第12話 雨の日の夜
あまりの状況に、しばし茫然としてしまう。
すぐに気を取り直して、その子がこれ以上濡れないよう、クレナイに部屋のなかに運ぶようお願いする。
クレナイが器用に粘体の一部を伸ばして、シュタッと敬礼のような形を作ると、倒れている子供の下に滑り込む。そのままゆっくりと持ち上げて部屋に移動してくる。
クレナイとその子が部屋に入りきると、扉を閉める。
あらためてどうしようか、戸惑う。
店の床は石造りで降ろすと冷たいだろうから、クレナイにはそのまま子供を持っていてもらうようお願いし、前世で遠い昔に習った救命措置を何とか思い出そうとする。
確か最初は意識の確認だったか?
子供の肩を軽く叩きながら、声を掛けてみる。
「もしもし、もしもし聞こえますか」
反応はない。
意識はなし、と。
周囲に助けを求めるのは、誰もいないから省略。
次は呼吸の確認だっけ?
そっと鼻に耳を近づける。
……呼気は感じられる。
呼吸しているなら、心肺蘇生はいらないよな。
……次は何だっけ。救急車?
そんなものはないよな。
うん、これ以上はこっちの常識に乏しい私には無理だ。休みで申し訳ないけど、マルティナさんを呼んでこよう。
事前に家の場所を聞いておいて良かった。
一番近くに住んでいる知り合いであるマルティナさんに頼ることを決めると、クレナイに子供を見ていてとお願いし、雨避け用のフードつきコートを着て、店を出る。
やや早足で雨のなかを進む。
コートの隙間から雨が染み込んできて、冷たい。
歩き続け、マルティナさんの家が見えてくる。
扉をノックする。
「マルティナさん、カルドです!」
すぐに扉が開く。
「店長?! どうしたんですか。こんな雨の夜に」
扉からマルティナさんが顔を出す。後ろに興味深そうにこちらを見ている子どもたちの姿と、マルティナさんのお母さんだと思われるご婦人の姿も見える。
マルティナさんに子供が倒れていて保護した話をすると、少し待つように伝えられる。
数分後、荷物を持って雨避けのコートを着たマルティナさんと、店に向かう。
雨は激しさを増し、会話を交わすのもそこそこに、二人して急ぐ。
店にたどり着き、マルティナさんを招き入れる。
倒れていた子供の容体は悪化はしてなさそう。クレナイも変わらない様子なのを確認し、急ぎタオルを持ってくる。
マルティナさんにもタオルを渡そうとすると、驚きに固まった様子でクレナイのことを凝視している。
あっ初見か。
「マルティナさん、タオルです。風邪を引く前に服を拭いて下さい。あのスライムは私の使い魔です。クレナイって言います。言うことを聞いてくれるので安全ですよ」
マルティナさんはクレナイを凝視したままタオルを受けとる。
「店長、後でじっくりお話しがありますからね」
「ええ、後で、お願いします。それでその子が倒れていた子供、なんですけど・・・」
マルティナさんはそっと近づいて倒れている子どもに手を触れる。
「店長、助けるつもりなんですよね?」
マルティナさんは子どもの様子を確認しながら聞いてくる。
私も子どもの様子を見て、服や髪が乾いている様子からクレナイが気を利かせて雨の水分を吸収してくれていたことに感謝していたので、そのマルティナさんからの質問への反応が遅れてしまう。
「えっと、はい、そうですね。うん、そのつもりですけど?」
「……わかりました。じゃあ清浄ポーションとスタミナポーションをかけて上げて下さい。私は準備します」
マルティナはそういうと持ってきた荷物を開けて何か準備をしている。
私はインベントリからまず清浄ポーションを取り出すと子どもに振りかける。
清浄ポーションの緑色の光が子供を包み込み、汚れを落とす。
だいぶ泥だらけだったようで、緑色の光が収まった後には、抜けるような白い肌に髪もシルバーブロンドの子どもの姿があった。
その姿にしばし見とれていたが、気を取り直すと初級スタミナポーションを振りかける。
少し呼吸が落ち着いたかな。
マルティナさんは準備が終わったのか、ハサミや包帯が広げられている。
「店長、このクレナイさんは私の言うことも聞いてくれますか?」
「クレナイ、次の命令があるまでマルティナさんの指示にしたがって。マルティナさん、これで大丈夫です」
「わかりました。クレナイさん、この子、うつ伏せにして背中を見せてください」
クレナイは器用に粘体を動かし、子供を乗っけたままひっくり返す。
背中には何か獣に引っ掛かれたような傷が見える。
「店長はこの子が着れるものと、タオルも追加でお願いします。後、室温をあげるように暖炉の火を強くして下さい。これからこの子の服を切って手当てするので。ちなみにこの子は女の子ですから」
私はマルティナさんの話を聞いて踵を返すと急いで言われたことをしにその場を離れた。
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