第51話 閑話 シロガネ 12
全力で、一歩踏み出します。
まとわりつく空気が重たく感じます。
身体能力に加え、知覚、思考速度にも補正がかかっているようです。
空気の流れが、感じられます。
質量を持った壁のように、立ちはだかり、わたくしの動きを邪魔してきます。
このまま進むと危険です。霊感スキルが勝手に発動しました。
咄嗟に方向転換し、イブの横に回り込むように足を進めます。
イブはわたくしの全速力に易々と合わせて、ショートソードを滑らせるように斬りつけてきます。
こちらも、地面を踏みしめ、全力で右手の籠手を、ショートソードに向け打ち合わせていきます。
ほとばしる衝撃波。
つばぜり合いになった二人を中心に、生じた衝撃波が室内を蹂躙します。
拮抗する力と力。
横目で、衝撃波で撥ね飛ばされた兵達が急いで撤退するのが見えます。残念なことに、イブの取り巻きの歌う兵士たちは健在のようですね。
さらに踏ん張り、石の床を砕きながら、力を込めていきます。
このまま押し込むっ。
と思った時には、軽くいなされ、イブに逃げられてします。
逃げながらイブから放たれた一撃。
仰け反り、前髪を切り裂かれながら、何とか、かわします。
お互い距離を取ります。
どうやら、力では僅かにわたくしが優勢ですが、速度はイブが速いようです。
一体どれだけの速度なのか。人間とは到底思えません。
イブの最後の一撃は、僅かに速度が鈍った感じがしました。
もしかして。
わたくしは仮説を確かめるため、再びイブに向かって突貫します。
今度もまた、空気の壁が立ちはだかります。
しかし、今回は逆らわずに、そのまま突っ込みます。
的確にわたくしの首を狙い、放たれるイブの斬撃。
わたくしは空気の抵抗を最大限いかし、急制動をかけて、剣先を避けようとします。
あと数ミリ、避けきれません。
剣先が喉を切り裂く一瞬前、やはり剣先の速度が僅かに遅くなります。
その僅かな時間で上体を後ろに倒し、そのまま右足で蹴りあげます。
イブは剣を振り切って流れた体勢をものともせず、左肘でわたくしの蹴り上げを受けきります。
わたくしは無理せず、そのまま離脱します。
初めてイブに有効打をあたえました。
そして、仮説は正しかったようです。
わたくしを取り巻くこの白銀の祝福は僅かに防御機能があるようです。
今のままでも、イブの剣を少し遅れさせるぐらいの力を持っていました。
わたくしは、イブの回りをゆっくりまわりながら、隙を伺います。
その動きをカモフラージュに、自らを取り巻く白銀の祝福に意識を集中させます。
今、少し動きました。
この白銀の光、僅かですが動かせます。
わたくしはこそっと無手の左手に、白銀の光を集め始めます。そこに、自分自身の魔力を上乗せしていきます。
なんだか混じりあっている感覚がします。
行ってみます、かっ。
三度目の突貫をかけます。
今度は左右に体を振り、フェイントをかけてみます。
──イブは全然引っ掛かりません。
仕方なく、出来るだけ姿勢を低くし、下から突き上げるように右手を渾身の力を込め、打ち付けます。
再度巻き起こる衝撃波。ホールはすっかりボロボロです。
つばぜり合いをしながら、今度はわたくしがいなします。
イブは姿勢を全く崩しません。
失敗です。
しかし、さすがのイブも僅かばかりの隙を見せます。
その隙に目掛け、魔力をこっそり貯めていた左手を伸ばします。
あと少しっ。
──急に目の前が真っ暗になります。
もしかして、これはシャドーですか?
攻撃を急遽取り止め、防御姿勢を取りますが、残撃のくる気配がありません。
かわりに遠くからイブの声が告げます。
「知らせが入った。遊びは終わり。じゃあね」
そのままイブと取り巻きの兵士達が立ち去る気配。
一人、ぽつんと残された、わたくし。いつの間にか、シャドーとおぼしき影も消えています。
あまりの急展開に思考が追い付きません。
見逃されたのでしょうか。それとも、本当にわたくしと戦うよりも重要な知らせとやらがあったのでしょうか。とすると、あのシャドー?
「カルドと繋がっている……」
見逃されたかもしれない悔しさと、生き残れた安堵。戦い足りない欲求不満が混じりあって、頭はぐちゃぐちゃです。
昂る気持ちを無理矢理静め、意識を何とか切り替えます。
今は急ぎ脱出するのが最優先です。
わたくしは出口を求め、走り出しました。
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