第21話 閑話 イブ 2

 叫んだ顔のすぐ横を何かが走り抜ける。風切り音が頬をうつ。


 振り返ると、アリシアの右目から矢じりが突き立っていた。


 アリシアっ!

 悲鳴が、喉で詰まる。


 一瞬の静寂が訪れる。


 ゆっくりと崩れるように倒れるアリシア。

 まるで糸の切れたマリオネット。


 アリシアが倒れきると同時に、世界に、騒音が溢れる。


 叫ぶロベルト師。


「ハリー! 町へ走れっ」


 荷物をすべて捨て、走り出すハリー。


(ああ、訓練通り荷物のパージ、出来てる。ハリー、良く練習していたものね)


 おかしい。


 アリシアが死んだのに、世界はこんなに五月蝿いのに。


 わたしのまわりだけ、静かだ。

 まるで時の流れが澱んで、音が届かないかのように。

 雨音さえ、遠い。


 皆の動きが、細部までゆっくりと、良く見える。



 トーマスがアリシアの腰からボーラを取る。


 エドとエルはロベルト師の元に駆ける。


 敵が殺到する。


 濁流のように溢れ出す敵、敵、敵。


 わたしはこれで実習は不合格かと、埒もないことを考えながらナイフとショートソードを両手に構える。


 カルドに感謝。


「ん、ロイ?」


 カルドのことを考えたタイミングで、ロイの意思がわたしに流れ込んでくる。


 ロイのやりたいことが、直接、頭に伝わってくる。


(わかったわ。わたしの動きを補佐してくれるのね)


 その時、トーマスがようやくポーラをとり、先頭の敵に投げる。


 どうやらロイとのやり取りは、一瞬のことだったらしい。


 ポーラが先頭の敵の足に巻き付き、敵が一匹、濡れた地面へ倒れこむ。


 しかし後続の敵達は止まらない。


 転んだ敵を踏み潰し、踏み殺し、変わらず怒濤のように向かってくる。


 わたしが先頭。

 余分な力を全て抜き、ただ、自然体になって濁流と化した敵を、待ち構える。


 ロイが教えてくれる。

 今だよ、と。


 優しく、右手のショートソードを滑らせるように伸ばす。


 雨の雫の隙間を縫うように伸びる剣先。ロイの誘導に身を委ねる。

 先頭の敵の動脈を剣先がそっと切り裂き、視界が真っ赤に染まる。


 ロイのスキル、シャドーバインド。影を通して対象を束縛するスキル。繋がった意識を通して、そのイメージが流れ込む。

 今はわたしの体の動きを補助してくれている。まるで影が第二の筋肉であるかのように。


 血飛沫の伴奏に合わせ、死とのロンドが始まる。


 先頭の敵が倒れきる前に、真後ろから新しく二匹、敵が死に体の敵を押し退け現れる。


 引き伸ばされる知覚。

 雨の雫が空中に留まっているかと錯覚する。


 伸ばした腕を軽くふるう。ロイのブースト。剣先を一匹の敵の目玉に引っ掛ける。


 そいつは、目玉を引っ張られ、もう一匹を巻き込み、倒れる。


 次は三匹が左右から迫る。


 全身へのロイのサポートに身を委ねる。


 軽く跳ねる。上下逆になりながら2メートルほど飛び上がる。

 軌道の頂点に達したときにちょうど目の前に敵の延髄。


 逆手に持ったナイフを優しく押し込む。重力に引かれてざっくりとそれは千切れる。


 着地した所にも敵。跳ね上がったフード。雨が髪を湿らす。


 濁流を軽やかに流れる落ち葉のように、軽やかに跳びはね、剣をふるい続ける。途切れない敵達の血飛沫がまるで花のように濡れた大地を彩る。


 わたし、パパみたいに踊れているかな。

 でももう、息が切れてる。

 全身の筋肉が重たい。


(いつもよりも早いな)


(そうか。ロイのブーストでいつもより、体力が削られてるんだ。カルドのとこ、帰れないかも)


 辺りを埋め尽くす敵達。

(ロベルト師もトーマスも、皆、殺られてしまったみたい)


 その時、またロイの意思が流れ込んでくる。


(歌って欲しいの? そうね、こんなに静かだもの。寂しいから歌いましょう。カルドの歌を。あの黄色に輝く不思議な歌を。ママから受け継いだこの歌声に乗せて)


 わたしは、ただただ、自分の呼吸に集中して歌い出す。体は半ば自動的に敵を屠り続けている。

 静寂をゆっくりと押し流し、カルドの歌が世界に満ちる。わたしとまわりを隔絶していた空隙に、歌が満たされていく。


(不思議だ。歌えば歌うほど、体が軽くなっていく。さっきまで重く感じていた剣がまるで羽のようだ)


 体が軽くなっていくにつれ、剣のキレがこれまでとは比べ物にならないほどに冴える。

 うっすらと剣先が黄金色に輝いている。


(まるでカルドが一緒に居てくれるみたい。剣を振るえば振るうほど、敵を殺せば殺すほど、体が早く動く)


 加速した剣先が、これまでとは比べ物にならない早さで敵を屠る。体力という軛から解放され、加速が止まることを忘れたかのように。

 ゆっくり動く世界の中、剣先が、わたしの腕が、ついには足運びまでもが、わたしの知覚の限界まで加速する。


 万が一、遠くからその様子を視る者がいたなら、それはもう、死を運ぶ稲妻に見えただろう。命を刈り取る黄金の稲妻。雨をもたらす、それに。

 さっきまで大地を埋め尽くさんとばかりにいた敵達も、気がつけば全て薙ぎ払われ、地に臥していた。


(もう終わり?)


 歌をとめる。


 あたりを探索するが、あまりに亡骸が多すぎてロベルト師達の遺体も見つけることが出来ない。


(町に向かわなきゃ。たくさんの敵が町に向かっていた。皆のとこに行かなきゃ。ハリーが無事にたどり着いて、警告出来ているといいんだけど)


 わたしは歌をまた歌い始めると、町に向かい、走り始めた。






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