第4話 スライムの魔石

 宿の部屋に戻り、さっそく先ほど買ってきたスライムのコアを1つ、取り出す。


 見た目は、こぶしぐらいの大きさの灰色の石だ。やや丸みを帯びている。


(やっぱりゲームの時のスライムの魔石と同じに見えるな。同じなら錬金術で使えるはず)


 私はさっそくスライムの魔石を両手で包み込むように握り混み、手のひらに魔力を循環させながら、呪文を歌い出す。


 音程は高く、低く、適切な音程を探るように歌い続ける。


 ある時、ピタリと音がはまるような感覚を得る。


(この魔石の固有周波数はここか!)


 そのまま、音程を外さないように歌い続け、両手で循環させていた魔力を一気に魔石に叩きつけるように送り込む。


 魔石が一瞬光り、深紅に染まる。


 物品鑑定をしてみると、スライムの魔石(魔力充填)と表示される。


「よし、成功した!」


 嬉しさのあまり、思わず独り言が漏れる。


(やっぱりスライムのコアは魔石と同じだな。この調子で魔力充填を続けますか)


 それからインベントリから1つづつスライムの魔石を取り出しては魔力を循環させ、歌い、その魔石に合う高さを探り、魔力を叩きつけていく。


 十数個あった魔石が全て深紅に染まる頃には、すっかり日が沈み始めていた。


(あっ、夢中になってお昼ご飯忘れてた。ひとまず一旦中断して隣の食堂に行ってみるか)


 私はインベントリに魔石を全てしまい込み、部屋を出て宿の主人に挨拶をして隣の食堂に向かう。


 宿の主人は胡乱げにこちらを見ていた。(部屋に籠って何をしているだとでも思っていそうだな)


 すぐ隣の食堂に入る。


「いらっしゃい! カウンターにどうぞ!」


 給仕のお姉さま(私から見て)が示す席に着く。どうやらメニュー表は無さそうだ。

 通りかかった給仕のお姉さまに部屋の鍵を見せながら、おすすめをお願いする。


「肉と魚はどっちにするかい?」 


 無難に肉を頼んでおく。昼に食べた蛙肉はまあまあだったので、そんなに外れは無いだろうと、期待。


「お待ちどう! ホロホロ鳥のシチューとパンだよ」


 先に半銀貨でお会計を済ます。


 出されたのは鶏肉のシチューと黒パンのようだ。


 周りをそっと観察すると、皆シチューにパンを浸して食べている。

 さっそく黒パンを手に取る。

 硬い。

 力任せに引きちぎり、シチューに十分浸して、ふやふやにして、口に運ぶ。

 一口噛ると豊かな大麦の香りがする。

 その後にスープに溶け込んだ豊かな鶏肉の旨味がパンの間から染み出てくる。咀嚼を続けると黒パン独自の酸味がじっくりと広がり、スープの塩気とハーモニーを奏でる。

(想定していたより旨いな)

 お昼ご飯を抜いていた空腹も相まって、夢中でパンとシチューを食べ尽くす。


 給仕のお姉さまに一声かけ、店を出る。


 宿の部屋に戻るとさっそく先ほどの続きに取りかかる。


 まずは充填した魔石をすべて並べる。


 その中の2つの魔石を左右の手に持ち、2つの魔石が接するようにする。右手から魔石2つを通して左手に向かって魔力を流す。


 自分の魔力が限界まで満ちている魔石なので、ほぼ抵抗なく魔力が流れていく。


 呪文を魔石に歌いかけながら、ゆっくりゆっくり魔力を流して行く。

 右の魔石が柔らかく溶けだし、左の魔石と徐々に融合して行く。

 柔らかく柔らかく歌い上げる。ついに2つの魔石が融合し、一回り大きい魔石になる。


 また次の魔石を手に取り、一回り大きい魔石と融合するよう、柔らかい歌声になるように意識しながら、魔力を流し続ける。


 日が沈む。だいぶ時間がたった頃、ようやく十数個のスライムの魔石が1つにまとまり、人の頭大の大きさの深紅の魔石が完成する。


「よし、下準備完了! リアルだと時間かかるな。でもこの、コツコツやってくのが錬金術の楽しいところだし。それにこの体だと全然疲れないわ」


 ここからは長丁場になるので、インベントリにある初級スタミナポーションと初級マナポーションをありったけ出し、並べる。机に乗りきらず、床までビンでいっぱいになる。


 まずは雑貨屋で買った桶に、1つに融合した特大のスライムの魔石をいる。浸るぐらいまで初級マナポーションを注ぐ。


 ロンド形式の繰り返しの歌詞の呪文を歌いながら、片手を桶の中に入れて、ひたすら魔力を注ぎ始める。


 レベルMAXの魔力はほぼ無尽蔵と言えど、大量に続けて流していれば、段々と魔力が減っていくのが実感できる。ある程度魔力が減ったら、初級マナポーションを手に取り、片手で蓋を開けて頭から被る。

 ついでに初級スタミナポーションも被り、喉が嗄れないように調整する。


 魔力を流し続け、何度もポーションを被る。体感では数時間経ったとき、スライムの魔石がゆっくりと溶け、桶の中の初級マナポーションと混ざり始める。


(よし、このまま完全に混ざれば完成だ)


 と思ったその時だった。急に魔力が想定以上の力で、強引に引きだされ始める。


 必死に魔力の流れをコントロールしようとするが、まるで自分とは別の意思ある存在に引っ張られるように、強引に魔力がスライムの魔石に奪われていく。


(ヤバいぞ! でも、ここで魔力の供給を強制的に切ったら錬金は失敗する。まだ魔力に余裕あるうちに、何とかコントロールを奪い返さないと! ここまでは順調だったのに。やっぱりこの世界のスライムのコアってのはゲームの魔石とは別物なのか?)


 私は歌を歌いながら何とかコントロールを奪い返そうとする。

 何者かの強引に引きだす力と、私の流れをコントロールしようとする力が手のひらで相剋し、魔力が暴走寸前となる。

 必死に抑えようとし、いっそう魔力を込める。しかし、魔力が手のひらの防御力の限界を超え、手のひらを引き裂き、血が吹き出す。

 桶が一瞬で真っ赤に染まり、魔石も血に染まる。 


 魔力も、いつの間にか枯渇寸前まで引きだされてしまっている。


 あわや魔力枯渇で気を失うかといった時、魔石が大きく赤く光り、魔力の吸収が止まる。


 思わず尻餅をついて、歌を止め、桶を見ている。魔石が溶け、完全にマナポーションとまざりあっている。


 深紅に染まった魔石だった粘液が、うねうねと動き出す。

 粘液はそのまま潰れた大福のような形に収まると、桶から這い出し、尻餅を着いた私の足元まで来て待機している。


「従魔のスライム、完成したのか?」


 私は片手からだらだらと血を流しながらその様子を見ている。


「ゲームの時だとランダムでスライムの種族が決まるんだが。これはクリムゾンスライムかブラッドスライムかな。どちらでも初級のプレーヤー並みの強さはあるから、初級ポーションで作れるスライムの中では当たりだ。ゲームと同じならこのあと名前をつけるんだよな」


 スライムはそれを聞いているのか、ふるふるふるえている。


「名付けてみるか。『命名』:クレナイ」


 クレナイは喜びを表すかのように大きくふるえるとぴょんと一度大きくその場で跳ねる。


 さっそく命令をしてみる。


「クレナイ、部屋に飛び散った血を片付けてくれ。」


 クレナイは頷くかのように一度へにょんと潰れると、部屋の中に飛び散ってしまった血のところに行き、覆い被さり体内に吸収を始める。次から次に吸収していく。


 その間に私はインベントリから雑貨屋で買った端切れを出すと、手のひらを拭い、傷の様子を見る。

 手のひらに縦横無尽に裂傷が走っているが、幸い深い傷は無さそうだ。

 この体のせいか、あまり痛みは感じない。

 部屋中の血をあっという間にすべて掃除して待機しているクレナイに端切れについた血も吸収してもらい、綺麗になった端切れを包帯がわりに手に巻く。


「ひとまずこれでいいか。ゲームだと回復はプリースト系のジョブの専売特許だからダメージを回復するポーションは無いんだよな。まあゲームの時は時間経過でHP回復してたから、前のリアルの体よりは治りが早いと、信じたい」


 なんとなくクレナイに話しかけるような感じで独り言を言いながら、ようやくまだステータスを確認していなかったことを思い出し、ステータス確認をする。


「HPは少し減ってる。MPはだいぶ回復してきているな」


「従魔の欄は、あった。ちゃんと従魔:クレナイって表示されている。クレナイの種族はどれどれ」


 一度瞬きし、もう一度ゆっくりクレナイの種族を見る。


「これだよな。クレナイ 種族:エ#@ェン3ク*¥ゾ%スライム」


 何度みても一部文字化けしている。


「たぶんエンシェントクリムゾンスライムだと思うけど、そんなスライム、ゲームにはいなかったしな。こっちの世界の種族なのかな」


 そこまで考えていると、窓の外が明るいことに気づく。だんだん空が白みはじめてきた。


「ヤバい、徹夜しちゃったか。少しは寝ておくか」


 ひとまず荷物をすべてインベントリに放り込み、片付けがだいたい終わったのを確認すると、クレナイに従魔収納と告げる。クレナイは私の影に沈みこむように消える。


 私はそのままベットに倒れこむ。


(ゲームの時は気にならなかったけど、クレナイはどこに収納されているんだろう?)


 そこまで考えて気絶するように眠り込んでしまった。


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