはエロいですね!

 召喚のパワー的なのを回復するのかと思ったが、コンプライアンスがどうとかで休憩だそうだ。

 俺はコツソ少将に連れられ、彼の執務室に居る。大丈夫。服は貰った。全裸でこのソファには座れない。

 先程の遣り取りを思い返す。尋問しようと囲む数人を押して、話があるからと少将は俺を連れ出したのだ。ああ、途中でロッカールームに寄った。そこまで余裕で全裸。反応したら負けなのか、なぜかみんなリアクション薄いというか、流行ってんの全裸?

「いいのですか、お忙しいでしょうに、自分など構って頂いて」所長が一対一でという理由がわからない。率直に聞いてみる。

「いい、と申しましょうか……もはや焦っても致し方ない状況なのですよ」少将は窓の外を見遣る。何かを待っているような。迷っているような。

 しかしこれは、痒い。あの爺さんの顔で敬語を遣われるとか痒い。

 大会のために鍛えてきたが、その前にひとつ大会が増えるだけだ。俺は、覚悟の準備をすることにした。

「閣下。自分は生まれたときから格闘家です。学生ではありますが、戦い以外の将来があるとは思えません。戦場があるのなら、自分は戦います」

 少将は僅かに眉を顰めたが、すぐに笑って応えた。

「生半可な鍛え方でないのは見てわかる。今は召喚陣から猫が出ようが前線送りだ。当てにさせて貰うぞ」

「はっ!」軽く頭を下げる。真似事だけどいい。これいい。ぽい。テンション上がる。

 また少将は僅かに眉を顰め、窓の外を見遣る。

「――君には――御爺様がおられるのだな」

 うわ、さっきのか。さっきの爺さん呼ばわりの件か。あの銀髪丸刈り爺さんと一緒にするのは失礼だった!

「恐縮です。それがあまりに瓜二つでして。いえ、品格は閣下には遠く及ばず」

「やめんか気持ち悪い。元気でおられるのか?」

「それはもう病気知らずで」

「そうか」

 生え際の後退したオールバックの銀髪を撫で付け、少将は遠くを、ずっと遠くを見ているようだった。

 そして何かを決意したかのようにこちらへ向き直る。

「立て。場所を移す」

 慌てず無駄なく素早く立ち上がる。いよいよ前線送りか。何を倒すんだろう。

「殺気のようなもの、圧力のようなもの、存在感のようなもの、そういったものを出来るだけ抑えろ」

「は、い。わかりました」

 うそですわかりません。だが呼吸を整え、言われた通りに力を抜く。

 それを見て少将は、人差し指と中指を揃えて五芒星を描き、何かを唱える。

 やっぱり異世界なんだな。

契闇流けいあんりゅう妖術――【貌喰かおぐらい】」


         ☆


「【貌喰かおぐらい】――」コツソ少将は同じ術を自らにも掛ける。するとどうだ、その姿がゆっくりと部屋の背景に溶けていくのだ。いきなり探せと言われれば無理だろうが、視線を外していないので消えたわけではないのがわかる。確かにそこに居る。カメラでもあれば写真は撮れるかも知れない。だが何と言うか、存在感が希薄どころか皆無なのだ。俺の、どの感覚が、どこを捉えているのだろう。

 少将は楽しそうに告げる。

「足元だ。いま我々の存在は、厚さの無い足の平になっている」

 おおお。わかる。足の形が見えるわけでも、形が変わっているわけでもない。自分の手を探っても、手の位置は同じだと感じる。むしろ探っている自分の存在ごと曖昧なのだろう。

「気分は悪くないか。術を掛けたのは俺だが、維持しているのは君の妖気だ。維持しなければ解ける」

「妖気、自分にもあるんですね。疲労感とかも全く無いです」

「結構。その筋肉は伊達ではないようだな。当面は体力が妖気の基礎と思って構わん。妖気の回復量や気絶耐性の要ともなるからな」

 願ったりである。この筋肉は異世界でも通用する。

「この状態ではほぼ妖術を受けない。ほぼ認識されないからな。物理的影響も完全に垂直方向でなければ受けない。仮に範囲攻撃が真上で発生したとしても大半は無効になる」

「奇襲どころか突撃し放題じゃないですか」

「こちらも垂直方向にしか干渉できんぞ。足元まで近付けばさすがにバレる。発動も解除も非常に遅いから、攻撃して掛け直して安全に退散というわけにはいかん。ネタが割れれば挽肉だ」

 これは、散々研究されているな。当然か。

「そろそろ移動するぞ。話しながら行こう。離れるなよ。あっという間に声が届かなくなる」

「かなり感覚は掴めてきたんですが、ドアはどうやって開けるんでしょうか」

「厚さが無いんだぞ。壁を抜ければいいだろう」

「それはエロいですね!」

「はっきり言う。気に入った」

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