第19話 鍛練を見守って
最近また忙しい。
マルティナさんによると、一度は落ち着いていた、役所からの納品依頼がまた増えているらしい。
何でも難民の数がまた増えているんだとか。
納品のためのポーション作成の合間をぬって、イブの通う剣術指南所へは一度納金がてら見学に行った。
町外れの野原との境目のようなところで、私が行ったときは走り込みや、バランスを鍛えるためらしい、平均台を歩く訓練をしていた。
教官の人は、何でも元傭兵で、片手を失って今の指南所を開いたらしい。
話を聞くと、生存を優先した護身術をメインに教えていると言っていた。
生徒の数は10名いないぐらいかな。
結構小さい子から大人になりかけの子まで幅広い。
今日は子供の部とのこと。
そう言えば、使い魔のロイのことはまだイブには伝えていない。ゆくゆくは彼女にあげるつもりである。
しかし、私も忙しくなってしまい、イブも真剣に鍛えているようで、訓練のない日も自主訓練で指南所へ行って走り込みなどをしているらしい。
すれ違いになってしまっていて、食事の時ぐらいしか顔を会わせない日も増えてきた。
今日も泥だらけになって帰ってきた。
とりあえず清浄ポーションを振りかけ、食事にする。
今日は自主訓練ではなくて、鍛練のある日だったようだ。
だいぶ泥だらけだったので何をしていたか聞いてみる。
イブは食事をしながら答える。
「今日は、はじめて、レースをしたの」
「レース? 競争したってこと?」
食べることに夢中のイブに根気よく話を振り続けて聞いてみると、どうやら障害物競争みたいなことに今日はじめて参加させてもらったらしい。
それが二人一組で走って速さを競うらしく、指南所ではレースと呼ばれているらしい。
「初めて走ったけど、勝った」
自慢そうなイブ。なかなかにレアかもしれない。
一緒に指南所に通っている子供たちの間ではレースに速いのがステータスになるらしく、イブも自主訓練により一層熱意を燃やしていた。
あとは同い年ぐらいの女の子が指南所にいて、その子と仲良くなったらしい。
アリシアちゃんと言う子らしいんだけど、女の子はイブとその子だけらしく、一緒にいることが多くてお友達になったらしい。
私はしばらくイブの様子を見てきた。
人との新しい繋がりを作り、自分の限界まで努力しているイブの様子を。
このままでもひとかどの強さは手に入るであろう。
十歳前後の女の子としてはあり得ないぐらいの努力をイブはしている。しかしそれは、あくまで人間としての常識的な範囲での力をつけることに過ぎない。
北の方で今まさに起きている争乱。その中にイブは何らかの形で関わろうとすることは想像に難しくない。
何よりも、北の地には彼女の両親の仇がいる。もしかしたら、故郷を取り戻すことすら考えているかもしれない。
それを考えれば少しでもイブが強い方が良いのだろう。
しかし煮え切らない私は相変わらず悩んでいた。イブの、魔力を物に纏わせる力を伝えるべきか否か。
一度使い始めてしまったら、もう、普通の子どもには戻れなくなる。いや、それはもう人としての枠すら……。
そうしているうちに、どうやら最近は指南所では素振りを行っているらしい。
木でできた模擬剣を使って素振りをしているそうだ。
筋が言いと教官に誉められたらしい。
そんなある日、町の外に魔物討伐の見学実習があるらしく、参加したいとイブが言ってきた。
一つ条件があるとイブに伝える。
イブが答える。
「条件はなに?」
「うん、少し長くなるけどいいかな」
「うん、きく」
「私は今、薬屋として働いてあるけど、錬金術を使ってポーションを作っているんだ。ポーションを作っているところは知っていると思うけど、あれが錬金術」
「歌って、ピカッと光るのが錬金術ね。秘密なの?」
「うーん。あんまり大々的には話していない、ね。錬金術を使う人が少ないからね」
「わかった私も秘密にする」
「ありがとう。それで錬金術はポーション以外も色々作れるんだ。使い魔を知ってる?」
「聞いたことはある。魔物だけど襲ってこないって」
「うん、そうだよ。そして、イブの護身用に使い魔を作ったんだ。みてくれる?」
「わかった」
私は影からロイ呼び出す。
ロイが私の影からするするっと出てくると、不定形の影の体を人形に変形し優雅なお辞儀をイブにして見せる。
最初はびっくりしていた様子のイブだったが、お辞儀をしたロイを見て、クスッと笑った。
「イブ、この使い魔はシャドーという魔物で名前はロイ。強い魔物ではないけど、人の影に入ることができる。今回の見学実習のために、影にいれて連れていって貰えるかな。少しは身を守る手助けになるはず。イブの言うことは聞くようにしておくから」
「カルド、ありがとう」
イブがうけいれてくれたので、ホッとする。どうやら、イブは強くあることにプライドを持つタイプではなく、勝つために、全ての使えるものを使うタイプのようだと思っていたが、あながち間違ってはいなさそうだ。
次はロイに話しかける。
「ロイ、こっちがイブです。私の命令権と同等の権限でイブの言うことも聞くように」
ロイは私に一度お辞儀をすると、するすると人型からほどけるように不定形の影に戻るとイブの足元まで進み止まる。
イブはしゃがみこみ、ロイに手をかざす。不定形の影から手のような形だけ、ロイが伸ばす。二人が軽くハイタッチをすると、ロイはイブの影にあっという間に同化していった。
「よろしくね、ロイ」
呟くイブ。
私はその様子を見守りながら、まだ、このままでいいだろうと、自分を誤魔化し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます