第20話 閑話 イブ 1
わたしはイブ。
今日はこれから見学実習に行く。雨の朝。
わたしの名は『雨をもたらすもの』。『死の使い手』たるパパと、『狼のまなこ』たるママの最初の娘。
今のわたしはイブ。部族の名は秘密の名前だから。
こちらの女の子の名前で、唯一知っていたのが、イブ。
だからイブと名乗っている。
わたしの人生の岐路には雨が降るらしい。カルドに出会った時も雨の夜だった。
朦朧とする意識の中、カルドの最初の印象は、この世のものではない、何か、だった。
今でもカルドが何を考えているのか、わからないことが多い。
居場所をくれたこと、大事にされていることはわかる。
今も、見学実習に向かうわたしのために、ショートソードをくれた。
子供用にわざわざ特別に誂えたものだろう。長さがちょうど良い。
指南所で借りているナイフの反対側の腰に装着する。剣帯の着け方も指南所で習っていたので素早く済ませ、お礼を言った。
カルドは本当に沢山のものをくれた。でも、最初の印象は拭えない。
もしかしたら彼はわたしの部族に伝わる予言された者かもしれない。彼のような人間を他に見たことがないから。
わたしの部族では代々、守り手たる女衆が口伝てで予言を伝えてきた。
わたしの母の『狼の目』も、守り手の一人として予言の口伝をわたしに教えてくれていた。母は最高の歌い手だった。口伝は歌になっている。
「深く深く、大地の底、魂を焼く熱が産まれる。大地に嫌われた熱が地に昇る。
そは、終焉の遠吠え。荒野に響く遠吠え。
遠吠えは、大河に大波を起こす一滴の雫を生む。
生まれし雫は大河を呑み込み、広く広く大地を覆う。
焼けたる野には争いが沸き上がる。
争いは争いを運び大地を染める。
雫により、雨がうまれる。
雨よ争いを静めたまえ。
北に目を向けよ北に目を向けよ。
全ての災いと悲しみは北にある。」
わたしが知っているのはここまで。
わたしが母から全ての予言を教わる前に、わたしの部族はわたしを残して死に絶えてしまった。
わたしより前にも雨を名乗る者は産まれてきたけど、皆、予言されし者ではなかった。
そして今、雨はわたし一人だけ。
わたしが予言されしものなのかもしれない。
そうだとしたら、わたしのせいで父も母も殺されてしまった。
北からの災いが憎い。
でも、わたしはわたしの運命がもっと憎い。
わたしは運命に抗いたい。
母が、そして母の母が、一族の女たちが、大事に守ってきた予言の歌はすでに途中で失われてしまった。
だから、わたしは力が。欲しい。
わたしは雨の中西門まで見送りに来てくれたカルドに別れを告げ、見学実習に出発する。
先頭は教官のロベルト師。最後尾にロベルト師の元教え子で、現役の傭兵のトーマスさん。彼は本日1日護衛として雇われている。
普段も彼はたまに指南所に顔をだしているので顔馴染みだ。
一緒に行く生徒は今回五名。友人のアリシア。彼女はボーラをメインに使うので隊の中央。アリシアを中心に、二時の方角に今回参加の最年長のエド。四時の方角に、足の早さが一番のハリー。八時の方角がわたし。十時の方向に背が高いエル。エドだけブロードソードを腰に差しているが、あとは皆ナイフを持っている。
持ってくる武器は今回の見学実習では重りの役割。
ロベルト師もわざわざ、実習中に武器を抜いたら失格だと告げていた。
わたしたちの通う剣術指南所は傭兵用の技術をメインに学んでいる。野外行動中に魔物や獣に出会ったら戦わずに済ませるのが最優先。
だって実際の戦場に着くまでに傭兵が戦いで疲弊していたら何の役にも立たないもの。
今回の実習でも、それは同じ。
魔物や動物は発見次第回避、やり過ごしが基本。見つかったらいかに戦わずに済ますかが大切。
だから、私たち生徒の持っている武器は、普段自分達が使う物と同じものを長時間携帯して行軍、緊急時にどれだけ邪魔になるかを身に染みさせるために持ってきている。
もちろんロベルト師はそんなことは言わないけど、普段の訓練から考えたらすぐわかること。
わたしはそれをしっかり理解している。
ロベルト師もわたしが理解していることを理解している。
だから今朝、わたしがショートソードを腰に下げて来ても、一瞥しただけでロベルト師は何も言わなかった。
たぶん、わたしが意識的に自分に更なる枷を増やしていると思われたはず。
わたしはカルドの好意を無駄にしたくなかっただけ。
たとえ全く意味のない、逆に行動を阻害するばかりの好意であったとしても。
シャドーのロイのこともそう。彼は素晴らしい。完璧な隠身は種族が違うとはいえ、学べる所が多い。
ただ、今回の戦闘回避の実習においてはあまり意味はないけど。
少なくともカルドは私たちが戦闘になると想定していたはず。
そうしているうちに、最初の休憩ポイントに到着する。
雨の場合の休憩ポイントは大きな岩の影になっている。
誰も何も言わないまま、あらかじめ決められた通りに各自が行動する。
わたしは最初の五分間の見張り。
雨が避けられる岩の影は雨の時は有り難いが、只でさえ雨で視界が悪いなか、視野が遮ぎられるため見張りの重要性は高まる。
他の四名は最低限の身嗜みを整え、体を休める。
どれぐらい動いたらどれぐらい疲れ、どれぐらい休んだらどれぐらい回復するか。自分の体を把握するのも今回の実習の大事な目標の一つ。
ロベルト師とトーマスさんが少しはなれた所で小声で相談している。
漏れ聞く話を聞くと、どうやら静かすぎることが気になるらしい。
実習を中止するか相談しているみたいだ。
中止になったら残念だな、とわたしが思いながら見張りをしていると、視界のすみを何かが過った。
(こちらに気づいて接近してきている!)
そこまで考えた所で、精一杯の声を出して叫んだ。
「敵襲ーっ!」
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