第39話 閑話 シロガネ 7

 わたくしと、同行者のヒゲとムキムキの二人は、夕方の街道をひた走っています。


 わたくしは自分の足で、ヒゲとムキムキは連れてきた馬で。


 最初、ヒゲがわたくしも馬に同乗するように誘ってきましたが、当然断りました。


 だって、走った方が速いですし。


 夕闇が迫ります。


 木々の合間の影が濃くなってきています。本当なら、もう野営の準備を始めなければなりません。


 闇のなか、馬で走るのは非常に危険です。街道と言っても草も生えていますし、石も落ちています。


 一歩間違えて、木の根や地面の窪みに足をとられて馬が横転でもしたら、人馬ともに命の危険があります。

 まあ、わたくしは転んでも大丈夫です。並の人より頑丈な体をしておりますので。


 なぜ、そんな危険を犯してまで走り続けているかと言えば、追われているからです。


 しかも国の軍隊に。


 最初出発した時は、急いではいましたが、こんなに切羽詰まってはいませんでした。


 塔を出て、三日目のことでした。

 兵士の四人組と遭遇してしまったのです。


 正確には、兵士たちが周囲を探索する様子を発見しました。


 わたくしの霊感レベル1が反応し、ヒゲ達に伝えると、とっさに茂みに隠れることに。


 馬たちも大人しくさせて、潜みます。


 運が良かったのは辺りが林から森に変わり始めたぐらいに繁っていたことでしょう。


 完全に私たちが茂みに隠れた頃、兵士たちがやって来ました。


 ケルスナーからは、兵士殺しは本当に最後の手段だからと釘をさされています。


 どれだけわたくしのことを狂暴だと思っているのでしょう。

 大変心外です。


 そんなこともあって、わたくしはヒゲとムキムキとともに泥にまみれて、下生えの中に身を潜めています。


 何か頭の横で虫が動いていますね。

 多足類かしら。


 ヒゲはなかなか居心地が悪そうです。軟弱ですね。


 わたくしとしては見つかって戦いになった方が暇じゃなくて良いのですが。

 依頼主の意向に添うのが冒険者というものでしょう。


 兵士たちはなかなか練度が高いのか、しっかりと周囲を探索しているようです。

 ムキムキは緊張した様子でそれを注視しています。


 わたくしは、伏せている頭の横で勃発している多足類と、蛙の生存をかけた争いに目が釘付けです。


 わたくしの推しは多足類ですね。うにうに動く足が強そうです。


 これから良いところっ、て時に兵士たちが立ち去ったようです。


 ケルスナーに促され、しぶしぶ藪から出ます。


 無事に見つかりませんでしたが、ケルスナーとラインバルブは真剣な顔で話し合っています。


 痕跡は確実に見つかってしまったとのこと。

 先ほどの兵たちは偵察部隊で、本隊が来る可能性が高いだろうということ。その日から休憩を削っての逃避行が始まりました。


 あれから一昼夜が経ちました。


 わたくしとケルスナーはまだ大丈夫ですが、ラインバルブがそろそろ限界です。

 数時間の仮眠では普段鍛えていない一般人のヒゲには負担が大きいのでしょう。


 今も、背後から軍隊の角笛の音が響きます。


 いよいよ影が濃くなってきました。


 敵の方が圧倒的な人数が居るはずです。全員無事に逃げ切れる可能性は限りなく少ないでしょう。


 時たま聞こえる角笛の音がだんだん大きくなっています。


 わたくしもさすがに軍隊相手では勝ち目はないでしょう。

 これがカルドなら何とかしてしまうだろうと思うと、無性に腹が立ちますが。


 ついに、敵の軍隊の様子が遠目に見えて来ました。


「速度をあげろっ!」


 ケルスナーが叫びます。


 必死に馬に鞭を振るうラインバルブ。


 しかし、消耗が激しそうです。


 仕方ありませんね。

 ここはわたくしが囮になりましょう。


 わたくしはムキムキとヒゲに走りながら伝えます。


「私がここで食い止めます。もし捕まっても、カルドへの手札にするなら殺されることはないでしょう。二人は先に行ってください!」


 ケルスナーは一瞬眉をしかめ、顔を伏せます。しかし、勢い良く顔をあげると、叫びました。


「すまん、頼むっ」


 それを聞き、わたくしは足を止めると、ゆっくりと振り返りました。

 眼前に迫るは大量の兵たち。

 さあ楽しい暇潰しの時間です。





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