第34話 閑話 イブ 4

 ガロア砦前。


 イブ達特務小隊が砦攻略に参加して数日が経過していた。


(ここの前線の指揮官は無能だ)


 特務小隊副官兼、第一分隊長であるダグラスは隣で待機している上官の頭を見下ろしながら、そんなことを考えていた。


(幸い、兵糧の備蓄はあるし、補給線もしっかりしている。小隊各員の士気も高い。しかし、レインホールド少尉を毛嫌いして、活用しないような指揮官じゃ、この砦を落とすなんて無理だ)


 イブ達特務小隊がこの前線に来てから行った任務は補給線の護衛に、見回り程度。

 明らかに手柄を立てないように後方に押しやられている。


 イブは特に思うことがないのか、淡々と与えられた任務を小隊に割り振り、自身も従事している。


 その姿は軍人としては至極全うで、文句もつけようがない。

 しかし、イブの異形の敵達への狂おしいまでの憎悪の一端を知るダグラスとしては歯痒い思いを抱いていた。

 また、自分の属する小隊が、この国で最高の戦力であるという自負もそこにはあった。

 実際、これまで特務小隊が築いてきた実績は輝かんばかりのものであった。


 周囲を取り巻く有象無象が、嫉妬で狂わんばかりになるのも仕方ないと許せてしまうほどの実績。

 それを彼らはイブの元で築いてきた。

 その活躍は国中で吟遊詩人が唄い、国の戦意高揚に貢献している。

 若者達はこぞってイブの特務小隊に入りたがり、金色の英雄の仲間になることを夢見ていた。


 そんな彼らだからこそ、小隊長であるイブに心酔し、今の、十分に自らの力を発揮できない状況に忸怩たる思いを抱いている隊員も多い。


 ダグラスは、それを抑えるのが自身を含めた分隊長の役目だとは重々承知しつつも、変わらぬ哨戒任務や待機中には、愚にもつかない不満が心中を満たしていた。



 その日の夜、ダグラスは夢を見ていた。


 その夢の中で、敬愛しているレインホールド隊長が暗い暗い町を一人で歩いていた。

 どこからともなく、人影が現れて、レインホールド隊長とともに歩くが、数歩も歩くと、暗い影に覆われて、その人影は消えてしまう。

 そんな人影が次から次に現れて、消えていく。

 まるで誘蛾灯に誘われる虫のようにどこからともなく現れる人、人、人。

 しかし、レインホールド隊長を取り巻く影は濃すぎて、誰もが最後には消えてしまう。


 ダグラスはその様子をどこからともなく見ていた。


 レインホールド隊長の足元からゆっくりと影が蠢く。


 その影はある時はレインホールド隊長にまとわりつき、また次の瞬間には、レインホールド隊長から離れて、何か生き物を殺していた。そして殺した生き物をその影で覆うと、咀嚼するように、蠕動し、次の瞬間には生き物の死体が消えてしまう。


 不思議とレインホールド隊長の周りに近づく人影には、その影は魔手を伸ばさない。


 その間にもレインホールド隊長は歩き続けている。


 今は町を離れて、荒野をすぎ、目の前にガロア砦が迫る。


 そこまで来たとき、ダグラスは、自分が夢を見ていることに気づく。

 しかし、目を覚ますことが出来ない。


 レインホールド隊長がガロア砦に近づくにつれ、足元の影がレインホールド隊長から離れる。


 影は人型をとり、レインホールド隊長より一足先にガロア砦に向かう。

 ガロア砦の扉の前につくと人型の影は、扉の隙間からガロア砦内へと侵入していく。


 なぜか視点がレインホールド隊長から侵入していく影へと移る。


 影は薄暗い砦の中を自在に動き回る。


 時たま砦の中で動き回る生き物と遭遇するが、影は闇に潜み、気づかれることなく、進んでいく。


 何度も何度も生き物をやり過ごした後、とある扉の前で動きを止める人型の影。


 ダグラスは、ああ、ここが目的地だったんだなと夢の中で思う。


 ゆっくりと扉の隙間から部屋に侵入する人型の影。


 その部屋の中には、どこか他の生き物と違う、しかし、似ている生き物が寝ていた。


 その生き物は、他のものよりも、中身がしっかりつまっているとしか表現できない、何かがある。

 砦を動き回っている生き物達がすかすかだとしたら、その眠っているものはみっちりとした存在感を持っていた。


 その眠っている生き物にゆっくりと近づく人型の影。


 ゆっくりとその影の手を伸ばした先は、眠っている生き物の懐。


 その懐からゆっくりと宝玉の様なものを盗る。


 ダグラスは夢特有の直感で、その宝玉が生き物達が増えるのに必要な、とても大切なものなのだと理解した。


 素早く人型の影はその宝玉を取り込むと、迷うことなく砦から脱出するため動き始める。


 来た道を覚えているのか、迷うことなく進み、あっという間に砦から脱出し、レインホールド隊長の足元へと戻る影。


 その時、砦から、絶対に失ってはいけないものを、無くしてしまったことに気づいた悲痛な叫び声が響く。


 その悲鳴のような慟哭のような叫びで、ダグラスは目を覚ました。


 飛び起きる。


 しかし、ダグラスが辺りを伺うが、特に異変は起きていないようだ。


 時刻はもうすぐ日の出。


 大きくため息を吐く。


 このまま起床し、今日の任務に備えることにする。


 所詮は夢と思って忘れよう。

 戦争なんて因果な商売をしていれば悪夢の一つや二つは日常茶飯事だと自身に言い聞かせる。



 そうして今日も今日とて後方での哨戒任務に小隊規模で従事していると、突然、前線の方が騒がしくなる。

 一気に警戒感を強める隊員達。


 唯一、泰然とした様子のレインホールド隊長に、隊員誰もが頼もしい、といった視線を向けていると、伝令が走ってくる。


 レインホールド隊長の前で停止し、報告を始める伝令。


「ガロア砦の城門が開き、敵が溢れ出して来ました! その勢いは留まることを知らず、前線本部はあっという間に飲み込まれてしまいました。司令官様は幕僚共々戦死。こちらにも敵の大群およそ一万匹が迫っております」


「最先任は?」


 ダグラスが伝令に問い質す。


「レインホールド少尉です!」


「そうか、なら遠慮はいらない。敵を殺すだけだ」


「そんな、敵は300倍はいますっ」


 わめく伝令。


 ダグラスは、我が隊の戦いを見たことがないとは、この伝令はもぐりの新人だなと思って見下す。


 レインホールド隊長は伝令を無視し、小隊の方に顔を向け、話し出す。


「全員、抜剣準備! すぐさま突撃隊列をとれ! 敵を屠り尽くす!」


 すぐに副官たるダグラスが復唱する。


「全員抜剣準備ーっ! 突撃隊列だっ、急げ!」


 その時にはすぐに歌いながら走り出すイブ。


 レインホールド隊長に遅れまいと必死に隊列を整え走り出す小隊員。

 隊列に並んだものから順次歌い始め、徐々に金色の光に覆われ始める。


 小隊が去った後には、影が一つ残っていた。

 イブから離れた影は、創造主である錬金術師のいる塔に向け、届け物を届けるため、小隊とは逆方向にひっそりと進み始めた。

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